『旦那』

 その声は幸村に、どう届いたろうか。甘い誘いに? 魍魎の呼び声に?
 どちらにしろ、することは変わらない。佐助は思った。

「それじゃ、旦那。脱ごうか」

 肩に額を押しつけたままの幸村の顔に、思い切り朱がさす気配がした。顔どころか、耳や首の後ろまで赤い。

「ぬ、ぬう」
「脱がなきゃコトは始まらないでしょ」

 俺が脱がせるのはつらいし、と佐助は己の傷を指さす。

「ぬ、脱ぐのか……」
「そう、それとも覚悟が足りない?」
「覚悟!」

 幸村が、がばりと音を立てて顔を上げた。

「佐助、この幸村に覚悟がないなどと!」
「そう、じゃ、脱いで」

(少し煽ってやればこれだ)

 幸村はと見れば、覚悟がないといわれたことがよほど悔しかったらしく、先ほどとは別の種の赤がその顔を彩っている。ほんの少しのためらいは見せたものの、彼は勢いよく上衣を脱いだ。
 続いて、足に着けた具足をとるべく、立ち上がる。埃と血のにおいが佐助の鋭敏な鼻をかすめた。

(そうだ、これが戦場のにおい)

 それには気付かず、幸村は両足の具足をとった。無造作にそれを放り出す。
 袴に手が掛かったところで、佐助は幸村を見上げた。

「もっと色っぽく脱いでみせてよ、旦那」
「色っぽっ……」

 幸村は激しかけたが、それ以上の反論はせず、更なる勢いで袴を脱ぎ捨てた。
 幸村を見上げたまま、佐助は膝を視点として頬杖をつく。下帯一枚の主が視界に入っていた。

「そこまで」

 下帯に手をかけていた幸村が、ほっとしたように手を離す。そのまますとん、と腰を下ろした。
 佐助も視線を動かす。

「これで満足か?」
「満足なんてしないね。まだなにも始まっちゃいない」

 幾分怒りを含んだ幸村の声音に、冷静に言葉を返す。幸村の顔がきょとん、とした。

「こんなんで恥ずかしがってたら、なにも出来やしない」
「……そうか」

 幸村は素直にうなずく。

(かわいいねぇ。……汚しがいのある)

 佐助は心中嘲笑った。
 佐助は頬杖をとき、幸村を手招いた。幸村が膝立ちになり、にじり寄ってくる。とん、と脛と膝がぶつかった。
 手を前に着き、佐助は身を乗り出す。むき出しになっていた幸村の肌からは、やはり埃と血のにおいがする。顔をしかめないように気をつけながら、佐助はそっと唇を近づけた。幸村の胸の突起に口を付ける。

「ひっ」

 口吸いで敏感になっていた幸村の身体はすぐ反応した。下帯が、それとわかるくらい膨らんでいる。

「まだ早いよ」

 突起に口を付けたまま、佐助は言った。その刺激で、また幸村が声を上げる。
 佐助はそれを思い切り吸い上げた。息をついた後は、舌でつついてやる。埃と血のにおいが鼻をついたが、気にしないふりをした。

「……あっ……」

 幸村は既に淫らな顔つきを取り戻していた。さっきは精悍で面白かったのに。佐助は思った。
 佐助は右手に体重を移した。傷がちりっと痛む。
 空いた左手で、佐助は幸村の下帯をさわった。本来の大きさを取り戻した陽根が、佐助の手の中でさらに大きさを増す。

(これは……辛いだろうな)

 ほんのり湿った下帯が、幸村の限界を伝えてきていた。同じ男であるからわかる、臨界点。
 佐助は左手一本で器用に下帯を解いた。幸村の目が丸くなると同時に、彼は一糸まとわぬ姿になる。

「一度達しておこう。こんなんじゃつらいだろ?」

 優しい声音で語りかけると、幸村はうなずいた。おそらく、なにがなんだかもわかっていないだろう。そんなことを思わせる、乱れようだ。

「自分でする? それとも俺が?」

 答えは聞かなくともわかるような気がしたので、佐助は幸村の陽根を握りこんだ。そのまま、上下に擦ってやる。

「…… ん……」

 見ると、幸村は既に唇を噛んで、声が漏れでないように苦心していた。

(返事なんて出来るわけない、か)

