Cheer!cafe. vt



 佐助が残ってホイップクリームと格闘していると、海野が顔を出した。あと数日でバレンタイン当日を迎える――だが一向に幸村への贈り物が決まらないのだ。幸村に気付かれないようにと思うと、どうしても職場で試作する羽目になるのだ。だが試作といっても、単にデコレーションだけだ。

「佐助、戸締り、お前する?」
「あ、うん…俺様しておくからさ」
「あまり根詰めるなよ?それに…それ、全くの私用?」

 皿の上のデコレーションを覗き込んで海野が問いかけてくる。佐助は指先についたホイップを舐め取りながら、甘いかな、と首を傾げる。そして海野にも勧めながら答えた。

「いや、バレンタインの当日にお客様にも出せればなって思って」
「だったら俺達も練習した方がいい?」
「うーん…確か、本部からは男性客にチョコ配るとかなんとか来てたから、いいんじゃね?俺はケーキ注文した人限定でやりたいっていうか…」

 女性店員が男性客にすべからくチョコを配るというらしいが、この店舗は佐助のせいで――小助が言うには佐助のせいという事になっている――女性店員がいない。その為、他の手を考えていたという訳である。
 スプーンで生クリームを掬いながら、海野が関心したように皿の上を覗き込んでいた。

「珍しく力入れてるなぁ」
「まぁね。愛する旦那の為だし〜?」

 佐助はしれっとしつつ空いた皿を洗い出す。デコレーションの文字が上手く書けなかったり、ホイップがずれたりして試行錯誤している訳だが、それに加えて幸村の喜ぶ顔が見たいというのも事実だった。
 店の今の一押しはザッハトルテだ――甘さを少し抑えたザッハトルテは珍しい。その為に既に幸村に勧めて食べてもらっている。だが当日は何処かでケーキを買って、思い切り甘いショコラショーを作ろうかとも思っている。

 ――甘い甘いって言う旦那が見たいな。ショコラショー、簡単に言えばホットチョコレートだけど、作り慣れないから結構緊張するんだよな。

 佐助が濡れた手を拭いていると、ぽん、と海野が肩に手を置いてきた。

「だと思って、お前昼勤務にしておいたから」
「え…その日、遅番じゃ…」
「俺が変わってやった。恋する男を放っておいたら後が怖そうだからな」

 ――上手くやれよ。

 わしわしと髪の毛を掻き混ぜるようにして海野が撫でてくる。ピンで留めた髪が、ばらばらと落ちてくるが、彼の気遣いに胸元が熱くなった。

「海野…お前…――」
「小助には内緒な?あいつそういうの嫉妬するから」

 ついでとばかりに、口元に指先を持っていって、しぃ、と内緒話をするように言われる。確かに小助はこういう事には敏感だ――気付いたら野次馬根性で騒ぎ捲るに違いない。佐助はそれを想像して笑い出していった。










 仕事も終えてから、ふと携帯電話を取り出す。コール音の後には直ぐに聞き慣れた彼の声が聞こえてきた。
 店内の青いランプの中で静かに彼の声を聞くのは、なんだか甘ったるい気持になってしまう。

「旦那?まだ起きてたの?」
「ああ、お前はまた今日も遅いのだな」
「うん…でも明日は遅番だし、ねぇ、朝か昼間逢えないかな?」
「大丈夫だぞ」

 溜息混じりに話す佐助は、即答してくる幸村に「彼らしい」と苦笑してしまう。疲れ切っている自分とは違い、きりりとしている彼の物言いは心地よいものだ。

 ――間近で聞きたいな。直ぐに聞きたい。逢いたい。

 離れると募る思いと云うのは強い。佐助は急くように時計を見上げて告げた。あと数時間で日付けは変わる。

「じゃ、旦那の家に迎えに…」
「あっ、そ、それは駄目だッ!」
「え?」

 電話口の幸村が急に声を荒げた。慌てているという雰囲気が伝わってくる。そして更に彼は続けて念押ししてきた。

「家は駄目だッ!」
「何で?」

 思わず、隠し事でもしているのかと勘ぐってしまう。彼だって男だ――もしかしたら彼女でも、と思ってしまうのはいけないことだろうか。微かな嫉妬をこめて問いただすと、幸村はもごもごと歯切れ悪く答えた。

