居酒屋長曾我部



 既に渇いてしまった肌の上を、大きな掌で擦りながら、元親は自分よりも小さな元就の身体を引き寄せた。

「離れたくねぇ…」
「――――…」

 うつぶせている元就の背に、ちゅ、と吸い付いて痕を残し、そのまま自分の胸元に引き寄せる。そうすると、動くのも億劫だとばかりに元就が溜息をついた。

「このまま連れ去りてぇ…」
「不遜な事を申すな」
「でもよ、元就…これで最後なんてよ」

 くん、と元就の肌の香りを嗅ぎながら、そっと唇を滑らせて、肩や頬に口付ける。その度に元就は擽ったそうに身を捩る。そして応えるように手を伸ばして、ぺちん、と軽く元親の頬を叩いた。

「お前は、我との付き合いを此れで終えるつもりなのか?」
「え?」
「我は此処から始まりと想っておったが」

 がば、と元親が上体を起すと、元就も同じようにのそりと起き上がる。そうすると「いたた」と腰を擦るものだから、慌てて元親は彼の背に手を添えた。

「でも…中国、行っちまうんだろ?」
「来週には異動する。でも車で来れる距離であろう?」
「え?」

 言っている事が解らない、とばかりに元親は口を噤む。そして考えを廻らせ「あ」と声を上げた。拳をつくりながら「まさかな…」と呟いている。

「元親、どうかしたのか?」
「あのさ、ちょっと確認」
「うむ」

 こくん、と元就が頷くと、はら、と髪が頬に掛かった。それを元親が指先で払って、頬に口付けてから、正面を覗き込んできた。

「何処に赴任するって?」
「中国だ」
「それは、ええと…詳しく言うと?」
「広島だな。だから橋を渡れば直ぐと…」

 元就は淡々と応える。だが次の瞬間、元親は大声で叫びながら、ばふん、と背後に身体を倒していった。

「中国って、中国地方かよッ!」
「他に何があると言うのだ?」

 小首を傾げながら元就が眉根を寄せると、がしがしがし、と元親は銀色の髪を掻き毟った。

「いや、だってよ、中国って言われたら外国の方を考えるだろーッ?」
「早とちりしおって」
「紛らわしい言い方するからだろう?」

 あああ、と項垂れる元親を上から覗き込み、元就は彼の逞しい腕にそっと自分の手を添えた。そうすると元親は直ぐに腕を解いて伸ばし、元就を自分の胸に引き寄せた。

「で?どうするのだ?我と…」
「付き合えるなら、願ったり叶ったりだ」
「ならば」

 顔を起しかける元就に、かし、と耳殻に噛み付いて元親が問う。

「――もう一回、してもいい?」
「後で美味い酒と、肴を用意してくれるのなら」
「いつでもお前の腹も、心も満たしてやるからよ」

 ――それが『居酒屋、長曾我部』ですから。

「だからずっと贔屓にしてくれ、な?」
「当たり前だ。お前から見限ることは赦さぬからな」
「了解」

 ふふふ、と笑いながら元親が腕に力を込める。くるん、と視界が廻る。見上げる先の元親が、ぐっと片足を持ち上げていくのを止めることもせず、元就は「好きにしろ」と口元に笑みを浮べながら言っていった。


 美味しい酒と肴、それに甘い恋人との時間――それが元就のささやかな楽しみだ。









2010.03 HARU.C.C/110306 up