 おそらく自慰行為もそれほどしてこなかったのだろう。外部からの刺激に、敏感すぎる。
 佐助は上下の動作を続けた。それに合わせて、幸村の顔がどんどん歪んでくる。息づかいも荒いものになっていた。
 できれば、口でしてみて、反応をみたかったが、傷をおしてまでするようなことでもない。

(そろそろ、かな)

 それがかたさを増したのがわかった。
 佐助は手の動きを早くする。幸村は佐助の手の中で限界に達した。

「あ……」
「あーあ、いっぱい出したねぇ」
「なっ……」

 幸村は赤面した。
 佐助は幸村の下帯を拾い上げると、それで手を拭った。その間、幸村は乱れた呼吸を整えている。

「今度は俺の番だね」

 身を起こした佐助は、単衣をくつろげた。後ろに手を回し、体重をかける。組んでいた足をほどくと、自然、下帯が幸村の目にさらされる。

「さぁ」

 甘く囁く。幸村はなにかに魅入られたように佐助へと身を寄せた。

「脱がせて」

 幸村の手を取り、下帯へと導く。

「これを?」
「そう」

 佐助の下帯が、幸村の手によってほどかれていく。
 佐助は顔を出した己の陽根をひとなでした。それは、わずかな膨らみを見せるのみで、まだ本来の大きさを取り戻してはいない。

「口で大きくしてよ」
「口で?」

 幸村は不思議そうに、自分の口を指さした。やっとその意味を把握したのか、頬の赤みがまた増す。

「そ、そんな破廉恥なっ!」
「破廉恥なことしてんでしょうが」

 なにを今更、佐助はあきれた。が、気持ちは分からないでもない。初めて、口ですることを知ったときは、とまどったものだ。

「なっ、舐めれば良いのだな」

 おそるおそる、口を近づけようとする幸村に、佐助は声をかけた。

「舐めるだけじゃなくて、口に入れて吸って」
「う、うむ」

 佐助の陽根が、幸村の口腔に包まれる。温かい。佐助はそう思った。それだけで勃起しそうだ。言葉の通り、それに吸い付くだけで、技巧もなにもあったものではなかったが。

「旦那、そのまま頭動かして、さっきの俺の手みたいに」
「ん」

 佐助の支持に、幸村が顔をそっと動かしはじめる。ざらつく舌が、敏感な部分に当たって、常にない気持ちよさをもたらす。

「はっ」

 佐助の息が一瞬荒くなった。それを見逃さず、幸村が視線を上げる。

「気持ちいいのか? 佐助」

 それを口に含んだままの幸村の言葉は、正直あまり聞き取れなかったが、佐助には十分伝わった。

(俺がこの人を汚しているんだ)

 そう考えると、佐助の陽根は反応を示した。大きさとかたさが、否応なく増していく。

「旦那、もういいよ」
「そうか」

 幸村はあっさり口を離した。やはり羞恥心はあったらしい。赤くなった顔を隠すかのように、腕で口元を拭う。

「気持ちよかったよ」

 だから、と佐助は言った。

「もっと旦那のこと気持ちよくしてあげる」

 佐助は少し動くと、褥に膝を立てたまま横たわった。

「こっちに来て」

(汚してあげるから。ここからが本番だから)

 幸村は、佐助に言われるがまま、彼ににじり寄る。

「俺にまたがって」
「しかし、傷が……」

 この期に及んで佐助の傷の心配をする幸村にむかって、笑ってみせる。腹は大丈夫だから、と。

「そうか?」

 言って、幸村は佐助にまたがるように膝立ちになった。佐助の膝が、幸村の臀部にあたる。
 佐助は手を伸ばして、幸村の後孔に触れる。誰にも触れられたことのないそこは、快楽を求めてひくひくと動いていた。
 佐助は指を入れる。まずは一本。そして動かす。まずはゆっくりと。
 幸村が眉をひそめた。苦痛に耐えるような、快楽に耐えるような、そんな顔で佐助を見下ろしている。

