佐助の腹に生暖かい感触がべたりとこべりつく。今それを放った相手は、佐助の上で肩を上下に動かして荒く呼吸を繰り返していた。 (馬鹿みたいだ) 佐助は腹の上に落ちた白濁を指先で掬うと、口許に持っていき、指を舐めてみせた。だが幸村はそんな仕草にも気づかないまま、肩で呼吸を繰り返していく。 口の中に、青臭い苦みが広がる。将に今の佐助の心情を表すかのような味だ。今すぐにでも苦虫を潰したような本性を現せるが、此処でそれをしてしまっては元も子もない。装えるだけ装い、腹の上に跨る幸村の足に手を滑らせた。 「旦那…」 「ぁ、――う、…」 呼びかければ弛緩している身体を押して、彼は顔を起こす。まだ虚ろな瞳で余韻に浸っているようだった。触れるだけの刺激にもいちいち反応を繰り返す。 (なんて敏感なんだか) 普段の鈍感さと対照的だとさえ思えてしまう。佐助は後頭部に手を添えて、下から彼を観察するように見上げた。肌の色が赤くなり、胸の突起がぷくりと勃ち上がっている。 佐助は手を伸ばして幸村の胸元の突起に触れた。先を突くように指の腹で押し潰し、挟み込んで強く捏ね上げる。 「ひっ、――ぁ、ふ」 「旦那、まだ早いよ」 胸元の刺激に咽喉を反らした幸村の口元から、唾液が伝い落ちていくのを眺める。そしてそのまま手を彼の腰に宛がった。 「さ…すけ?」 荒い息の下から舌足らずな声で幸村が瞬きを繰り返す。達したばかりの彼の陽根はくたりと力を無くしている。 「まだだよ」 「…――ッあう」 佐助は力をなくした幸村の陽根指先を絡めると、力を込めて擦り上げた。突然の強い刺激に幸村が眉根を顰めて呻く。 「解る?俺様、まだ達ってないよ」 「あ、あ、あっ」 指先を動かすのを止めずに、痛みを押して腰を突き上げる。すると幸村の背が強く引き攣れた。ぶるぶると腕を震わせて、内部を抉る刺激に耐えているのだろう。 「旦那ってば本当に初めて?」 (もっと乱れて) 「男でも初めてで、こんなに中、感じるのって珍しいよ?」 (もっと溺れて) 腰を強く打ち付けていくと、幸村が徐々に自分から腰を浮かせるようになっていく。それを見計らって動きを止めて、彼の細い腰に両手を添えて支えるに留める。 「あ、あう…、おかしくなる…――ッ」 幸村は涙を滲ませながら首を振った。だがいまや既に自分から腰を動かし、佐助の上で揺れている。時々力をなくすと佐助が腕に力を入れて揺すりあげた。 内部の一点を当に見つけているのか、しきりに同じ角度で抜き挿しを繰り返していく。結合部からは淫猥な響きがしきりに響き、汗ばんだ肌を濡らしていった。 「おかしい…変、だ…変に、なるぅ…」 「なっていいよ、もっとおかしくなれよ」 (もっと、堕ちてしまえ) がくがくと揺れる幸村の腰に、重くなった自身の腰を穿ちつけた。掠れた摩擦音のような声を上げて幸村が再度、白濁を吐き出す瞬間、佐助もまた彼の中に熱い飛沫を放っていった。 急激な疲労感と快楽のせいで、幸村は呆気なく落ちてしまった。力をなくした身体を支えながら、佐助は彼が目覚めるまでじっとその寝顔を見つめていた。 まだ肌に幸村の匂いが残っているような気がしてならない。 熱さと、泥の匂いと、血生臭い匂いの混じった戦場の猛りを感じさせる匂いが、未だに鼻に突き刺さる。 佐助は単衣をさらりと幸村の上に掛けると、深く嘆息して片膝を抱えた。 (なんでこんなに小奇麗な顔してんだよ) 乱れるだけ乱れた主は、どんな穢れも受け入れないかのようだった。安らかに、幸せそうな寝息を立てる幸村に、憤りさえ感じる。佐助はぶつける先を知らないままに、髪を掻き毟った。 「ん…――」 「旦那、目覚めた?」 「俺…は?」 肩に佐助の単衣を掛けたまま、幸村が起き上がる。まだ状況を理解していないようで、目の前の裸の佐助を見上げて一瞬だけ瞳を見開いた。佐助は片膝に腕を乗せたままで告げていく。今此処に煙管でもあれば、紫煙を燻らせてしまいたいくらいに、胸の中が曇っていく。 「あんまり気持ちよくてそのまま飛んでたよ」 「飛…――ッ、あ」 幸村は肩にかけられていた単衣を手繰り寄せながら、自分の身体を見下ろして赤くなった。この暗がりでも解るほどに顔に朱を載せ、そのまま唇を噛み締めてしまう。 いつもは喧しいくらいの幸村が押し黙り、じっと自分の膝を見つめている姿は、しおらしく、未だにその身体に降りかかっている白濁した液体の淫靡さを払拭してしまう程だった。だがそれが余計に佐助の嗜虐心に火をつけていく。 (穢したいのに) 思う様にならない彼に憤る。こんな風に嵐のように感情が渦巻くのは珍しい。だが激情という訳ではなく、昏くふつふつと湧き上がる溶岩のようなものだ。 