rapunzel





 それから一日と空けずに元就は彼の元を訪れた。正直な所、元親は元就はもう来ないものと踏んでいたらしく、翌日に訪れた時など呆然としてしまっていた。
 そうして何度も訪れる間に、互いの親交を深めていった。時には閨事に耽ることもある。
 だがそれを厭んでいるわけではなく、互いに楽しめていることに、気づかない振りをしながら日々を繰り返していった。

「お前もホントに懲りないな?」
「何を云うか…ッ!我はただ勝敗を決するために…」
「はいはい」

 狭い室内で――その一角の寝所で向き合う。互いで互いの服を脱がせ合っていく。どうしても体系の差がある為に、どうしても元就が膝たちになってしまう。
 それに元親の長い髪が邪魔なこともある。そうすると自然と会話が多くなっていった。

「我には敗北など必要ないのだ」
「どんな敗北だよ?」

 ――ふふふ。

 くすくすと咽喉の奥で笑いながら元親が聞く。そうしている間にも元親の服を剥ぎ取り、胸に手を当てた。彼の胸元はしっかりと筋肉がついており、弾力がある。それを触っていると、今度は元親がお返しとばかりに元就の服を剥ぎ取り始めた。
 そして同じように、薄い胸元に手を添えた。

「それにしても…お前、ちゃんと食ってんのか」
「…我が貧弱だとでも?」

 ――確かに貴様とは違う。

 半ば膨れながら言ったが、元親は心配そうに続けた。

「――少しでも捻ったら、折れそうだ」
「折れはせぬよ」
「――……」
「これでも丈夫な方だ」

 さらり、と切れ長の瞳を流し、彼の手に自分の手を添える。そして手の甲をゆっくりと撫でて行くと、後は掻き抱くようにして互いの身体を貪るだけだった。










 熱くなった身体を冷ますようにして、天井を仰ぎながら寝転ぶ。すると元親が肩肘をついて覗き込んできた。何度こんな日を迎えたか知れない。また夜に忍んでここにくるのも慣れたものだった。
 そんな中で元親が元就の頬に手を添えながら言う。

「ただ俺に会いたいって、言ってくれれば良いのに」
「そんな事、我は言っておらぬ」
「でも物好き過ぎるぜ…」

 ――ちゅ。

 額に口付けを落としながら、元親が言う――その声は掠れていて、やたらと艶があった。彼に会いに来る口実などどれ程でも作ることが出来る。
 だがその中で、ただ「会いたい」と言ってしまうのは何だか癪だった。
 それでなくても、どうして彼にこんなにのめり込んだのかも、本当の所は分かっていなかったからだ。
 明言することは避けていく――それでも元親は十分なようで、それ以上踏み込んでは来なかった。

「まぁ、お前にしてみたら?折角見初めた姫が実は男でした、っていうので面目もなんもないのも分かるけどな」
「――我を愚弄するか」
「いやいや、そんな訳じゃねぇよ」

 ――どん。

 覗きこむ元親の胸元を押し、仰向けに倒す。
 そして元就がその上に乗り上げるようにして身体を預けた。すでに慣れたもので、そうして乗り上げると直に支えるようにして、元親の手が腰に回ってくる。
 そして腰骨の辺りを、ゆるく撫でながら、見上げてきた。

「我は…今でも、そなたが此処から出たいというのなら、幼な心に誓ったままに、連れ出して――」
「――元就…」

 先を言おうとした瞬間、元親の手が元就の口元を塞いだ。
 そして彼は首を振る――それは出来ない、と暗に告げているのだ。

 ――いつも先に踏み込まぬ。

 それが口惜しくて仕方ない。元就は元親の手を振りほどくように顔を横に向け、そして再び彼を見下ろした。

「……――そうやって、いつも貴様は有耶無耶にして…」
「御免な……」

 眉根を寄せて怒気を含ませて告げても、暖簾に腕押しだ。元親は軽く微笑むと、そのまま自分の胸に元就を押し付けていく。
 触れているところだけは熱く、確かに其処にいると知らしめてくるのに、どうしても踏み出せない。それがもどかしくてならなかった。
 とくんとくん、と鳴る元親の鼓動を聞いていると、不意に元親が言った。

「お前を孕ませることが出来ればなぁ」
「世迷言を…我は男だぞ」
「それは知ってる。だけどよ、元就…お前を孕ませられたら、俺のもんだって言えるじゃねぇか」
「――……」

 顔を起こして彼の胸の上に肘を乗せていくと、元親はすうと瞼を閉じた。その瞼裏では想像でもしているのだろう。

「孕ませて、俺のものにして、ここに留めて…」
「寂しいのか、元親」
「――違うよ」

 ぱちり、と元親の目が開く。はっきりと拒絶を示しながら、元就を見上げてくる。堂々巡りだと分かっていても問答をとめることが出来なかった。

「では、何故」
「さぁな…――」

 小首を傾げる元親の耳元に手を差し込んで、ゆっくりと撫でた。そうしてなでていく間にも彼の髪が指先に絡んで、縺れていく気がしていた。
 元就は指先で彼の髪をもてあそびながら、呟くように静かに告げる。

「元親、我を…」
「うん?」
「我を、強く抱け」
「――……ッ」

 がば、と元親が半身を起こす。
 勢いで元就の身体がするりと元親の胸元から滑り落ちる。元就は緩やかな動きで身体を起こすと、彼の斜め前に姿勢を正して座り込んだ。

「貴様が夢現の存在でないと、我に示せよ」
「元就……?」
「我はいつも思う、貴様は我の作り出した幻想ではないのかと」

 掌を自分の胸元に当てる。そこには言い知れない不安のような、蟠っているような感覚が付きまとっている。この感覚をなんと表現したらいいのか分からない。
 だがそれを口にしてしまうのは気が引けてきていた。元就は思うままに話していく。

「此処は不思議な場所だ。だから、余計に…夢のようにさえ思う。こうして語り合う間にも、もし貴様が泡と消えたらと…」

 ――ぐい。

 話している途中で、強い腕に引き寄せられた。そうすると先ほどまでずっと感じていた彼の匂いが鼻先に触れる。
 外に出ていないのに、まるでお日様のような香りにする彼の肌の匂いを、間近に感じながら腕に引き寄せられるままに抱きしめられた。

「消えない」
「元親……――」
「消えない。元就…弱気になるなよ、お前らしくない」

 強く、強く掻き抱く手は熱かった。元就もまた彼に応えるように背中に手を回すと、こつんと額を彼の胸元に押し付けた。

「…そうだな」
「強気なお前が好きだ。好きだよ、元就」

 不意に飛び出した彼の言葉に、顔を上げる。告白の言葉など今まで聞いたことはなかった。それなのに、今彼ははっきりと自分を好きだといった。聞き間違いかとわが耳を疑った。

「元親……――」
「好き…好き、なんだ」

 繰り返しながら、元親は信じられないとでも言いたげに、口元に手を宛がっていく。

「なんてこった…俺、今しっかりと気づいた。俺はお前が好きだ。愛しいと思うのもお前だ」

 ――ぽろ

 言いながら、ぽたぽた、と元親の目元から雫がこぼれる。それを指先でぬぐいながら、胸元がじいんと熱くなっていくようだった。

「泣くな」
「はは、鬼の目にも涙、ってね」

 苦笑する元親の瞳からは、綺麗な真珠のような、水晶のような涙が零れていった。涙があふれてとめられない。
 だがその涙は悲しみに彩られたものではなかった。





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090719 621発行コピー本より。