Cherry coke days



 目の前に出されたのは大きな栗の入った栗ご飯、それに秋茄子の味噌汁、秋刀魚の塩焼きだった。鼻先に香ってくる芳しい香りに、政宗が空腹を感じていると「簡単なものだが」と言いながら小十郎が小鉢を持って来た。

「それ何?」
「野菜もしっかり摂らんと。ほうれん草としめじをなめたけで和えたものだ」
「お前、マメだなぁ」
「お前に言われるとは思っていなかったな」

 ――さ、食うぞ。

 小十郎はキッチンの直ぐ側にあるテーブルにそれを揃えると、政宗を促がした。すると小十郎と向い合わせの席になる。自分の目の前に出された、黄金色の栗に涎が出そうになるが、それよりも視線を上げて直ぐに目に入る小十郎に、どきどき、と小さな鼓動が跳ねていく。

 ――自分の家だから、片倉もリラックスしてんだな。

 彼はほつれた髪をそのままにしながら、テレビにリモコンを向けていた。そのまま席について、手を合わせる。

「頂きます」
「いただきまーっす」

 小十郎に合わせて合掌してから茶碗を手にした。ちら、と真向かいを見ると、くわ、と大きな口を開けている小十郎がいた。

 ――かっこいいなぁ。俺、こんな時までときめくって末期じゃね?

 ちま、と掬い取った栗を口に運んで、もくもくと栗の甘みを堪能する。市販の、それも甘露煮ではない栗だから、ほろほろと蕩けていく。

「うまー…うまい。栗ご飯最高!」

 思わずそう呟くと、目の前の小十郎が笑い出していく。何だろうかと瞳を上げてみると、彼は半分に減った秋刀魚から箸を持ち上げて、くつくつと咽喉の奥で笑っている。

「なんだよ…」
「いや、伊達ってちまちま食うのな。小動物見てるみたいで」
「育ちが良いんだよッ」
「そういう事にしておこう。魚を綺麗に食べるところは本当に反論しようもないし」

 くつくつと咽喉で笑う小十郎はさっさと栗ご飯をお代わりしている。本当なら政宗だって負けずに食べられる――それは夏の旅行でもわかっている筈だろうに――しかし何だか動きが小さくなってしまった。しかし口に運ぶ食事は美味だ。

「俺、秋刀魚って好きー…。脂のってて、この時期にはたまらねぇよな」
「そうだよな。これに熱燗とか…っと」

 小十郎は先を続けることを止めて、口をつぐんだ。誤魔化すようにカボスを絞っている辺りが、ささやかながらも彼にとっては愛らしい行動だと思ってしまう。政宗が二杯目の栗ご飯を手にして、にや、と口元を吊り上げた。

「別に飲んでもいいのに」
「飲んだらお前を送れなくなる」
「送らなくても…」

 きっぱりと云われて、少しだけ口唇を尖らせてしまう。すると小十郎は「あまり困らせるな」と瞳を眇めて見せた。
 ち、と舌打ちをしながら政宗は続きを食べ続け、小十郎も同じように食事を続ける。合間に他愛のないことを話しながらも、久々に彼と向き合っている時間に、充足感を感じていった。










 後片付けを手伝って、全部食器を拭いて棚に収めると、政宗はエプロンを外そうとしていた小十郎の背中にぴったりとくっ付いた。

「片倉ぁ…」
「どうした、急に」

 驚いた声で小十郎が振り返る。彼の手には今入れたばかりのコーヒーが二つあって、零さなくて良かったと思ってしまう。
 鼻先にふれるコーヒーの香りに、政宗は小十郎の背後から腕を廻して抱き締めた。

「甘えたい」
「いちいち聴かなくてもいいって」

 くす、と口の中で笑う小十郎が、彼の腹に廻していた政宗の手を振り解いて身体の向きを変えた。そして正面から抱き締めてくれる。

 ――やべぇ、やっぱり甘い。二人きりだと、こいつ凄く甘い。

 見上げると優しい笑顔が此方に向いている。そんな顔は学校では見たことは無い。いつも眉間に皺が寄っているイメージしかないのに、向けられる視線がくすぐったい。

「もっと甘えていいんだぞ。俺はもっと伊達を甘やかしたいし」

 優しく抱き締め返されて、ふう、と息を吐いてしまう。手に触れるシャツ越しの背中が硬くて、手に心地よかった。柔らかさは無いのに、全てを預けてもいいような気になってしまう。政宗は一度顔を彼の胸元に埋めてから、ぼそり、と告げた。

