Cheer!cafe. vt



 2月に入るとバレンタイン商戦も活気を帯びてくる。メディアの至るところで「バレンタイン」の名前が浮かび上がってはそわそわとしてしまう。

「今年、佐助さんはどれだけチョコ貰うんですかねぇ?」
「え?俺様?」

 ブラックエプロンを掛けた佐助が小助の呟きに振り向いた。先程からオーダーされているのは新商品ばかりだ――できるならばコーヒーを淹れたいが、今年は紅茶フレーバーに力を入れているお陰で、佐助にとっては少々不完全燃焼だったりする。
 佐助はラテの為のミルクの温度を見ながら、興味もなさそうに応えた。

「俺様、今年は一切受け取らないよ」
「は?でもお客様からなら受け取らずには居られない時も…」
「そういうのはお前ら食べちゃっていいから」
「うーわー…男の敵がいる」

 あっさりと言ってのけながら、ミルクフォームを作る佐助は満面の笑みで――鼻歌でも歌いそうな勢いだった――マグカップにフォームを淹れる。
 そして満面の笑みでカウンターから顔を出した。

「旦那ぁ、お待たせ〜。イングリッシュティーラテ、入ったよ」
「うむ!ありがたく頂戴するッ」

 カウンターの外から顔を覗かせたのは、佐助の現在の恋人――真田幸村だ。いつもは紅いタンブラーを持参しているが、今日はマグカップだ。

「佐助の作るミルクフォームはいつもふわふわだ」
「だって舌触りとか考えて淹れるからね。咽喉に滑らかに入る方が美味しいでしょ?」
「そうではないぞ?」
「うん?」

 佐助の説明に幸村が小首を傾げる。そしてふわふわのフォームラテを見詰めてから、嬉しそうに瞳を眇める。彼の大きな瞳が眇められると、ふわりと花が開いたように思える。

「お前の淹れたものだから美味いのだ!」
「――…ッ」

 ぐ、と佐助が詰まった。言葉をなくして圧倒されている佐助の手元が、かたかたと揺れる。だがそれは厭なものではなく、赤くなっている指先に照れているのだと知らされた。
 しかし佐助の変化に構わず、幸村は入り口を振り返って――す、と手を上げた青年に目配せした。

「あ、政宗殿…すまん、先に行く」
「うん。メールするね」

 ひょい、と身を乗り出すと幸村は大きく頷いた。政宗が頷いて入り口付近の席を取った。その様子を見つめながら、ふう、と嘆息する。

「相ッ変らず、殴りたくなるくらい熱々ですねぇ」
「そ。だから俺様、旦那からの以外はいらないの」

 でれ、と鼻の下を延ばした佐助に小助がとげとげしく告げる。佐助が照れると指先まで赤くなるのだというのを、間近で見て気付いた。
 だがそんな佐助に、皮肉でも言いたくなるのは仕方ない。小助は小さくほくそ笑むと、入り口近くの二人を見詰めた。
 同じ年頃――政宗の方は見るからに高そうなコートを着ているし、幸村も身を乗り出している処をみると、かなり親しい間柄なのだろう。

 ――親友、って処だろうなぁ。

 二人が何を話しているのかは解らない。しかし店内の客が一度は視線を向けるくらいには、二人とも容姿が整っており、人を惹き付ける存在感があった。
 小助は其方を向いたままで、ぼそりと低く言った。

「でも…幸村君、チョコくれるとは限りませんよね」
「え?」
「だって男ですし、貰うほうだったんじゃないかな?だとすると『あげる』って感覚にはならないと思うんですよねぇ」
「――…っ、そ、そうか…そうだよな」

 ずん、と急に佐助が暗くなる。先程までの華やかさが一気に消え去り、背後に影を背負いそうな勢いだった。
 しかしそれとは逆に小助は生き生きとして佐助を見上げた。

「やっぱり期待ちゃうもんですかね?バレンタインって」
「そりゃ男だし…多少は」

 今まで何も考えずに貰っていた佐助にとっては、バレンタインに贈り物をするという気持がまったく予想できていなかった。
 どうしようかな、と腕を組んでいると、小助は嘆息して続きを告げた。

「だったら、佐助さんが用意すりゃいいじゃないですかぁ」
「あ?」
「お店にバレンタイン商戦でチョコだって置いているんだし、当然、ラインナップ考える時って、送る側の気持を想像しますよね?」

 ――だから簡単でしょ?

 小助の言葉に、佐助はハッとする。言われて見れば、商品として考えるのは簡単だ――だがこれは仕事ではない。そう思うと軽く葛藤の最中に陥りそうになる。

 ――旦那の好きなもの…甘いもの。カフェモカとかココア、ザッハトルテ…うーん、ペアリング考えようかな。

 ぐるぐると途端に思考が廻り出す。そうこうしている間にオーダーが入り、佐助は手元で淡々とカプチーノを作り出した。










「Hey,呼び出した用件は何か、そろそろ言ってもいいんじゃねぇか?」

 政宗は椅子に座って背凭れにもたれると、目の前でマグカップを両手で包み込んでいた幸村に言った。因みに政宗の前には本日のドリップが置かれており、芳しいコーヒーの香りが漂っている。
 幸村は手にしたティーラテを口元に持っていき、ことん、とテーブルの上に置いた。そして周りをぐるりと見回してから、そっと身を乗り出した。

