Cherry coke days



 文化祭の終了の合図と共に、幸村も自分たちのクラスへと足を向けた。片付けは後だ――今日はもう帰ろうと、一年生の臙脂色のジャージを着替え始める。

「真田」

 ジャージから半分制服に着替え、シャツのボタンを留めていると声をかけられた。すると目の前に石田三成が立っていた。彼とは昼食を共にした仲――もといクラスメイトだ。

「貴様、甘いものは…好きか?」
「甘味は大好きでござる。いつも食べ過ぎて佐助に叱られるほどで…」

 幸村が質問に対して答えると、三成は後ろ手に持っていたビニル袋をがさがさと探った。そして目の前に紙パックの苺ミルクのジュースを出す。

 ――ぽん。

「礼だ…嫌いでなければ、受け取れ」
「しかし礼などと…某は何もしておりませぬぞ?」

 幸村が小首を傾げていると、三成は構わずに自分用にコーヒー牛乳を取り出して、ストローを差し込む。そして幸村の前の席の机に腰掛けた。と言っても、片づけを終えているわけではないので、椅子や机が乱雑に置かれているせいもある。

「あの弁当…あれは非常に美味だった」
「まことでござるか!そう言って頂けると某も鼻が高いというもの!佐助の手料理はいつ食べても美味しゅうござるッ!某もいつも食べ過ぎてしまいそうになるほどで…」

 以前、幸村が三成に弁当を分けたことをしっかりと彼は覚えていたのだ。そしてその弁当は佐助がつくったものだ。幸村が褒められたことに素直に喜びを顕していると、三成はこくりと頷いた。そしてビニール袋からチラシを取り出して、じっとそれを見下ろしてから、幸村の方へと視線を動かした。

「――石田殿?」
「――…いや、いい…」

 幸村が三成の視線に気付いて手元のチラシを覗き込もうとすると、三成はそれを片付けようとしてしまう。幸村は思わず身を乗り出していた。

「何でござるか?遠慮なさらず、仰ってくだされ」
「――…」
「石田殿」
「真田は、甘いものが好きだと言ったな」
「そうでござる」
「ならば…こういうのは、好むか?」

 三成がそっと手にしたチラシを差し出してくる。幸村がそれを受け取ると、三成は恥ずかしそうに俯いてしまった。

 ――珍しい、照れておられるのか?

 ちらしと三成を交互に眺めつつ、幸村は内容を読み込んだ。そして直ぐに幸村は興奮を押し隠す事無く、頬が上気するのを感じた。其処に描かれていた案内には「芋栗南瓜スイーツビュッフェ」と書かれていた。しかも予約制らしい。

「石田殿、もしや…行きたいのでござるか?」
「――…ッ」

 こくり、と直ぐに三成は頷く。三成もたぶん甘いものが好きなのだろう。だから同じ甘味好きを誘おうとしたに違いない。そもそもスイーツビュッフェだ――男が行くのは少しばかり奇異にみられるかもしれない。

「徳川殿とは…」
「家康は、辛党なのだ…あいつとなど行ったら、美味いものも拙くなる」

 もそもそと三成は話した。たぶん以前、家康と行った事もあるのだろう。その時の事を思い出したのか、三成は低く「いえやすぅぅぅ」と唸り始めた。
 幸村はそんな三成を見つめながらも、チラシを眺めて微笑んだ。三成の反応も愉しいが、むしろ自分を誘ってくれたことが嬉しい。それに勿論、ビュッフェなど楽しみで仕方ない。

「では、某、同道致す!」
「ならば直ぐにでも予約を取る…ッ」

 待っていろ、と三成は自分の鞄を取りに机から腰を上げた。携帯ならば幸村も持っている――それを貸してもよかったのに、彼は律儀に自分の鞄をロッカーに取りにいった。

「旦那ぁ、支度出来た?」
「おお、佐助。すまぬ、未だだ」

 ひょい、と一年生のクラスに顔を出した佐助が、すたすたと幸村の側にくる。そしてまだ留めている途中だったシャツに手を伸ばし、ボタンを留め始めた。

「さ、佐助…?」
「此処懐かしいなぁ。このクラス、俺様も一年のときに使ってたよ」
「そうでござるか…って、自分で留める…」
「駄目駄目、遅かった罰。ん?スイーツビュッフェ?」

