Cherry coke days 小十郎の家はマンションの3階にあった。エレベーターを上る間も政宗は目新しく感じて、辺りをきょろきょろとしていた。 「まぁ、入れ」 「お邪魔します…」 開かれたドアの先で、小十郎が手招きする。引き寄せられるようにして部屋に入りながらも、肩を縮めると小十郎は鍵を掛けながらくすくすと笑った。 「何畏まってんだ。肩の力抜け」 「でも…一応初めての場所だし、俺だって緊張するんだっての」 靴を脱ぎながらも、どきどきと鳴り出す鼓動を隠せない。茶化しながら告げれば、感情を吐露することも容易だ。 屈み込んで靴を脱いでいると、上から小十郎の影が降ってくる。 「伊達…」 「――…っ」 何だろうかと顔を上げた瞬間、間近に迫る小十郎の顔があった。逃げる余裕も無い――すい、と流れる動きで鼻先が微かに触れて、そして唇に柔らかい感触が触れた。 ――ちゅ。 一度ついて離れていく唇の感触――小十郎の唇は何故か冷たくて、でも柔らかさと、肌に触れてきた彼の吐息に、一気に顔が熱くなった。政宗は唇に手の甲を当てると、瞳を白黒させた。 「おおおおお前、何…をッ」 「此処なら気軽に出来るもんだな」 小十郎は玄関先の壁に寄りかかって、ふむ、と頷いている。だがそんな場合ではない。 「そういう問題じゃッ」 カッとなって拳を向けると、空かさず受け止めた小十郎が破顔した。くつくつと肩を揺らしながら、受け止めた政宗の拳の、手の甲にもそっと唇を触れさせる。 「わ…っ、片倉っ」 「緊張とけたみたいだな。ほら、さっさと栗ご飯炊くぞ」 握られている手を引こうとして、逆に引っ張られる。言われてみれば驚きに緊張は解けていた。政宗は、ベタなことしやがって、と胸裡で毒づきながらも腕を引かれるままに中へと向っていく。 通された部屋はどう見ても一人暮らしようではなかった。いくつか部屋があることも伺えたし、リビングの広さや体面のキッチンカウンターにぼんやりと立ち尽くしてしまう。 「片倉って…誰かと住んでんの?」 「いや、一人だが」 「これって賃貸?」 「持ち家。前に弟と一緒に住んでいたんだが、弟が先に結婚して、しかも転勤となったんで、俺一人になっただけだ。でも名義は俺かな」 「へぇ…」 寒くなった外気に、マフラーだけはしていた政宗が、くるくると其れを解いていると、背後でがさがさと袋から食材を取り出す音が聞える。 振り返ると其処にはシャツの腕をまくって、エプロンを着けた小十郎がいた。 「ぷ…っ、片倉お前、エプロン似合う!」 「そりゃどうも。伊達の分もあるぞ」 「え…」 「ほらよ」 ひょい、と投げて寄越されたエプロンは藍色をしていた。それを受け取ってから、政宗はじっと見つめる。 ――男二人で台所立つって…。 狭苦しいような気がしてしまう。しかし手伝うつもりでそれを掛け、カーディガンの裾を捲り上げながら小十郎の隣に立つ。 「もう栗の下ごしらえは出来ているから炊くだけだし、秋刀魚捌くか。伊達は味噌汁くらいは作れるだろう?」 「俺、殆ど一人暮らしなんだぜ?料理は上手い方だ」 「言ったな?」 「だって慶次が食いに来るくらいだし、他にも…片倉?」 政宗が胸を張っていうと、不意に小十郎の眉が寄った。瞬時に不機嫌になった小十郎に気付いて政宗が横から見上げると、小十郎はハッとしたように咳払いをした。 「すまん、単なる嫉妬だ」 「へ?」 「気軽にお前の手料理食いにいける前田に、嫉妬した」 「な…何、恥ずかしいこと言ってんだよ!そんなの嫉妬しなくても、俺でよければいつでも作りに来るしッ」 「え…」 思わず必死になって掴みかかりながら見上げていくと、小十郎がぽかんと瞳を見開いた。どさくさに紛れて口走ったことに政宗が再び赤面する。言ってしまってから後悔することが増えたような気がしてならない。気まずくて、口篭りながら小十郎の側から少し離れようとした。すると彼の腕が背後から回ってきて、上手い具合に引き寄せられてしまう。 「可愛いな、お前」 「っるせ」 ぎゅうと抱き締められながら、鼻先に小十郎の香りが過ぎる。しっかりと洗濯されたシャツの匂いだ。ほんわりと香る香りに、この香を忘れられなくなりそうだと思った。 → 77 101223/110505 up |