rapunzel





 促されるままに手を引かれ、広くもない部屋の中に座る。座る場所といえば、彼が最初にいた寝所くらいで、ふかふかとした布団の上に腰掛けると、ぎし、と音がなった。
 その隣に彼は座ったかと思うと、はあ、と溜息を付きながら寝所に上り、横になってしまった。

「貴様、いやお主、ずっと此処で一人でいるのか?」
「まぁな…ああ、でもちゃんと飯は届けてもらってるぜ」

 ――足りなくなったら、其処の窓から飛び降りればいいし。

 冗談なのか、本当なのか彼はそう言った。だがそれよりも元就にしてみれば、此処で一人で居て、他の誰もいないことに思うところはないのだろうか、という疑問があった。
 だがそれを察したのか、彼は「寂しくはないさ」と笑ってみせる。

 ――嘘だろうな。

 言った瞬間に彼は瞳を伏せた。その瞳はどう見ても寂しそうだった。
 彼は横になりながら――元就の後ろに横になって、うつ伏せになり、枕を手繰り寄せると其処に顎先を載せて見上げてきた。

「まぁ、たまに近隣の奴らは姫若子目当てで夜這いを掛けにくるぜ」
「よ、夜這い……?」

 明るい声に思わず聞き流してしまいそうになったが、内容的には聞き流せない。

「物心ついた時から、そりゃあな…目が覚めるといきなり組み敷かれたりしてんの。マジで怖くてよ…まあ、手当たり次第に暴れたな」
「――……」

 あはは、と笑い飛ばしてはいるが、それはどんなにか恐怖だったかと思われる。幼子、しかも他に誰も頼る者も居ないところで、此処で一人でいるのに――助けて欲しくても、その声は届くことはない。
 自分の身は自分でしか守れない。

「だがそれがまぁ、見事に相手を倒してしまってよ」
「なんと……」

 幼子の自衛の手段などたかが知れている。だがそれをこの目の前の男はやってのけたというのだ。それに驚くやら、関心するやら、元就は口元に手を宛がい思案した。
 だがその前に、此処は彼の地でもある――それなのに、どうして同胞に狙われるのか。すでに彼があの日の幼子であると――あの小窓から除いていた少女だったと知った。
 知っても驚愕こそすれ、落胆はなかった。ただ自分の思い違いであったことが、胸糞悪くなるだけだった。彼はちらりと元就を見上げると、ころん、と仰向けになった。
 そして元就の心中を察したかのように話し出す。

「仲間内でも、俺の味を知りたいって襲ってくる奴もいるわけ」

 ――ほら、宝だとか、姫だとか、言われてるから。

 自身を指差しながら話す彼に、元就は頷いたりするしかしていない。それなのに、彼は饒舌なまでに話す――それくらいに人との触れ合いから遠ざかっていたのだろうか。

 ――裏を読むのは、よくないか。

 ふと、身にしみた習性を律する。知らず彼に対しても、何か裏があるのかと疑ってかかっていた。
 だが目の前の彼はそんなものとは程遠く、ただ話を続けているだけだ――内容が違えば、それは茶飲み話にでもなろうものだ。

「――……」

 元就が閉口していると、彼は再びころころと身体の向きを変える。その度に寝所が、ぎしりと軋んでは音を鳴らしていた。

「だから暇さえあれば筋トレしたり、身体を鍛えていたって訳さ」
「他に遣ることはないのか」

 身体ばかり鍛えていたのかと、少しだけ苦笑すると、彼は気に入らなかったのか口元を尖らせて注釈を付ける。

「兵法くらいは勉強もするぜ」
「――……ほう、ならば我と張り合うか」

 面倒だ、と吐き捨てるようにして言うと、彼は両腕を天井に向けて伸ばした。其処に彼の長い髪が絡みついている。

「そしたらこんな風になっちまった」

 ――さら…

 銀色の長い糸のような髪――それはまるで彼を此処につなぎとめる鎖のように、長く長く伸びている。そしてそのひと房は窓の外へと垂れ、きらきらと光っているのだ。
 元就が手を伸ばして、そっと彼の髪に触れる。
 すると彼は元就の手をとって、反動をつけて上半身を起こした。

「そういえば、名乗ってなかったな。俺は元親だ、長曾我部元親」
「我は…毛利元就」
「毛利……ずいぶんと遠いんじゃねぇか?」
「そうでもない」

 互いに名乗ると、先ほどまでの余所余所しさが幾分か薄れたように感じた。それは元親も同じだったようで、双眸を眇めるほどに笑んでいく。
 外では波の音が、ざざん、ざざん、と鳴り響いていた。

