Pierce 2話・消えない傷跡 左耳に五つ、右耳に二つ、穴を開けきってから佐助は舌にピアスをあけた。 用心に越したことはないとばかりにどのピアスホールも時間をかけて定着させてきた。足しげく皮膚科に通い続け、舌ピアスを入れる頃には既に半年を過ぎている。 「もう傷まないか?」 「まあね…」 べえ、と舌先を見せながら佐助は、へらりと軽く笑ってみせる。状態を確認する為に、ゴム手袋をして彼の舌先に触れていると、舌を出したままの佐助が「まじぃ」と呟く。 ――綺麗に入った。 差し出された舌先から、じわり、と唾液が滲む。だが気を遣ってきた分、綺麗に穴は出来ていた。幸村が手を離して手袋を外していると、佐助は手の甲で口元を拭う。そんな仕種を平静を装って見つめるのは此れが初めてではない。 ――今は仕事中だ。 何時の頃からか、彼は口説くような――セクハラだと突き放してきたが――言葉を口に乗せてくるようになった。何度も彼の言葉に揺らされてきたが、全て気の迷いだと自分に言い聞かせてきた。 手を洗浄液で洗ってから振り返ると、時間はとうに閉院時間を過ぎている。彼の仕事の都合でいつも締めるぎりぎりになってしまうものだから、既にこの皮膚科には幸村と彼しか居ない。こういう時、個人経営だと融通が利くものだとよく言われていた。 「遅くまでごめんね、先生」 「それは構わぬが…痩せたな」 「だって舌やってから、そんなに食えなかったし」 時計を見ていたのに気付いたのだろ。佐助は、ごめんね、と繰り返す。確かに暫くは固形物を摂るのは苦しいだろう。元から細身だった彼の身体が、余計に薄くなったような気がする。よりシャープになった頤、除く骨張った鎖骨――それらが、彼のやつれ具合から余計に色気を醸しだしていた。 幸村が正面に座ろうと近づくと、佐助は嘆息して俯いた。そして、がりがりと後頭部を掻いてから、ぼそりと呟いた。 「でもお陰で別の食べたいけど…食べさせてくれる?」 「え……?」 ――がたんッ。 勢い良く立ち上がった佐助の背後に椅子が倒れる。からから、と椅子の足のキャスターが音を立ててから廻っている。 立ち上がった佐助は、驚いたまま動けないで居る幸村に――白衣の襟を掴んで引き寄せてくる。 「ねえ、旦那。俺そろそろ限界」 「――?」 「あんた、いつまで俺の気持ち無視するわけ?」 真剣な瞳が正面からぶつかってきた。襟首を掴まれ引き寄せられながら、逃げを打って足を背後に出すと、すかさず彼の強い力が腰を引き寄せる。ぎゅうぎゅうと締めるかのような動きに、ぐ、と一瞬息が詰まった。 「う、あ…っ、そ、それは…」 「このピアス、何で俺があけたと思う?」 べえ、と佐助は自分の舌先を出してみせる。言いながら、そのままピアスの入っている舌先で、ぺろ、と上唇を舐めて見せられた。間近に見せられた光景に目を奪われてしまう。 ごく、と咽喉が意図せずに、潤いを求めて鳴った。 「何故って…」 「あんたを抱きたいからに決まってんじゃん」 「な…ッ、――んっ」 声を荒げかけると、べろ、と頬に舌先が触れてきた。滑るその感触に背筋が震える。幸村は身体を硬直させて彼の腕に収まったままになった。 「この舌でさ、喘がせてやりてぇの」 「は、ッな…せ、セクハラにも程が…」 声が掠れて、からからの咽喉から絞り出しても、全く力がない。佐助は嘲笑うかのように、はは、と顎先を反らしてみせると、しっとりと濡れた視線をむけてきた。まるで肉食獣が獲物を前にして舌なめずりをしてみせるかのようなものだ。 「そう言いながら、あんた、いつも俺様に触れる時…手震えてたぜ?」 「それは…ッ」 ぐぐ、と幸村が抵抗しながら腕を動かす。しかし既に押さえ込んでいる佐助の方に分はある――ぐいぐいと押し込まれるようにして、後ずさると背中にカーテンの感触が触れた。幸村が肩越しに振り返ると、其処は診察室内のベッドサイドだ。 ――ぐっ。 「――――…ッ」 強い力で身体を抱き締められ、腰を引き寄せられる。触れた腰に彼の腰が重なり、びく、と背中が跳ねた。 ――本気、なのか。 いつもなら引き下がる筈なのに彼はそうしない。限界だと告げ来たのは本当だったのか。そう気付くと急に腹の底から、羞恥と恐怖が込み上げてきた。だがそれを悟られたくない――幸村は薄い唇を噛み締めて、佐助を睨み付けた。すると彼は「へぇ?」と感心したように口に感嘆の声をあげ、ふう、と耳元に唇を寄せてきた。 「ね、旦那」 「――…ッ」 触れた頬に、彼の耳のリングが触れて冷たさが押し寄せる。 「俺のこの舌で」 「――……ッん」 掠れた声が耳朶に囁きかけられ、ぶる、と身震いすると、彼は背に回した腕により一層力をこめてきた。 「舐めて」 「――…」 ぬる、と耳孔に熱いものが挿しこまれる。それが彼の舌先だと気付くには時間はかからなかった。そしてそのまま耳たぶに、べろり、と滑る感触がすべる。 「しゃぶって」 「――…ぁ」 ふつふつと肌が粟立つ。怖気からでなく、それが快感からだなんて信じたくなかった。じわりと腰が反応して熱を帯びてくる。 ――気付かれたくない。 こんな風にされて感じてしまっているなど、気付かれたくなかった。幸村は身体を捩って逃げようと腰を引いた。だがそれを赦さずに佐助の手が引き寄せてきて、あろう事か幸村の熱に触れてきた。 「――――ッ」 ひくん、と背中が逃げ出す。手に触れた感触で彼にわかってしまっただろうか。気付かれてしまったのか、そうでないのか、確かめたくもなかったが、触れている彼の手が強く握りこんできて、痛みに咽喉が引き連れた。 「ちゃんと、達かせてやるからさ」 ――抱かせてよ。 ひゅう、と咽喉の奥が掠れて音を立てた。わなわなと唇が振るえ、羞恥に身体全体が熱を帯びてくる。ストレートにそんな事を言われたのは初めてだ。どう対応したらいいのか判らなくなってくる。 「そ、んな…ことは」 「興味くらいあるんだろ?」 ――硬くなってきてるし。 握りこんでいた手を離して、彼は幸村の足の間に自分の足を強く差し入れた。そうすると彼の腿があろうことか、敏感な場所に触れる。 「あんたも男だし?ねぇ…?減るもんじゃないからさ」 ――抱かせて? くつくつと咽喉の奥で笑う男を凝視したまま、幸村は言葉を失った。目の前の男が、飢えた獣のような目をして此方を見ている――何故かは解らないが、幸村は動けなくなった。咽喉元に噛み付かれるかのように、彼の舌先が滑っていく。明るい天井を見上げながら、幸村はただ激しく脈打つ鼓動に翻弄されていった。 →next 100813 CM79up/120303up |