居酒屋長曾我部



 週末に待ち合わせ場所に行くと、いつもの白い服とは打って変わった私服姿の元親が居た。初めて観る私服姿に、きゅん、と胸がときめいてしまう。元就は思わずときめいてしまった自分の胸元を、どん、と拳で打ちつけると、ごほ、と咳き込んだ。
 それを観て元親が慌てたが、その後は彼の車であれこれと移動していった。途中、愛媛に入ってから温泉に向かい、昼間から温泉に浸かり、讃岐うどんに舌鼓を打つ。元親に勧められるままに、甘酒アイスなるものを食べつつ、元就は隣をちらちらと伺い見ていた。

 ――調べたりしたんだな。

 くす、と思わず笑いが零れてしまう。隠しているつもりだろうが、後部座席には地図や情報誌が置かれていた。
 車を滑らせて、ぐるりと廻る――観光地らしい観光地には、ほぼ足を踏み入れていく。車で動くのなら、一日で全て廻ることが出来るのが便利といえば便利だ。其れが四国の良いところだとも感じてしまう。
 夕方になると浜辺近くにまで辿り着き、春の海を見つめている辺り、本当にデートコースだ、と苦笑したくなる。だがハンドルを握る元親が楽しそうだし、此処に至るまで退屈することも無かった。

 ――思いがけず、普段は行けないところまで行ったしな。

 楽しい一日は直ぐに済んでしまうものだ。元就は受け取っていた蜜柑のジュースを飲みながら、ふ、と春の海の静けさを助手席から眺めた。すると頃合を見計らったように、元親が声をかけてきた。

「今日はありがとうな。っていうか…何で、デートしてくれる気になったんだ?」
「近々、中国にいくことになりそうでな」

 すとん、と元就は応えた。数日前、デスクの中にしまいこんだ封筒が脳裏に浮かぶ。それは内示を示す書類だ。この春から元就に下される異動の件だ。既に住む場所も決まっているし――というか、今も社宅なのだが、次もそのまま社宅にいくつもりなので、引越しといえど家財の移動くらいだ。することはほぼ済ませている。
 夕陽を見つめながら、手に持った蜜柑ジュースの色と同じだと想いつつ、元就は深く溜息をついて先を続けた。

「なかなか高知には来られなくなる」
「中国って…なんでまた…」

 ぼそ、と元親が問うた。先程までの楽しげな雰囲気が感じ取れない。首を廻らせてみると、元親はハンドルに両腕を預け、其処に額を押し付けていた。力が抜けてしまったかのようだった。元就はそれを横目で見つめながら、先を続けた。

「人事異動よ。我は四国を任されたが、中国の支店長になれと。いわば栄転だな」
「――…」
「お主とは、楽しい時間をすごさせてもらった」

 確かに、元親の居酒屋に足を踏み込んでから、毎日の楽しみが――通常の倍以上の楽しみのように感じられていた。何かひとつでも、楽しみがあるというのは良いものだ、と改めて感じ入ったほどだ。元就は心からの感謝を込めて、頭を軽く下げた。だが元親は応える事無く、押し黙っている。

「どうした、長曾我部」
「そりゃ、ねぇよ…折角人が勇気出したってのに」
「長曾我部…?」

 ぼそ、と元親の呟きが聞こえた瞬間、強い力がぐっと肩に触れてきた。それと同時に真剣な元親の顔が間近に迫る。

「あ…――っ」

 声を上げる間もなく、気付けば彼の顔が迫っていた。そして唇にぶつかるかのように、がつ、と触れてくる感触がある。あまりの出来事に驚いていると、少しだけ離れた元親の顔が、今度は優しく迫ってきた。

 ――ちゅ。

 触れた唇が、柔らかく押し付けられる。ぐ、と押し付けられた唇の熱さに気付くと、音を立てて彼の唇が離れた。キスされたのだと気付くと、かちん、というシートベルトを外す音が響き、今度はぎゅっと元親の胸元に引き寄せられた。

「元就、俺、あんたが好きだ」
「――――ッ」

 ぎゅ、と肩を引き寄せられる。元親の大きな手が、背に、頭に触れてきて、声が耳元を打って来る。

「あんたはどうなの?」
「そんな事…急に言われても…――」

 問いかけられて、どくん、と胸が跳ねた。今まで彼の姿を見ているだけで癒された――それはときめきと感じるほどだった。とくとく、と高鳴る胸の鼓動に、元就は改めて自分の感情が恋そのものだったことに気付いた。恋だと気付いて、そして直ぐに状況が、相手に抱き締められているという――そう感じると、ばくばく、と破裂しそうな程に心臓が五月蝿くなっていく。じわ、と背に汗が噴出してくるようだった。だが元就のそんな変化に気付いているのか、いないのか、元親は先を続けていく。

