Cheer!cafe. vt バレンタイン前日は日曜日だった。その日に最後の仕上げとして政宗に見ていてもらいながらケーキを仕上げた幸村は、翌日に慣れないラッピングを施したケーキを紙袋にいれて持つと、家を出た。 翌日は月曜日――既に大学は試験も終えて春休みに入ってしまっている。 ――佐助は喜んでくれるだろうか。 佐助との待ち合わせは彼の仕事終わりにあわせている。そのまま一緒に食事をして、明日の彼の休みまで一緒に過ごそうと決めていた。 ――久々にゆっくり佐助と過ごせる。 そう思うだけで胸元が温かくなっていく。幸村は手に持った紙袋の中身を覗きこんでから、よし、と気合を入れた。するとそれと同時に携帯電話が鳴り出す――出てみると相手は政宗だった。 「Hey、幸村、しっかり物は持ったか?」 「勿論でござるッ!なんとか、ラッピングも出来もうした」 待ち合わせに合わせて駅まで向いながら、携帯電話で話す。剥き出しの手が、外気で冷えるくらいには外が寒い。吐く息が真っ白になっていくのを見詰めながら、てくてくと歩きながら話すと、電話口で政宗が励ますように告げてきた。 「上手くやれよ?」 「政宗殿も」 目の前に政宗がいる訳ではないが、思わず会釈してしまう。手にした紙袋の中身をじっと見つめてしまう。慣れないことを今回はやった――しかし、後悔は無い。幸村が続けて政宗に礼を言おうとすると、政宗は先に――少し照れたように間を置いて告げてきた。 「あ〜、俺はこれからDinnerだ」 「片倉殿とでござるか?」 「そ。今年は…俺から誘ってみた」 ふん、と電話の先で政宗が胸を張る仕種が目に浮かぶ。だが彼から誘ったとなると、かなり勇気を振り絞ったに違いない。毎年、律儀に花を贈る小十郎だ――今夜もまた花束を手にして政宗の元に駆けつけるのだろう。 それを想像すると思わず拳を握り締めて、激励したくなってしまう。 「おおおおおお、やりましたな、政宗殿ッ」 「おう、頑張るぜ。お前もな」 弾んだ声を上げながら、電話口で話しながら、気付くと既に駅が目の前だった。幸村は電話を切ると、一度深呼吸してから佐助のいる職場――通ってい大学への道順だ――を目指して、改札を抜けていった。 店の入り口のウェルカムボードが可愛らしく描かれているのを見詰め、幸村は店内へと足を勧めた。何時もなら直ぐにコーヒーを頼むところだが、今日はこれから食事もする予定だ。ぐっと我慢しながら店内を見回す。するとカウンターの奥でブラックエプロンを掛けている佐助と直ぐに目が合った。 佐助は顔の前に片手を持ち上げて、拝むような仕種をしてくる。 ――ちょっと待ってて。 ぱくぱくと動く口元に、こくりと頷く。だが何も注文せずに席を取るのは悪いと思って、そのまま立ち尽くしていると、カウンターの中から小柄な――と言っても幸村とそう変わらない背格好だ――青年が小さな紙コップを持って出てきた。 「宜しければどうぞ」 「え…いいのですか?」 「明日からの新フレーバーなんですよ。佐助さんが今、淹れたばかりの…」 「ああああ、小助ッ、お前何勝手に…俺が配るって言ったのにっ」 「あんたはさっさと帰る準備しなさいよ」 手元に差し出された小さなコップを受け取っていると、佐助の声が跳ねる。それに直ぐに、べえ、と舌先を出したのは小助だった。 幸村は二人の遣り取りを見ながら、くすくすと笑うと入り口近くのカウンター席に腰掛、貰った新フレーバーの香りを嗅いだ。 ――さくら…そうか、もう明日からは桜のラインナップになるのか。 甘いミルクフレーバーに、ほのかに桜の香りが漂う。和のテイストが舌先に滑らかに触れてくる。 ほっとするミルクの味を味わいながら、ディスプレイを見ていると、ザッハトルテやマフィンが並んであって、甘そうな香りが漂っていた。 しかし今年は例年よりは控えめかもしれないとも思ってしまう。そうしている間にもザッハトルテがオーダーされ、見ているといつもとは違ったように皿に盛り付けられていた。フィルムも外され、クリームとソースでデコレーションされている。 ――おお、なんと粋な。 たぶん今日限定の仕様なのだろう。幸村はそんな彼らを眺めながら、徐々にそわそわとしながらも佐助を待った。 「お待たせ、旦那。待った?」 ばたばたとバックルームから出てきた佐助は、マフラーも首に引っ掛けたままという姿だった。すでに就業時間は越えている。 佐助に促がされながら店の外に出つつ、前を行く佐助に付いていく。すると急に佐助が振り返った。 「いや、全く。あのな、佐助…――っ」 あ、と思う間もなく、間近に佐助の顔が迫っていた。 ふに、と唇に佐助の唇が触れ、彼がキスしてきたのだと解った。肌に触れてくる外気にハッとしつつも、軽く触れられただけなのに唇が熱くなる。 「こら、まだ…ぁっ」 店の裏手の方へと歩きながらも、何処に人目があるか判らない。