Cherry coke days



 文化祭の終った後、早々に片づけをしてしまうと、あとは着替えるだけだ。ばさばさとジャージを脱ぎ散らかしながらも気持ちが逸っていく。

「政宗、ホントにオムライス食べに行かないの?」
「行かねぇ…ちょっと用事あるから」
「…片倉先生と?」
「――――ッ」

 政宗が淡々と答えると空かさず慶次が横から耳打ちしてくる。シャツのボタンを思わず留め損なってから顔を上げると、真剣な顔つきの慶次が覗き込んできていた。
 あまりの近さに声を失うと、慶次は政宗の手をとって握りこんだ。

「おい、慶次…」
「これ持っていきなよ。選別だから」

 何か薄いものが手に触れている。だが慶次の手に包まれたままでは、其れが何か解らない。そっと慶次が手を離して身を起しながら、崩れた髪形を整え始める。その段にきてやっと手に握りこまされたものを見下ろした。

「――――っ!慶次ッ、馬鹿かお前…ッ」

 掌を開いてみてから、政宗は柄にもなく顔を赤らめた。首元から一気に熱が上がり、これじゃ真田幸村みたいじゃねぇか、と心裡で舌打ちする。
 そもそも手に握らせられたもの――それはどうみても、コンドームに他ならなかった。
 政宗が動揺しているというのに、慶次はけろっとして机に腰掛けて髪を直している。

「ええ?だって必要でしょ?」
「必要ねぇよッ!」

 ――ばしッ!

 思い切り慶次に投げ返すと、慶次はそれを拾い上げて、再び政宗の手にぎゅっと握らせて真剣な顔つきで見上げてきた。

「駄目だよぅ、つけないと」
「そういう問題じゃなくてッ!」

 ――解れよッ!

 真っ赤になりつつも受け取らずに居ると、慶次は眉間に皺を寄せてきた。むしろ苦虫を潰したいのは自分のほうだと言いたい。政宗はじっと慶次を睨みながらもシャツのボタンを留めていく。

「単に片倉の家で飯食ってくるだけだって」
「下心あると思うのが普通だけどなぁ」

 慶次は長い片足を抱えて、膝の上に頭を乗せる。そんな斜に構えた格好で顎先を上に上げて見上げてきた。じとりと睨むようにして政宗が唸っても効果はまったくない。
 政宗がシャツのボタンを留め終わってから、自分の机に寄りかかる。目に掛かる前髪を指先で払いながら、照れ隠し――というよりも、火照った頬を落ち着けるように、ふう、と嘆息した。

「獣じゃあるまいし、盛ってる訳じゃねぇよ」
「盛ってるでしょが」

 びし、と指先を向けて慶次は譲らない。頑なにそんな風に言われると、元々短気な性質なことも相まって、ひくり、と口の端が釣りあがった。政宗が鼻を鳴らしながら皮肉るように慶次を見下ろす。

「慶次、手前ぇ、何の根拠があって…」
「だって恋愛なんてそんなもんだよ。相手が欲しいから…恋しいから盛るんじゃん」

 慶次は「何で解らないかな」と嘆息しながら告げてくる。その仕種が何処か寂しそうで、一瞬だけ、どきりと胸が鳴った。だが慶次に心が揺らいだ自分を叱責するように、政宗は吐き捨てた。

「――…っるせ」

 ――がたん。

 政宗が吐き捨てると同時に、ぎゅう、と手元に再び慶次の手が触れる。そして掌にはかさかさとしたビニールのパッケージの感触だ。どうしても持たせたいらしい。

「そんな訳で、セーフティセックス推奨なので、これは持って行ってね」
「絶対使わねぇからな!」

 ばちん、とウィンクまでして慶次は政宗にそれを手渡した。流石に押しに負けて政宗は制服のポケットにそれを仕舞う羽目になり、ぎりり、と歯噛みした。だがそんな政宗に、慶次は満足そうに「健闘を祈る!」と告げていった。









 校門を出てから待ち合わせて小十郎の車に乗り込んだ。流石に人が多いところでは目撃されないようにと気を使ってしまう。
 しかし小十郎の車の助手席に乗るのも慣れてきたな、と彼の横顔を時折盗み見て思う。