「安芸はどんなところなんだ?」
「自分の目で見ればよかろう」

 教えてもよかったが、元就はあえてそう応えた。此処に引き篭もっている彼に、外を知らせたくなった――それは昔、幼な心にこの塔の姫を連れ出したいと願ったときの気持ちによく似ていた。
 だが元親はその応えに、ケチ、と困ったように笑った。そして、俺は此処から出られないから、とも続けた。

「皆で、愛してくれるんだけどよ」
「――……」
「俺はそろそろ此処から出して欲しいと思ってる…かな」
「自分では出ないのか?」

 隣に座る元親に問うと、彼は一瞬瞳を見開いてからはっきりとした口調で言った。

「出てみたいさ」
「ならば…」

 ――出て、何処にでも行ってみるがいい。

 視野が広がって良いものだ、と元就が続けた。しかし元親は隣に座りながら、首を振るだけだった。

「でも俺が此処を飛び出して、それで奴らを捨てたら?」
「――……」
「大事に、愛してくれているのは知っているんだ。俺はあいつらを捨てられない」

 首を振り続ける元親に、元就はそっと手を伸ばした。
 今夜初めてこうして話をすることになった相手なのに、ずっと前から知っていたかのような気がしてしまう。
 情が沸いたといえばそうかもしれない。
 元就は元親の銀色の頭に、ふわりと手を載せると、ゆっくりと労るように撫でていく。その動きに驚いたのか、元親が顔を上げ、じっと間近で元就を見つめてきていた。
 元就は切れ長の瞳を眇め、隣に座る元親を撫でながら、深く溜息をついていく。

「貴様は…優しすぎて未熟だ」
「何だと?」
「外に出したら、どれだけ傷つく事になるやら」

 ――外を知らぬということは、まっすぐな思いでいられるということか。

 人の裏や、思惑を謀らなくても、彼はただ人を信じている。それがひしひしと伝わってくるだけに、元親のことが気にかかった。

 ――我とは違う。

 自分は毛利の当主として戦場に赴く者だ。そして戦に勝つには謀る――それがどんな手であっても、また家臣がいかに動くかも、身内でさえも腹の内を考えながら事を進めていかなくてはならない。
 それなのに、彼は家に大事とされ、この塔に閉じ込められているだけで――其処にあるだけで人に好かれ、そして彼自身もまた皆を信じている。
 それが羨ましくも感じ、またいつ打ち砕かれるかとさえも思う。ゆるゆると手を動かし続け、撫でている内に、元親の手がするりと元就の背に回った。背に回った手がぐっと元就を引き寄せていく。
 そうすると元就は元親の胸元に凭れ掛かるかのようになる。

「――慰めてくれるの?」
「――……元親?」

 引き寄せられ、顔を上げると元親の真剣な――表情を表さない面が目に入った。そして彼の顔が近づいてくる。
 そうしていると、ぎゅっと抱きしめられた。
 だが一瞬、抱きしめられたことにさえ、戸惑った――いや、自分がどうしてこんな風に抱きしめられているのか、それが分からなかった。
 動揺し、元就が動けずにいると、元親の掠れた声が聞こえる。その声は耳朶間近で吹きかかるかのようで、元就の背に、ぞくり、と戦慄を伴ってきた。

「今の俺は、お前に興味がある」
「え…――」
「しぃ……」

 ぐ、と元親の胸を押し、顔を上げようと思った途端に、柔らかい感触が迫ってきた。
 頬に、ふわりと触れた柔らかい感触――それが元親の唇だと気づくには、動作が緩慢になってしまっていた。

「な…何をする…っ!」
「言っただろ、俺はお前に興味があるって」

 間近に迫った元親の顔が真剣味を帯びていた。元就は腕を突っ張って彼の腕から逃れようとしたが、強い力で抱きしめられ思うように動かすことが出来ない。
 ばたばたともがく内に体勢を崩し、そのまま後ろに倒れこむ。
 倒れこんだ先は寝所に他ならなく、また元親の腕に腰を支えられ、何処も打ち付けることもなかった。
 だが仰向けに倒れこんでしまうと、その上に元親が乗りかかってきて、体重をかけて元就を押さえつけてくる。

「離せっ、は…――」
「泣いたって騒いだってな、此処には今は俺とお前しかいねぇよ」
「――――…っ」

 びくん、と抑えられた元親の声に元就の身体が揺れた。
 此処は断崖絶壁の上に立つ塔だ――そして出入り口はひとつしかない。それだけでも閉鎖された空間なのだ。

 ――誰も来ない。

 それがとても心細くも感じた。だがそんな感傷に浸るまもなく、元親の長い髪がするりと元就の上に降りてくる。
 確実に彼に組み敷かれているという恐怖――恐怖としか言い様がない。