「いやその…今、汚くしているから」
「ええ?なんか怪しいなぁ?」

 佐助が白々しく聞くと、幸村の背後で幸村を呼ぶ男の声が聞こえた。一瞬、彼の兄かと思ったがそれも違うようである。聞いたことのある声だった。すると幸村は彼に答えてから、佐助にすまなそうに告げてくる。

「その、友だちが…来ていて」
「そ?それじゃ仕方ないね。何処かでゆっくりご飯しようか」
「うむ!そうしよう!――あ、でも」
「なに?」

 はっきりとした幸村の声が再び篭る。そして恥ずかしげに、声を抑えた幸村の――吐息交じりの声が佐助の耳朶を擽った。

「少しでも良いから、その…ふ、触れたい…」
「なぁに?何処に?」

 彼がそんな風に自分を求めてくれるのが嬉しくて、業と意地悪をしてしまう。佐助は手に店の鍵を持って廻しながら、くすくすと笑いを含んで聞く。すると幸村は直ぐに電話口で、涙声になってしまう。羞恥心が鰻上りなのだろう。

「い、言わせるな…ッ」
「だってさ、旦那からそんな風に誘われるの初めてかも」
「そうか?いや、しかし…」

 はた、と気付きながらも、まごまごと考え込んでいる。しかし佐助は自分の唇に指先を這わせてから、そういえば彼とキスしたのが数日前だったことに気付いた。

 ――俺様も、旦那の口唇味わいたいな。

 薄い彼の唇は気持が良い。それを思い出すと、佐助はドアの方へと向って外に出た。そして鍵を掛けてから、ドアに寄りかかる。

「キスくらいは俺様もしたいなぁ。こう、濃厚な…」
「うわあああああああああ破廉恥なことをぉぉぉぉ」
「あははははは」

 電話口で幸村が大声を上げる。彼の反応が眼に浮かぶようだった。だけど、直ぐに落ち着いた幸村が、こほん、と咳払いをして、そして真面目に耳元に告げてきた。

「でも…その…――厭じゃなければ、俺も…したい」
「俺様が旦那とすることに厭なことなんて何もないよ」
「佐助…」

 呼びかけられるだけで、甘く身体を侵食してくる彼の声――佐助は暗い外で、はあ、と息を吐いてみた。白く浮き上がる吐息に、此処に彼がいたら温かく思えるのだろうと感じた。

「今だって、旦那を抱き締めたいくらい」

 両手で幸村を抱き締めたい。出来るなら何処までも二人で堕ちて行きたい。そんな欲望が顔を擡げてきてしまう。だが同じように切羽詰ったような幸村の声に、ハッとした。

「それは、俺だって…ッ」
「でもそれは明日ね」
「ああ…おやすみ」

 静かに告げてくる幸村の声に、佐助は「大好きだよ」と告げた。その後に彼が同じように答えてくれたのが嬉しくて、通話が切れた後の携帯を思い切り握り締めてしまっていた。








 一方、幸村の家で特訓をしていた政宗は、電話を切ったあとの幸村の顔を見て指を指して呆れ顔になった。

「幸村、手前その顔…」
「某の顔がどうかしましたか?」

 パッと顔を上げた幸村に、余計に政宗が眉根を寄せた。彼はシャワーを浴びてきた直後で、ぽたぽたと雫が垂れていた。

「すっげぇ、腹立つくらいデレてる」
「でれ?」
「締りがねぇって言ってんの」

 きぃ、と歯を見せてくる彼に、思わず頬に手を添えてしまう。そんなに締りが無かったかと、ぱしぱしと頬を叩いた。

「そうでござるか?」
「今日はこの位にして寝ようぜ。暫くケーキ見たくなくなってきた」
「しかし某なかなか美味く作れませぬ」

 しゅん、とカウンターの上にあるケーキの残骸を見詰める。どうにも難しく、思うとおりに出来ない。落ち込んでいると、くしゃ、と幸村の頭に政宗の手が乗った。

「――…」
「政宗殿?」

 視線を向けると、政宗は優しい顔つきで幸村に微笑みかけてくる。手元には真っ黒に焦げたケーキや、凹んだケーキがある。

「良いんだよ、美味く作ろうとしなくても。心こめて、好きだって、伝われば」
「――…ありがとうございまする」

 ぺこ、と幸村は頭を下げた。当日、佐助に美味しい贈り物が出来れば良い。その為に全力を尽くそうと改めて胸に強く思っていった。




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