「どうした?」
「え…いや、その…秋刀魚、何処で買ってくのかなって」

 咄嗟にはぐらかしてしまうと、横目で小十郎は政宗を見てから、車を止めた。目の前の信号が調度赤になっており、政宗は盗み見ではなく、首を廻らせて彼を見上げた。

「まだ掛かるのか?」
「ああ、もう少し…近くのスーパーにしようと思ってな。家の近くまで行くぞ」
「そうなんだ。へぇ…あのさ、片倉ぁ」
「うん?」

 すい、と再び車が動き出す。それに合わせて政宗は両手を組んで、少しだけ俯いてから思い切って言った。

「俺、よく考えたら片倉の家に行くの初めてなんだけど、もしかして実家住まいとか…」
「気にするな。一人暮らしだから」

 くす、と隣で運転する小十郎が笑う。そんな事を気にしていたのか、と付け加えられ、手が伸びてきて政宗の頭を撫でてきた。彼のこの手が好きだと思いながら、その感触に感じ入りつつ政宗は先を続けた。

「じゃあ…何時まで居て良い?」
「……――」
「片倉?」

 ぴた、と小十郎の手が止まる。そして頭から彼の手が離れたことに、どき、と厭な鼓動が跳ねた。運転する小十郎を見上げると真剣な面持ちになってしまっている。

 ――訊くべきじゃなかった。

 ふと後悔が押し寄せてくる。政宗がどうしようかと二の句を告げずにいると、小十郎は片手を自分の口元に当てて、ううん、と唸った。

「そう言われると強く言えないな」
「え…」
「本当は此処で何時って区切れたら良いんだけどな、俺も駄目だな。好きな相手とは長く居たいと思ってしまう」

 くしゃ、としっかりと撫で付けられている筈の髪をみだして、小十郎はさらりと言ってのけた。しかし彼の言動の中に聞き逃せない言葉が組み込まれていて、政宗は自分の中で反芻してしまった。

 ――今、確か…。

 小十郎は前を向いたままだ。それを解っていて、政宗は横目で彼を見上げながら、弾み出した鼓動を押さえつけるように、ぎゅっと組んでいた手に力を篭めた。

「好きな…って?」
「お前のことだろ、伊達」
「…――っ」

 ――ふわ。

 不意に横から小十郎の手が伸びてきて、もう一度政宗の頭を撫でていく。助手席に乗っているせいで、いつも死角から彼の手が伸びてくるものだから予想が出来ずらい。触れてきた小十郎の手に、ふわりと頬に熱が篭ってくる。

「片倉、俺…ッ」
「帰したくないって思う前に送る」

 口を開きかけた政宗の言動を遮るように、小十郎自身の決意のように、彼はきっぱりと言った。だが政宗の胸はずっと早鐘を打っていて止まらない。

 ――こいつのこういう処、大好きだ。

 さり気ない気遣いのようでいて、しっかりと胸を鷲掴みにされてしまう。二人きりで話す機会が増えると余計に彼が愛しく思えてならない。

「片倉ぁ…どうしよう」
「ん?」
「俺、嬉しい…かも」

 ぐす、と思わず鼻を啜る。別に涙が出てきているわけではないが、何となく鼻が鳴った。すると慌てたように小十郎が視線を政宗に向けてくる。それもその筈で、彼の前では何度も泣いて困らせてきた。

「泣くなよ、これくらいで」
「泣いてねぇよ。お前が好きだって思っただけだッ」

 こつ、と拳を小十郎の肩に当てる。すると小十郎は、ふ、と柔らかく口元に笑みを浮べて、そうか、と頷いた。そして今度は自らの頬にある傷跡をなぞるように、指先で掻いて行く。

「それにしても、好きだって…率直に言われると恥ずかしいもんだな」
「へへへ…お前も恥ずかしい思いすればいいんだよ」

 ごつごつ、と立て続けに拳を彼の肩にぶつける。すると小十郎は鼻から溜息を吐き捨てながら、少しだけ声のトーンを下げた。

「言うなぁ、餓鬼」
「年寄りっ!」
「ふ…可愛いもんだ。さてそろそろ目的地だ。秋刀魚と茄子、あと何かお菓子でも見繕ってくか」

 小十郎の提案に思い切り頷きながら、なんだか胸元が温かくなるような感覚を得る。そうして政宗と小十郎は買い物を済ませると、目的である栗ご飯を食べるべく、小十郎の家へと急いで行った。




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