「煩い口は閉じちまえ」
「や、め…――」

 拒む言葉さえも元親の唇に塞がれ、吸い取られてしまう。
 重ねた唇は表面が乾いていたかと思ったのに、程なくして濡れた音を出すようになった。頑なに唇を閉じていても、上唇、下唇と元親の唇に啄ばまれ、徐々に押し広げられてしまう。

 ――ぬる

 そうしている間にも舌先が滑り込んできて、するりと元就の歯列をなぞっていく。

「ん…――ッ」

 ぞわり、と背筋に戦慄が走った。それと同時に意図せずに腰がしなる。
 ふるふると身体が自分の意思とは関係なく小刻みに揺れてくる。それを楽しむかのように元親はひたすらに元就の唇を啄ばみ続けた。

 ――ちゅ、くちゅ、

「ん、ふ…――――…」

 歯列を押し上げ、上顎を舐められる――その刺激に耐えられずに口を閉じようとすると、それをさせまいと元親の指先が元就の口に滑り込んできた。

「咬まないでくれよ」
「ん、んん…っ、――ッ」

 ――ぬる、ぬる、ちゅ、ちゅる…

 差し込まれるままに指先に舌先を絡める。舌先を引っ込めようとすると、指先で絡めとられ、彼の指先を愛撫することになった。

 ――つぅ。

 気づけば口の端から、飲み込みきれなかった唾液がこぼれだす。

 ――苦しい…

 どうしても呼吸がしずらい。元就が、酸素を求めるように口を開け、横に顔をそらすと、やっと元親の指先が口元から引き抜かれた。

「ごほ…っ、――ふ、は……」
「お前、結構やらしい舌の動きするんだな」
「誰のせいだと…――ごほっ」

 噎せ込みなら睨み付けると、楽しそうに元親は先ほど元就の口に入れていた方の指先を舐める。

 ――ぺろ。

 濡れた指先を舐める舌が、やたらと赤い――それに視線を釘付けにされていると、元親は柔らかく微笑み、静かに元就の唇を食んだ。

「ん、ぅん…――」
「気持ちいいな、元就…」
「は、――そう…か……?」
「ああ、気に入った」

 睨み付ける視界が、涙に歪む。元就が身体を捩って、はふはふ、と胸を上下に動かしながら呼吸を繰り返す。酸素の足りなくなった身体と、急激に与えられた快感に感覚がついていかない。元就がぐったりと布団の上に身体を預けている間にも、元親は掌を動かして元就の身体を弄って行く。

 ――ごそ。

 足と足の間に、元親の足が挟みこまれて絡まりあう――逃げるのを防ぐように、固定していくかのようだった。そして元親の手が向かっているのは身体の中心――下腹だった。

「あっ――!」

 敏感な場所に掌が向かい、するりと何度も何度も撫で上げ、誘うように指先が先を弄ってくる。その度に、身体全体がびくびくと反射のように反応していった。

「ここ、硬くなってる…」
「…その手、はなし……――」

 耳朶に囁かれて、ぞくり、と肌が粟立つ気がした。ぎりぎりとしがみつく手を――最初は押しのけようとして乗せた手だったが、それを肩に食い込ませて力を込めていく。それでも何の支障もないらしく、いたって楽しそうに彼は笑いながら手の動きを早めていった。

「離さない…感じてるんだ?元就…――」
「ぅあ…ッ」

 ――びくんっ。

 掌がするりと服の中に滑り込んでいき、躊躇うことなく元就の陰茎を擦りだす。与えられる感触に徐々に陰茎の先から先走りが溢れてきて、ぐちゅぐちゅと濡れた音を立てていった。

「あ、ああ…――っ、ん…っ」
「かわいいなぁ、元就……――」

 瞼を強く引き絞っても、元親の楽しそうな濡れた声が耳朶を犯していく。それだけで、何処もかしこもおかしくなりそうだった。
 元就は与えられるままに、身体を捩り、なんとか元親の手や足の拘束から逃れようとした。だがそれも功をなさない。
 そうしている内にも、下肢は元親の手で昂ぶらせられていく。