「さ、すけ……」

 入れた指が熱い。幸村の呼吸とともに、指は締め付けられ、解放され、を繰り返す。

「旦那……きっつい」

 そういいながらも、指を二本に増やし、奥まで責め立てる。

「やっぱり…痛い?」

 密やかに耳元に囁くと、佐助の指先を飲み込みながらも、幸村は小さく首を振った。

「そ?」

 佐助は指を小刻みに動かした。

「はぁっ……んっ!」

 ちょうど良いところに触れたらしく、幸村の喘ぎがひときわ大きくなった。呼吸が乱れるとともに、腰が崩れ落ちそうになる。
 佐助の指は、きゅうきゅうと締め付けられ、痛みすら感じるほどだ。

「……はっ……」

 幸村の陽根は、既に大きさを取り戻し、天をついて立ちあがっている。

「旦那、自分のに触って」

 佐助は命じる。乱れきった幸村の身体は、素直に反応した。己の陽根を握り、ゆっくりと、慣れない手つきで上下動を開始する。先走りの汁が、幸村の手を伝って、佐助の手のひらまで汚した。

(そろそろ、いいかな)

 佐助は指を抜いた。

「……あっ!」

 物足りないのか、安心したのか。幸村が声を上げる。

「大丈夫、もっと良くして」

(もっと汚して)

「あげるから」

 佐助は己の陽根を持ち上げた。それは怒張し、存在感を増している。佐助自身気付かぬうちに、少しは興奮していたらしい。佐助は心中笑った。
 陽根を幸村の後孔にあてがう。

「旦那、腰おろして」

 佐助は指示した。

「されど……」

 幸村が抵抗をみせる。しかし、その右手は己の陽根を握ったままだった。初めての快楽におぼれているのだ。

「腰、おろして」

 再度冷静な声音で、佐助は言った。
 渋々のように幸村が腰をおろしていく。

「そう、ゆっくりと」

 佐助の陽根が、幸村の肉を割って彼に入り込んでいく感触がする。

「はっ…… うぅん」

 半ばまで腰をおろしたところで、幸村は床に手を着いた。もう無理、というように、首を振ってみせる。

「大丈夫だから」

 佐助は容赦しなかった。もう一度身体を起こすように促す。
 幸村は体を起こし、また身を沈めていく。半ばまで入っていた陽根は、すんなりと幸村の体内に入り込んだ。

「あぁっ!」

 陽根の物量に耐えきれなかったのか、幸村が短く声をあげる。

「これが、あんたの期待してた答え」

 佐助の視界からは、馬乗りになった幸村がみえた。その顔は、やはり苦痛とも快楽ともつかぬ表情をしている。

「動いて。自分で気持ちいいところに当てなよ」
「うご……く?」
「そう、上下でも前後でも。気持ちいいように。俺が動かすとなると、さすがに痛いからさ」

 佐助が言うと、幸村は頷いた。
 幸村が身体を上下に動かし始める。ゆっくりと、試すように。肌と肌が触れあうたびに、小気味よい音が立つ。
 佐助は、胸の傷の痛みと、快楽との狭間でたたかっていた。ここで音を上げることは簡単だ。幸村は、自身の快楽よりも佐助の痛みを選択するであろう事は明白だった。しかし、目的は達せられていない。

(この人を、汚す)

「さ……すけっ!」

 突然幸村が奇声をあげた。腰の動きが完全に止まる。

「どうかした?」

 動かして、と促しながら、佐助は尋ねた。しかし、おおかた予想はつく。

「おかしいっ! なんか変だ!」
「どんな風に」
「こう、腰がぞわぞわして、なんか、変だ……」
「それが一番気持ちいいところだよ」

 傷の痛みをおして、軽く腰を振ってやると、幸村はああ、と声を上げた。

(初めてのくせに)

 後孔の中で感じているのだ。

(汚しがいのあるってもんだね)

「もっと腰を動かして。もっと気持ちよくなるから」

 促されて、幸村が腰の上下を再開する。これまでとは違い、ある一定のところで一瞬腰が止まるのを、佐助は見逃さなかった。

「……さすけぇっ……変だ、変だ」

 幸村がうわごとのように繰り返す。

「もっと、おかしくなって、旦那。なにも考えられなくなるくらい、気持ちよくなって」
「あっ……」

 幸村の後孔が佐助の陽根をぎゅっと締め付ける。

(もう限界か……)

 佐助は幸村の陽根を握った。そっと、しかし確実に幸村を責め立てる。

「あっ……ああっ……」

 幸村の腰の動きが止まった。そして、佐助の腹には、幸村の白濁の汁が吐き出された――






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