触れていたい気持もあるが、此処は彼を止めようと顔を上げかけると、ひや、と頬に濡れた感触があった。 びっくりして瞳を見開くと、佐助も気付いて空を仰ぐ。 空から白い綿帽子が、ふわふわ、と降りてきていた。 「雪だ、佐助ッ!」 「うわぁ、久しぶりに雪見た…」 暫し二人で向き合ったまま、空を見上げてく。曇天の中から、はらはらと雪が音も無くおちてくる様は、見ていると飽きないものだ。しかし徐々に冷えてくるのは否めない。 佐助は幸村の手をぎゅっと握ると、耳元に囁いた。 「じゃあ、凍えないうちに行きますか」 「そうだな」 握り合った手を強く握り返して、大きく頷く。半歩だけ先に佐助が進むのを見て、幸村は小走りになりながら追いかけた。すると佐助は道の先のパティスリーを指差した。 「帰りにちょっとケーキ屋さん、寄って良い?」 「え…――あ、それは駄目だッ」 はたと気付いて、ぶんぶんと首を大きく振った。すると不思議そうに佐助が小首を傾げる。彼の明るい色の髪が、街灯の下でオレンジ色に光って見えた。 「なんで?」 「何でって…その、ケーキなら、持ってる」 「え?」 本当は見せて驚かせたかった。しかしそっぽを向いて話していても信憑性はない。幸村は片手に持っている紙袋を、がさ、と動かしながら、徐々に口篭りつつ佐助に視線を向けた。 「だから、俺が作った…ケーキがッ」 「――…ッ」 がさ、と幸村の手元で紙袋が音を立てる。幸村はそのまま、ちょい、と少しだけ紙袋を上に上げて見せると、佐助が驚いたように口元をきゅっと引き結んだ。そして足を止めながら、幸村を覗き込んでくる。 「佐助?」 「マジで…?本当に?」 「本当だッ」 「それってさ、俺様のため?」 「う…――っ、うむっ」 幸村は首が取れるんじゃないかと云う勢いで、大きく頷いた。 紙袋の中には棒状のケーキが一本、丸々入っている。それを緑と赤のラッピングシートで包んで、リボンをかけていれてある。紙袋を一緒に覗き込むと、佐助は「うわぁ」と感嘆の声を上げた。だが本来、幸村が最初に取り組んでいたのはこのケーキではなかった。 「本当はシフォンケーキが作りたかったのだ。あのふわふわした感じを、佐助にと…しかし今の俺には此れが精一杯で…」 言い訳のようにあれこれと告げる。 最初はシフォンケーキを作っていたがどうにも上手く作れなかった。そうしてい意気消沈していた時に、政宗がパウンドケーキの作り方を教えてくれた。 ――チョコもいれてさ、マーブルだったら甘さも控えめだし。 政宗に習いながら作ったのは、マーブルパウンドケーキだ。作って熱々のままで味見してみたが、自分でもよく出来たと思う。 そうしていると佐助が幸村の手に気付いたのか、つ、と指先に触れてきた。ぴりぴりした痛みに眉根を寄せてしまうと、彼はなんとも不思議そうに顔を歪めた。 幸村の指先は出来たての火傷がいくつかある――どれも軽症だが、慣れないお菓子作りで負ったものだった。 ――ぎゅうううううッ。 「ほわああああああああああ、何事ぉぉぉぉ」 「旦那…――っ」 何事かと思っていると、途端に佐助が幸村を抱き締めてきた。背が撓るほどに強く抱き締められる。紙袋を手にしたまま、まごまごと腕を動かしていると、耳朶に甘い佐助の声が響いた。 「大好き」 「――…ッ、俺だってッ」 いつも先に言われてしまう。でも彼を好きな気持は負けていない。それが伝わればいいと思いながら、幸村は佐助の背に掌を這わせると、安心するようにそっと彼に身を寄せた。 抱き合う二人の間にはらはらと雪が落ちてくる。行き交う人は殆ど居ないし、皆足元を見るので精一杯だ。 でも冷えていく身体をそのままには出来ない。佐助は身体を少しずらすと、ふにゃ、と顔を歪めた。鼻先が赤くなってきているのは、寒さのせいだけではないはずだ。それは触れている場所から伝わってくる熱で解る。 「速く帰ろう。そしたら、俺からもバレンタインの贈り物上げるから」 「佐助のは何だろうな?」 ひょい、と佐助の隣に立ちながら、そっと手を絡める。そして雪で埋まる道を歩きながら、幸村が嬉しそうに聞くと、佐助は咽喉の奥で笑いながら教えてくれた。 「生クリームとチョコレートソースでたっぷりケーキにデコレーションして、飛び切り甘い、ショコラショーを作るから」 「しょこら…?」 初めて聞く名前に小首を傾げる。すると、絡めた手が――指先まで絡めて、掌ごとぎゅっと握りこんでくる。 「スパイスとココアで、身体の芯まで暖めてあげる」 「――意味深だな?」 「今夜は甘く融けちゃおうね」 耳元に囁かれる甘い言葉に、幸村は素直に頷いた。ホワイトバレンタインとなった道を足早になりながら、チョコレートよりも甘く過ごす為に急いでいった。 happy valentine ! →next 110217 up/この直後のお話はまた本編終了後にでも。 |