「でも、だって…絶対に片倉を困らせる」
「何だ?」
「帰りたくない」

 ――ぎゅっ。

 離されない様に強く抱きついた。だが、すう、と小十郎の気配が変わった気がした。怖くて顔を起こせないでいると、頭上からはっきりした声が降ってくる。

「駄目だ」
「――…ッ」

 彼の声に恐る恐る顔をあげると、真面目な――学校にいる時のような――硬質な表情の小十郎が居た。ぎゅうと心臓を鷲掴みにされたような、息を飲むような瞬間だったが、政宗も後には引かなかった。

「俺だって、もっと片倉と一緒に居たい」
「それとこれとは違うだろ。ちゃんと…」
「大人の理屈なんていらねぇ。俺は…ッ、いつまでもガキ扱いすんなよッ」

 どん、と彼の胸元を拳で打つ。すると頭上から、深い溜息が響いた。諭されるのには慣れている。自分が未熟なせいだと解っている。それでも引き下がりたくなかった。
 少しでも縮まった距離に、もっと彼を欲しいと思ってしまった。

「――…まったく」
「え…」

 深く、深い溜息が付かれ、顔を上げた瞬間に唇が塞がれた。顎先を掴みこまれ、口を開かれて重ねられる。

「おい、かたく…――っん」

 何も言えずに顔を反らす。しかし直ぐに追いつかれて唇を重ねられる。

「あ…ッ、ちょっと、待って…っふ」

 言葉を飲み込まれるようにして唇が重なり合う。そうして開かれる合間に、舌先が咥内に滑り込んできて上顎を擽っていく。

 ――うそ…だろ?

 歯列をなぞられ、舌先を強く吸いあげられた。じゅ、と濡れた音がして、やっと離された時には舌先が痺れて言葉が出てこない。酸欠でくらくらとしていると、ひょい、と腰を掴みこまれ持ち上げられた。

「え…ちょっと、片倉?」
「――…」

 小十郎は無言で政宗を横抱きにすると、そのままリビングのソファへと向っていく。背中に柔らかいクッションの感触が迫り、再び唇を重ねられた。

「――っ、ん、ぅ」

 ――くちゅ、くちゅちゅ…。

 じゅる、と強く吸い上げられると顎先が持ち上がり、咽喉がごくりと鳴る。飲み込みきれなかった唾液が伝い、自分があられもない顔をしているだろうと思った。

 ――する。

「あ…ッ」

 キスに夢中になっている合間に、腰に直に触れる肌の熱さに気付いた。そしてそれが小十郎の手だと気付くには時間は要さず、するりと競りあがってくる手に、ふつふつと肌が粟立った。

 ――持っていきなよ。

 ふと脳裏に慶次の顔が浮かんだ。そうだ、ポケットには彼に渡されたものが入っている。そう思ったら急に恥ずかしくて、政宗は腕を持ち上げて顔を隠した。

「伊達、顔見せろ」
「ゃ、……――だ」
「いいから、ほら…」
「厭だ…――っ」

 覗きこんでくる気配に、力が消えていく。振り解かれた腕の合間から小十郎が覗き込んできていた。そして彼は一瞬だけ瞳を見開いてから、ふ、と困ったように口元に笑みを浮べた。

「ほらな。怖いだろ?」
「あ…?」

 手が伸びてきて目元に触れられる。そこにきて頬に濡れた感触を抱いて、はっとした。自分が泣いてしまうなんて、思っても見なかったのだ。
 小十郎は押し倒した政宗の背中に腕を指し入れ、起させる。すると政宗は途端にほろほろと涙を零してしまった。

「お前を泣かせたくない。だから、な?」
「うううぅぅ…」

 ――ぎゅう。

 顔を隠すようにして彼にしがみ付いた。そして小十郎の首元に鼻先を擦りつけながら、彼の身体に密着する。怖かったのも仕方ないが、それよりも彼に触れていたいとも思ってしまった。

「伊達?」
「何もしないでいいから、側に居て欲しい時は…どうしたらいい?」

 ぐす、と鼻先を鳴らしながら聞くと、背中に大きな手が触れてきた。

「今がその時なら、抱き締めていてやるよ」

 耳朶に囁かれる言葉が甘くて、政宗は苦笑するしかない。それでも彼に腕を廻して再びキスを強請ってしまったのは、甘えたかったからかもしれない。
 結局その日はそのまま寝入ってしまって、翌日帰ることになった。





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