Pierce



1話・あなただから



 此れで今日の診察分が終わるという頃合に、真田幸村は肩を揉みながら「次の人」と呼んだ。すると呼ばれて直ぐに明るい髪の男が入り口から顔を出した。

「真田先生、ども。元気してた?」
「猿飛さん、今日はどうしました?」
「そんなお決まりの言葉なんて聴きたくないんだけど。あと佐助って呼んでよね」

 勝手知ったる動きで椅子を引き寄せて、彼は身を乗り出すようにして其処に座った。明るい琥珀色の髪を撫でつけ、毛先を遊ばせている。様相からして、人好きのする印象だ。だが単に人好きをする印象だけに留めていないのは、彼を飾る装飾物による。
彼の左耳にはランダムに五つのピアスがあった。
 幸村がじっと見つめていると、佐助は右の耳を指差してみせる。

「こっちに穴、あけてもらいたくてさ」
「それよりも軟骨のところは大丈夫か?少し傷むと想うのだが…」

 幸村が手を伸ばして佐助の左耳に触れる。すると彼は一瞬だけ瞳を眇めて見せた。どうやら少し痛みが残っているようだ。

 ――もったいないな。きれいな耳の形しているのに。

 幸村は彼の耳の形を見つめながらしみじみ思った――患者に対して思うようなことではないが、佐助の造形は一つ一つが整っている。

「先生、あんまり弄ると痛い」
「ああ…済まぬ」

 佐助は苦笑しながらゆっくりと話し出す。形のよい耳をしているのだから勿体無いと、最初に穴をあけたときにも思ったものだった。

「少しなんてもんじゃないね。かなりじくじく傷んでる。まだ痛いくらい。でもさ、そういう時、あんたの手の感触思い出すんだ」
「は?」
「旦那の手って気持ちよくてさ」

 思わず触れていた手を離しかけた。だが佐助は顔に浮べていた笑みを消して、かた、と椅子を動かしてきた。間近に長い睫毛が――切れ長の睫毛が見えたと想った瞬間、幸村はぱっと顔を背けた。

「戯言はいい。まだ開けたいのか?もう五つあいているのに」
「耳はひとつじゃないでしょ。こっちもあるし、あと舌とか」
「――お勧めできんがな」

 べえ、と舌先を見せる佐助に、眉根を寄せて首を振る。すると佐助は小首を傾げてから、ぺろん、と自分の上唇を舐め上げた。

「舌だと、ヤった時、気持ちいいと思うよ?」
「――…」
「金属と、舌の熱さとさ…それでゆっくり舐めてあげるんだけどな」

 ――ねぇ?

 腕を伸ばして、佐助が幸村の顎先に触れてくる。だが頭上のライトが、彼の耳の小石に反射して、幸村は首を振った。

「セクハラはそのくらいにしておけ」
「はいはい」
「全く破廉恥なのは変わらないな」
「そう?あんた限定なんだけどねぇ」

 今日は以前あけた軟骨のところにあるピアスホールの様子を見てから、痛み止めを出すことにした。それを告げると、佐助は少しだけ口元に笑みを浮べる。

「直ぐ開けるより、間をおこう。また次…」
「やった。じゃあ、また会いにくるから」
「遊び場じゃないんだぞ?」
「だったら、そろそろ俺の気持ちに見ない振りするのやめてね」

 こつん、と佐助は拳を軽く幸村の白衣の胸元にぶつける。そして立ち上がると、ドアのところまで向っていき、くるりと振り返って見せた。

「でも、膿んだら面倒みてね。真田先生」

 返答は聞かずに佐助はそのまま診察室を出て行ってしまう。ばたんと閉まったドアを見てから、幸村はデスクの上に身体を預けてうつ伏せた。

 ――本当は、こっちだって…

 彼の耳に触れた感触が指先から離れない。言われたことを想像してしまう。
 幸村は静かに指先を口元にもって行くと、唇に滑らせて行った。




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