 佐助が少し高い位置から顔を寄せてくる。他に誰もいない教室だが、誰が入ってくるか判らない。というか暗幕の裏に何人も生徒がいたのを知っている。幸村は胸をどきどきと高鳴らせながら、幸村は隠すようにチラシを前に突き出した。

「今、これに誘われた!」
「え…ちょ、誰に?」

 ぎゅ、と佐助の眉間に皺が寄った。それと同時に、暗幕を掻き分けるようにして三成が顔を出す。

「今、予約しているのだが、二人で良いのか…?」

 三成は片手に携帯を持ったままで、突然其処に居た佐助に一瞬驚いたようだった。そして幸村へと視線を動かす。

「石田殿、ご予約いたみいる!二人で…」
「三人」
「え?」
「俺様も行くから、三人にしておいて」

 上から見下ろすようにして佐助が告げる。止める間もなく、三成が電話口に「三名で」と言いかけたその時、背後から大音声が響いた。

「水臭いぞ、三成ィィ!儂も行くッ」
「な…家康、貴様どこから」

 三成が振り返ったと同時に、背後から家康が顔を出した。そして手にしていた携帯を取り上げると、電話口でさらさらと答え始める。

「と云うわけで、四名でお頼みいたします。はい、はい、では…電話番号は…予約名は石田で」

 残された三人が呆気に取られている間に、家康はにっこりと笑いながら「予約完了じゃ」と三成に携帯を放り投げた。ぶるぶると肩を怒らせる三成に構わず、家康は「楽しみじゃのう」と呟いていった。

「家康…い〜え〜やぁぁすぅぅぅぅ!!!」
「楽しみじゃのう、のう三成」
「貴様ぁぁぁぁぁぁ!」

 ばさ、と暗幕が翻る。それと同時に家康と三成が飛び出していくのを見送りながら、二人はぽかんとそれを眺めていた。後に三成が家康を追いかけてデッドヒートの様相になったのだが、暗幕が下りたことで幸村と佐助はそれには気付いていない。

 ――こつ。

 暗幕の下りた方を見つめていると、佐助の額がいつの間にか幸村の額に押し付けられた。自然に顔を動かして仰のきそうになり、ハッと幸村は気付く――此処は教室だ。

「さ、佐助…ッ、だ…――ッ」
「しぃ…」

 制止の声と共に、ふわり、と顔が近づく。そして佐助の唇が鼻先に触れて、ちゅ、と音を立てた。

「え?」
「旦那、俺様が何処にキスすると思ったの?破廉恥ぃ」
「な…なななん…だと…ッ!」

 ぶわああと幸村が真っ赤になると、佐助は「ちょっとだけ罰だからね」と舌を出してみせた。幸村は訳が解らずに小首を傾げる――すると佐助は、慶ちゃんと元親ちゃんが待ってるよ、と告げる。今日は打ち上げを四人で――オムライスを食べに行こうと決めていた。

「そうでござった、オムライスゥゥゥ!」
「オムライスは逃げないから」

 鞄を持たずに飛び出そうとする幸村の後ろから佐助が忠告を入れる。そして幸村が振り返ると、佐助は後ろから近づいてきた。佐助の髪が夕陽色に紛れる。思わず瞳を奪われそうになりながら、幸村はじっと彼を見つめた。

「何?どうしたの?」
「いや、なんでもない」

 佐助が隣に来るまで待ち、幸村は肩を並べて歩き出した。
 文化祭の終った教室を、眩しいほどの夕陽が照らしていく――その中で、佐助の髪が光を一瞬弾いていたのを、幸村は見逃さなかった。隣を歩きながら、そっと幸村から彼の手を取ると、佐助は困ったようにはにかんでいった。




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→ 番外編





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