 ――ぐり。

「あぅっ!」

 指先が強く先を抉ってくる。反応してしまう身体もどうかと思うが、彼にしがみついた。くすくす、と楽しそうな声が耳朶にかすれて吹きかけられていく。

「指じゃなくて、口でしていいか?」
「好きに、すればいい…――」
「ん、じゃあ…好きにする」
「――や、ぁ……ッ」

 涙目になって訴えるのと、元親が足を持ち上げ股間に顔を沈めるのが同時だった。
 いつの間にか衣服は乱され、辺りに散乱している。しがみつける場所もなく、元就は手を動かした。すると調度元親の頭が手に当たる。

「いた…元就、毟るなよ?」
「貴様など、禿げてしまえ」
「あはは、そんなこと言うのかよ?」

 涙目になって毒づくと元親は楽しそうに笑った。そして直に股間に顔を埋め、強く元就の陰茎の先――割れ目に沿って舌を差し込んで、強く吸い上げた。

 ――じゅっ

「――っひ」

 咽喉の奥に声が引き攣れていく。思わず歯を噛み締めて声が漏れないようにぎゅっと瞼を引き結んだ。

 ――くちゅ、ちゅ…

 途切れがちに聴こえる音が、水音を含んでくる。顔を背ければ背けるほど音が激しくなり、じゅるじゅると吸い込まれていく。

「はっ、――っ、あ」
「もうそろそろ、達くか」
「黙れ……ぇ、――っ」

 ぐり、と指先が先を抉りながら、裏筋を舌先が器用に、つつつと舐め上げていく。温かい咥内に引き込まれていくと、直に生暖かい感触に包まれ、狭い構内に挟み込まれながらも締め付けられていく。徐々に腰の辺りがじりじりとした痺れで満たされていく。元親の舌先と手指は的確に感じるところだけを探り、其処だけを重点的に攻め立ててくる。

 ――なんでこんなこと、しているんだろう…ッ。

 毒づく思考さえ、口に出る前に喘ぎにかき消されてしまう。だが確かほんの少し前まで出会って、話して、と他愛のない状況だった筈だ。それが今では身も世もなく喘ぐ羽目になっている。

 ――快感はある、でも…口惜しい。

 翻弄されるのは意にそぐわない。元就はぎりぎりと奥歯をかみ締めたが、それを見咎めて元親が「咬まないの」と指先を口腔内に滑り込ませてくる。
上も下も身体全体が敏感になっているのか、彼の触れてくる場所だけに反応をしてしまい、どうしようもない。それなのに歪んだ視界の先の元親は、汗一つ見せずに涼やかに元就を見下ろしては笑っている。

「も、いい加減に……っ」

 じゅるじゅると音を立てていく下肢に手を伸ばし、下腹に当たる彼の髪を掴み込んだ。

 ――びく、びくんっ

 それと同時に身体が大きく跳ね、声を出すことも出来ずに吐精していった。











 あのまま気を失っていたのか、眠ってしまっていたのか、ふいに瞼を開けると人肌が触れていた。そのことに驚いて元就ががばりを起き上がる。
 すると横から元親の「無理するなよ」という声が聞こえた。見れば元親の腕の上に、腕枕になって寝ていたらしい。
 元就は額を押さえ、先ほどのことを思い出そうとした。

「あ…我、は?」
「あんまり好くて達ったんだよ」
「――――…ッ、貴様ッ」

 揶揄するような元親の言い方に、カッ、と頬が熱くなる。何か毒づいてやろうかと口を開きかけたが、すかさず唇が塞がれた。

 ――ちゅ。

 触れるだけの口付けが不意に振ってきて、閉口する。すると元親はやさしく元就の頬を掌で撫でる

 そして寂しそうに、名残惜しそうに、何度も撫でてから言った。

「戻るなら今の内だ」
「何…――」
「朝日が出れば、家の者が来る。俺は此処から合図でこの髪を下ろすだろ、そうすると食べ物やら身の回りのものを籠に入れてくれる。だが時々、この小窓から上ってくる時もある」

 元親に言われて、小窓に視線を延ばすと、外がほのかに白んできているのが見えた。

「――…」
「此処には、他に身を隠せるようなものはない。毛利の人間がいると知れば―それも当主がいると知れば首取りに躍起になるだろう」

 ――今夜は楽しかった。

 元親はそう言うと、一度だけ元就の方へと頭を下げた。何故だか知らないが、元就はぽっかりと胸に穴が開いたような気がしてしまっていた。そして急かされるままに小窓から身体を躍らせ、停泊させていた船に乗り込んだ。
 船から窓を見上げると、長い髪の元親が微笑みながら手を振っていた。

「――――…」

 その顔が微笑んでいても、どこか寂しそうで、元就の胸に強く刻まれていった。










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090719 621発行コピー本より。