幸村は佐助の変化には気付く事無く、何度か唇を舐めてから、確かめるように呼びかけてきた。 「さ、佐助…」 「何?」 幸村の声に微かながら華やいだ色が滲み出る。それが期待を含んでいるのだと知るには時間は必要なかった。 「その…俺達は、まぐわった、のだな?」 「そうだけど?」 「こ、こういう行為は好き合った者同士がすると…」 ゆっくりと一言一言を確かめるように唇に乗せる幸村は、佐助とは視線を合わせない。引き寄せた単衣を強く握り締めるだけだ。 佐助は幸村に気付かれないように、小さく息を吸い込むと、柔らかく微笑みかけるように告げた。 「旦那、好きだよ」 「――ッ」 俯いていた幸村の顔が、喜色を滲ませて起き上がる。まるで恋に焦がれる乙女のように恥らう彼の顔を見ていると、常の精悍な印象からはかけ離れているように感じられた。 幸村は喜びを面に現しながら、そっと膝を寄せてくる。佐助もまた彼に腕を伸ばして、朱を帯びた頬に触れる。 「――――…ッ」 頬に触れた瞬間、幸村は肩を揺らしたが、泣き出しそうな笑顔を浮べてきた。 (ああ、なんて好機だ) 昏い感情が今だと首を擡げる。佐助は呼びかけるように口を開きかけた幸村の言葉を遮り、冷淡に口の端を吊り上げた。 「…なんてね」 「え…――」 幸村の頬から手を離し、業とらしく嘆息してみせる。すると今の今まで浮かんでいた喜色を収め、幸村が驚いたように凝視してきた。 「やっぱり旦那にはまだ早かったかな」 (傷つけ) 咽喉の奥から笑いが込み上げてきそうだった。自分で押さえることなどできる筈もなく、次から次へと口をついて言葉が出てくる。それも彼を傷つけるための、刃のような切れ味を持っている言葉だらけだ。 「気持ちなんてなくたって、身体が欲しいと思えばできるんだよ」 幸村の顔から表情と云うものが消えた。 「旦那が知りたかったのは単に快楽だけだよ。気持ちよかったでしょ?」 「あ、あれは…」 「あんなに乱れてさ。結構、淫乱なんじゃない?」 口篭った幸村の言葉を無視して、佐助は立てていた片膝を落とした。そして胡坐をかく。膝に肘をつくと、前のめりになり、胸の傷がじくじくと痛み始めていた。 「俺を何だと思ってるわけ?」 幸村は瞬きさえも忘れて佐助を凝視してきた。佐助もまた彼から視線を外すことなく、口の端に皮肉った笑みを浮べながら告げていく。 「俺は忍だから。あんたの部下だから。だから…求められるなら」 言葉を切り、頬に手を添える。斜に構えて鼻先で嘲笑う。 「断ることなんてしねぇよ」 言い切ると、幸村の瞳が揺れた。凝視していた瞳が歪み、躊躇しながら下降する。手が小刻みに揺れ、その後に強く握り締められていく。 (穢れろ) 握られる拳がだんだん白くなっていく。俯いた幸村が、怒りを滲ませているのか、肩を震わせていた。 「――――…ッ」 がつん、と急に強く頬に強い衝撃を受けた。吹き飛ばされないだけマシだったとしか言えない。頬にぶつかってきたのが、幸村の拳だと直ぐに気付いた。 「いってぇ…――ッ」 口の中に鉄錆の味が広がる。ぺ、と切れた口の中から、血を吐き出すと、幸村がゆっくりと起き上がっていた。そして足音も荒く部屋の戸へと向っていく。 「旦那、中の掻き出しておいた方が良いよ」 佐助はまだ彼を嘲笑いながら声をかけた。すると、立ち上がった幸村の足に、つう、と流れている白濁に気付く。それは佐助が彼の中に吐き出したものだった。 「…邪魔を、した…」 微かに振り向いた幸村の目元が、赤くなっていた。そして、掠れた声がそれだけ紡ぐと、幸村は戸を勢いよく開けて出て行った。 掠れた幸村の声。赤くなった目元。 (泣いてた) その事実だけが佐助に突き刺さっていく。この後、彼は自分であれを処理するのだろうか。それも傷つけられ、犯されたことを知りながら、自分で処理するのだろうか。 (あの人を穢した) じくじくと胸の傷が疼いていく。佐助は腹の底からわきあがる昏い感情のままに、気付くと声を立てて笑っていた。 「はは…はははは…」 幸村を穢した。その事実に喜ばしい気持ちになるのだとばかり思っていた。 この忍の自分に期待して、生きろと告げて、そして好きだとさえぶつかって来た。 (穢してやった) 幸村の真っ直ぐな存在自体が疎ましく、それでいていつも苛立ちをくれた。その苛立ちの正体を今の今まで、憎悪に近いものだとさえ思っていたのに、それが過ちだったのではないかと気付いてしまった。 (旦那…) 穢して、傷つけて、満足する筈だった。それなのに、この胸の痛みはなんなのだろう。 「痛い…な」 佐助は蹲りながら、胸の傷に自ら爪を立てていった。 →7 100512/100523 up side touka |