rapunzel ――僕たちの過ちを、どうか神様、見逃して 小船に乗り、回遊を楽しんだ。この海を統べるのは自分になるのだと、教えられながらも果てしない海原にただ瞳を眇めるしかできない。その中で僅かに陸地が見えたと思ったとき、白壁の筒のようなものが見えた。 それはなんとも不思議で、入り口らしい入り口がない――ただ上部に形ばかりの窓らしきものがある。だが崖っぷちに建っているそれには何の意図があるのかすら判らなかった。 手を、指先をその白い筒にむけて差し向ける――あれは何だ、と聞いた。 すると、灯台です、と答えを貰った。 ゆらゆらと小船は揺れる。その中でその白い筒――白い塔を見つめ続けた。何故だか判らないが、その塔に瞳を奪われた。 「――――……」 じっとみつめている中に、きらり、と光るものがあった。目を凝らして――何度も瞼を擦ってみた。 ――きら… 「――――…ッ」 目の錯覚ではなかった。波間の煌きでもなかった。あの塔の小窓から、きらりと光るものが見えている。だがそれは明るい光でもなく、何かが反射して見える光だった。 「あれは何だ…――ッ?」 問われた家臣は首を傾げながら、目の上に手を翳して遠くを見た。そしてゆらゆらと揺れる小船の上で、なるほど、と得心がいったような呟きをみせた。 「松寿丸様、あれは人ですね」 「ひと…?」 そう言われても訳がわからない――あそこにはどうやって入ることが出来るのか、それが分からないのに、どうして人がそこにいると信じられるのか。 小首を傾げていると、彼は咽喉の奥で笑うと、あれは長曾我部の、と言った。 「長曾我部の『姫』ですね」 「姫?」 「あの地の者達の宝だそうです」 「――……」 「大事に、ただ大事にされておいででして。あのように誰の手も届かない場所に留めているとか」 噂でしか聞いたことはありませんが、と彼もまた笑った。その姫はああして小窓から時折合図を送ってくれるという。航海が滞らないように、目印になるかのように、時には灯火さえ添えて、土地の者達を潤す為の標になるのだという。 だが松寿丸は小船の上に立ち、きらきらと光る窓を見上げた。 海猫がみゃあみゃあと頭上でしきりに鳴いていた。 「……外に出たくはなかろうか」 「松寿丸様…――?」 訝しんで家臣が眉をひそめた。だが松寿丸はじっと塔の方向をみつめていた。 小さな小窓から、きらきらと――光っていたのは銀色の髪だった。それが風に吹かれて、さらさら、きらきら、と光る。 そしてその小窓の縁から、細く、白い腕が見えている。 じっと見つめていると、少しだけ「姫」の顔が覗いていた。目元までしか見せず、窓辺にもたれ、海原を見ているようだった。 松寿丸は瞳を奪われながらその光景を見つめていた。 同様に家臣もまた、ゆったりと現れた小窓の少女に瞳を奪われているようだった。見つめれば見つめるほどに、その姿に魅了されてしまう。松寿丸は波間の不安定さも気にならないほどに、ただひたすらに見つめ続けた。 ――ざ、ざざん、ざ、ざざん、 「望めば、我が外に連れ出してやるものを」 「松寿丸様、それはおやめください」 「何故だ」 「あれはあの土地の者たちの宝…それを奪えば戦になりましょう」 おやめなさい、と皆は口々にいった。あの姫を連れ出すなら、あの島の鬼達が黙ってはいないと。 「あれは鬼に囚われているのか」 幼な心にそう聴こえた。 「我があの地を統べれば、姫もまた手に入ろう?」 豪気なまでに言うと今度は家臣たちは苦笑するやら、閉口するやらだった。だが松寿丸には今、目の前の塔に顔を出す幼子しか映ってはいなかった。 「ならばいつか我が鬼から救ってしんぜよう」 きらきらと龍の鱗のように光る波間を見つめ、届くこともないと知りながらも、海原の上で誓った。 →1 090719 621発行コピー本より。「ラプンツェル」元親版 |