「政宗殿、その…2月14日は何の日かご存知か?」
「バレンタインデーだろ?」
「そうでござる…その、某…ええと」
「大方あの馬鹿猿にチョコでも贈りてぇって言うんだろ?」
「どうしてそれをッ!」

 政宗は熱いコーヒーを口に含んで、ふ、と息を吐いた。まごまごと口元を動かしていた幸村が、政宗の先読みに一層身を乗り出す。
 政宗は肘をテーブルについて、斜に構えていく。足も組んでいるものだから、余計に身体の傾斜は大きくなっていた。さら、と前髪が揺れるといつも隠している右眼の辺りがかすかに青く覗くが、すぐにそれは髪に隠れてしまった。

「手前の考えなんざ解るってもんだ。あ〜あ、俺も小十郎にチョコレート贈ろうかな」
「え?」

 さらりと告げた政宗に、今度は幸村が聞き返す。すると途端に眉を下げて――少し気弱そうに政宗が嘆息交じりになる。

「あいつさ、俺が花寄越せっていったら律儀に毎年贈ってくれんの。でも意味わかってねぇんだ」
「意味とは?」
「海外じゃ、男が花を好きな女に送る日なんだよ、バレンタインって」
「そうなのでござるか?初耳でござるッ」

 真正面から顔を付き合わせて、うんうん、と頷きあう二人は心なしかひそひそと小声になっていく。

「俺はこっちに来てからチョコレート贈るの見て、不思議だと思ったけどよ」
「でも、片倉殿は政宗殿が好きなのは変わらないのでは?」
「違うって!あいつ、絶対気付いてねぇよッ!」

 ――どんっ。

 思わず政宗は声を張り上げてしまう。テーブルを叩きつけてから、ハッとして、居心地悪そうに頬杖に口元を埋めた。
 幸村は慣れているのか、まったく動揺もせずに、ずず、とティーラテを啜っている。

「…と、俺の話じゃねぇ。幸村、お前の相談だったな」
「う…そうでござった。某が送っても良いものなのか…一人で買いに行くには些か恥ずかしゅうござるし」
「お前、ヒゲができてるぞ。最近は友ちょことかもあるらしいぜ。っていうか、この時期だけのメニューもあるから、気負わずに買いに行けば?」

 顔を上げた幸村の上唇にラテのフォームがくっ付いている。それを顎先で指摘されて、幸村は舌先でぺろりを舐め上げた。

「別にさ、男が普通に甘いもん食ってても不思議でも何でもないじゃん。チョコ売り場くらい平気だろ?」
「しかし…」
「歯切れ悪いなぁ…いつもの威勢はどうしたよ?」

 幸村が今度はもごもごと言葉に詰まり出す。ふわりと頬を染めて肩を縮めていく。しおしおとしている幸村の姿に、かくん、と頬杖を挫かれてしまう。

「佐助はッ、甘いものがあまり…好きではないようなので」
「あ?」
「それとなく、気持をわかって貰いつつ、やはり本人の口に合うものをと思いまして」

 ごそごそと途端に幸村はリュックの中からクリアファイルを取り出した。一度だけ幸村はファイルを取り出した瞬間、レジカウンターの方を振り返ったが、すぐにホッとしつつ政宗に差し出してきた。
 政宗がクリアファイルに挟まれたものを見て、ぷ、と噴出す。くすくすと笑いを堪えながら聞くと、幸村は余計に真っ赤になった。

「お前、これ何処で?」
「雑賀殿と鶴姫殿が読んでいたのを…横から見せていただきまして、そしたらその頁をくださり…」
「へぇ?」

 政宗が手にしたファイルの中にあるのは、女性誌の一頁だった。それもバレンタイン特集で、手作りで彼に贈ろうという言葉が書かれている。
 目の前の幸村は真っ赤になっているし、本気なのは伺える。手に包み込んだカップが割れるのではないかと云うほどに握り締めていた。

「某、菓子など作ったことはござらんが」
「あるだろ、家庭科で」
「あの時は、同じ班の女子がほぼ作って下されたし、政宗殿も」
「そうだったな…」

 昔、授業で一緒だった時も確か手伝ってしまった。それも不器用な幸村を見かねてだった。しかし今は一人暮らしもしているし、それなりに料理くらいは出来るはずだろうとは思う。

「某の知る中で、料理も作れるとなると政宗殿以外でお頼みできる方もおらず…」

 ――教えていただきたいのでござる。

 ぎゅ、と幸村は目を瞑ると、軽く頭を下げた。その様子をじっと見つつ、政宗は意味深に「Hmm」と相槌を打った。

「このレシピのでいいのか?」
「は…勿論でござる!」

 幸村が顔を上げると、目の前には政宗がファイルをぺらぺらと団扇のようにして動かす姿があった。そして、余裕のある笑顔でにっこりと笑って寄越す。

「暫く特訓だな」
「承知いたしましたッ!」

 ぐ、と身を乗り出した幸村は、ティーラテを一気に飲み干した。もちろん、泡のひげが再び上唇についてしまっている。

「うおおおお、漲るあああああッ!」
「だから、ひげ、付いてるぞ。ったく、卵と小麦粉…あ〜、あと何が必要だったかな」

 政宗が空かさず忠告するが、既に幸村は聞いていない。レシピを見つつ、政宗が「俺も作ろう」と微かに言ったのを聞き逃さず、幸村はそのまま政宗を引き連れて買い物へと飛び出していった。





 →next





110214 up