「逢えなくなるなんて…あんたが振り返ってくれるまで、ずっと纏わりつくつもりだったけど、そんなに遠いんじゃ…」
「長曾我部…――」

 ぎゅう、と抱き締める腕に力が篭る。少し痛いくらいだ。だが元親は何かを思い切っているかのように――絞りだすかのように、声を耳元に囁いてきた。

「あのよ、浅ましいって、詰ってくれてもいい。だから、これが別れになるなら」
「――――…」
「一度だけでいいから」

 どくん、どくん、と鼓動が五月蝿い。抱き締めてくる元親の腕が痛い。元就は応える代わりに、そっと腕を回して彼の背に手を添えた。

「元就…――」

 元就の仕種に気付いた元親が顔を起す――そして、ゆっくりと、柔らかく口付けを繰り返していった。車の外には細波の音がしている。規則正しいその音を聞きながら、元就は元親に身体を預けていった。










 随分と余裕が無かったと思う。急展開というのは仕方ない。恋に落ちたら、もう止まることは出来ないのだ。
 海を見つめてキスを繰り返して、其処から直ぐだというので元親の家に行った。初めて踏み込む他人の家と云うのは、どうにも緊張するものだが、緊張する余裕はなかった。それよりも目の前の元親に対しての緊張の方が強い。
 家に着くと、荒々しく中に入り込んで、周りを見る余裕などなかった。互いに、獣じみていると感じるほど――時には肌に歯をつきたてて、笑いあったりしながら、素肌を晒す。少し前に一緒に温泉に入ったというのに、何故か元親に服を剥がれると、恥ずかしくてならなかった。だが今の方が余計に羞恥は強いかもしれない。

「――…ッ」
「声、出せよ」
「厭…――っ、だ…」
「出せって」

 ぐり、と押し開いた足の間に身体を滑り込ませて元親が、迷う事無く前で揺れている元就の陰茎に手を添える。既に其処は先走りで濡れており、触れられるだけで、びくりと背が跳ね上がった。元就は声を出すまいと、手を持ち上げて指先を噛んだ。

「――…ッっく」
「ほら、噛んだら駄目だ」
「ぁ…――…」

 指を噛む元就に気付いて、ぐう、と身体を沈み込ませながら、元親が手を取る。そして口元から引き剥がすと、くちゅ、と音を立てて口付けてくる。

「噛んだら、お前の綺麗な肌に傷が付く」
「長曾…か、べ…――ッ」

 ぐい、と強く肩を抱かれて、背が布団から引き剥がされる。あっという間に起されると、元親の膝の上に足を絡ませて抱きつく格好になった。

 ――ぐちゅん。

 揺すりあげながら、居住まいを正され、元就がびくびくと背を撓らせる。口から嬌声が漏れそうになり、歯をぎりりと噛み締めると、両腕を取って元親が自分の首に引っ掛けた。

「俺に噛み付いて良いからよ」
「しかし、それでは…」
「何の。俺の方が丈夫だからさ」

 言い様にゆさゆさと揺さ振られる。初めて男を飲み込んだ後孔が、びりびりと悲鳴を上げそうになるが、それよりも内臓を抉られる感触に、背筋が震える。背を撓らせながら元就が感触に身を委ねていると、繋がった下肢が濡れた淫猥な音を立ててくる。

 ――ぐちゅ、ぐぷ

「ぁ、あ…――ッ」
「いいぜ、もっと声、聞かせて」
「――っ、…から、声など…――」
「うん?」
「男の、声、など…――聞いても、落胆するだけよ」

 咽喉をひくつかせながら、びくびくと跳ねる身体を押し留めようとすると、意に反して身体に震えが走る。はふ、はふ、と熱く吐息を吐き出すと、強く腰を打ちつけながら元親が耳朶に舌先を滑らせ、告げてきた。

「何言ってんだよ。俺はあんたに欲情してんだから。落胆なんてする訳ないって」
「ふ…ッ、ん…――ッ」
「大丈夫、萎えたりなんかしねぇよ。余計に興奮するだけだ」

 ――ぐぷん。

 下肢が急にびくびくと動き出す。腰がずんと重くなった気がした。どうしたら良いのか解らない波が、背から全身に走りこんでくる。ぶるぶると震えながら元就は、首を振って快楽を散らそうとするが、既にそれも功をなさない。

「長曾我部、ちょうそ…かべ…――っ」
「元就…、もっと力抜いて」
「ん、ん――ッ」
「元就…」

 ゆさ、ゆさ、と腰をグラインドさせるかのように突き動かされ、逃げることも出来ない。元就はぎゅっと元親にしがみ付きながら、ぞくぞくと走ってくる戦慄に感覚を預け始めた。

「あ、元親…」
「え?」
「もと、ちか…――ッ」

 ぎゅう、と下肢が膨れる。びく、と足の内側が引き攣れる。どうしたら良いのか解らない衝動に、しきりに彼の名前を呼んだ。

「もっと呼んでくれ」

 すると元親は耳元でそっと、掠れた声で――気持ち良さそうに告げてきた。その掠れた声が、ぶるり、と元就の背を震わせる。

「あっ、――――…ッ」

 ぶる、と背に戦慄が走った瞬間、勢い良く二人の腹の間に、元就は吐精していった。







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