Oasis



 戦の最中に大きく自軍が動いたのが分った。それがまるで崖崩れを起すかのように、壮大な音を立ててくる。

 ――計算していないぞ…っ

 まさかこのような事になろうとは、予想さえもしていなかった。そもそも自軍は、前方に配置した四国の長曾我部軍が一掃されなければ、崩れる筈もなかったのだ。

 ――やはり、共闘などと…他人に胸襟を開いたつけか。

 毛利元就は采配を手から離すと、すらりと長い指を輪刀にかけた。そして空を仰ぎ見ながら装着する。

「我の腰を上げさせおって…」
 ――全く、使えぬ駒よ。

 嘯く口元を引き締め、元就は前に進み出た。それに合わせて、がしゃがしゃ、と甲冑の擦れる音が響く。

「参る…――」

 静かにそう自身に告げながら進む先には、大破した船が眼に入った。海戦は見事に塵芥に帰している――その中で、水際で咆哮をあげている銀色の姿を視界に収めると、元就は地面を蹴っていった。








 ――ざざ、ざざん…ざざ、ざざん

 荒れた波打ち際を歩きながら――いや、足元がかなり覚束なくなってきている。砂浜をあるく己の足が重い。はあはあ、と珍しく切れてしまっている呼吸が、やたらと耳に強く響いて来ていた。足元には流されてきた流木や、船の一部が散乱していて歩き使い事この上なかった。

 ――まだ戦況は変わらぬか。

 すでに上陸戦に変わっている戦況の中、この安芸を踏み荒らしていく輩に歯噛みしたくなる。だが此処から駆け出してくだけの体力がない。

 ――子等が、なんとかしてくれよう。

 未だ合戦の音が響く中を、元就はひたすら足を引き摺っていた。
 予想しないことが多く重なりすぎていた。突然起きた大波に押し流されるようにして巻き込まれ、どれ程の間に気を失っていたのか解らない。

「――――…っ」

 元就が足を止めた先、其処に砂に半分埋もれた姿が眼に入った。
 仰向けになったまま、大の字に腕を伸ばして――だがその手には未だに彼の得物が握られている。
 銀色の髪が、砂に紛れていくかのようだった。

「…長曾我部」

 からからに渇いて来ていた咽喉から、彼の名前を搾り出す。だが反応はない。ずるずる、と足を引き摺りながら彼の側まで近づき、元就は手を彼の鼻先に宛がった。

 ――す、す、すぅ、

 手に触れるのは元親の呼吸音だ。ただ気を失っているだけだろう。その事にほっと胸を撫で下ろしてから、元就は砂に膝をつくと顔を近づけて、長曾我部、と呼びかけた。
 だが元親は眼を覚まさない。

「まったく、手のかかる…」

 苦虫を潰したような苦渋の顔を浮かべながら、元就は辺りを見回した。そして、そっと腕を伸ばすと、元親の腕を自分の肩に絡めとっていった。




2



091214/100925 up