Cheer!cafe



 家の中に佐助を招きいれ、ドアを閉める。鍵をかけてから振り返ると、先に上がり框に乗り上げていると思っていた佐助がまだ其処にいて、どん、と肩がぶつかった。

「あ、すまぬ…ッ」
「ううん、旦那…」

 首を振る佐助がそのまま狭い空間で両腕を絡めてくる。引き寄せられる背と腰に、そして触れ合う吐息に抱き締められたと気付いた。

「…旦那」

 耳元に掠れた声が響く。それを聴きながら少しだけ顎先を上げると、彼は流れるような動きで唇を重ねようとしてくる。幸村は佐助の動きにぎくりと肩竦ませた。

「あ…――って、ちょっと待て!」
「え?」
「あ、うん。その…まずは靴を脱いで中に入らぬか?茶くらい淹れるし」

 甘く蕩けるような空間になりかけていたのを遮り、幸村が腕を突っぱねて佐助の胸元から滑り出る。慌てて上がり框に足を乗せて、佐助を促がすと彼は「そうだね」と残念そうに小首を傾げてきた。

 ――危なかった…非常に、危なかった!

 どくどくと鼓動が跳ねる。佐助の動きや態度はいつも優しくて、どうしても流されそうになる。

 ――俺に隙があるから?

 ふと彼に引きこまれる瞬間のことを思って身を硬くする。佐助をリビングに案内してからそのままキッチンに立ち、湯を沸かそうとする。
 肩越しに振り返ると、佐助は促がされたままにソファーに座ろうとしているところだった。

 ――落ち着け、落ち着くんだ幸村!

 彼との付き合いは嬉しいし楽しい。それに触れ合うと幸せな感じがして、余計に好きだと思う。だけどその先が問題だ。
 それを政宗に相談してから、幸村の脳裏ではおよそ自分が触れてこなかった知識で一杯になってしまっていた。

 ――キスして、触れて、そしたら…。

 順をおって想像すると頭を抱えて蹲ってしまいたくなる。こんなのは知識だけなら保健体育の教科書にもあったが、文面だけでも昔から苦手だったのだ。

 ――まさか俺がすることになるなんて…ていうか、むしろ教科書には男同士のなんたるかなど書いていないし。

 ぐああああ、と唸りそうになっていると、幸村の背後から手が伸びてきた。

「旦那ッ!」
「え…あ、佐助?」
「火を使う時はよそ見しちゃ駄目でしょ」

 ――かち。

 背後から伸びてきた佐助が、幸村を通してコンロの火を止める。見れば少ししかいれていなかった水が沸騰してぐらぐらと音を立てている。

「そうだ、茶を…」
「沸騰しているお湯は紅茶ならいいけど、煎茶には向かないよ」
「そう…だな」
「どうしたの、ぼうっとして」

 背後に立たれて一瞬ハッとする。目の前の煮立った茶を眺めて身体を硬くしていると、佐助が溜息を付きながら腕を延ばした。

「紅茶、これでいいの?」
「ああ…それで」
「俺様が美味しいの淹れてあげるから、ね?」

 にこりと微笑む佐助に、きゅう、と胸元が引き締められる。そうしていても政宗に教えてもらったことを自分と佐助に置き換えて想像すると、ぶわりと顔に熱が篭って言葉が上手く出てこないどころか、詰まってしまう。

「すまぬ…その…やはり、言えぬぅぅぅぅッッ」

 うわあ、と感極まってその場に蹲る。

「旦那っ?」
「政宗殿と、政宗殿が…その、政宗殿に…――ッ」
「誰だって?」

 冷静な声に反応して顔を上げると、同じように佐助も膝をついてきていた。

「あ、政宗殿は某の親友でござって…――」
「まさか一緒にお茶してきた相手?」
「そうでござる。それで、その…」

 こくこくと頷く。すると一瞬、佐助の口から舌打ちが聞えたような気がした。だがそれを確かめる間もなく、佐助の長い指が肩に掛かる。

「あのさ、順番待ちたいんだけど」
「待って、くれ…今、まとめる…からっ」

 緊張しすぎて張り付いた咽喉に、こくん、と唾液を送り込む。言葉が途切れた瞬間、肩に触れていた筈の手が伸びてきて、そっと親指が幸村の唇に触れた。

「待つけど…でもキスが先」
「…――っ」

 触れた指先が離れると同時に、柔らかい感触が触れてきた。自分よりも体温の低い佐助の唇が、ひやりと触れてくる。まるで幸村から熱を受け取るかのようで、啄ばまれるたびに頭がぼうっとしてきた。

「ん…っ、ぁ、っ」
「だんな…ぁ、舌、頂戴」
「ぅん、ん…」

 少し離れた瞬間に強請られて、自分でも不思議だが、口から舌先を彼に突き出していた。すると佐助がそれを同じように舌先で絡め取っていく。

 ――ちゅ、ちゅ、ぴちゃ。

 濡れた音が響く。舌先が離れると途端に冷えていくようで、付け合った舌先を離し難くなる。そうして絡めて、追いかけて、触れてと繰り返した。だけども慣れてきたとはいえ、まだ佐助としかキスなんかしたこともない。彼の勢いに追いついていこうとするとしたが縺れてしまう。
 幸村が耐えかねて顔を背けると、そのまま額を彼の肩口に乗せた。佐助はやさしく幸村の背を撫でては、同じように頭を肩に乗せてきた。

「は…っ、はふ…、んっ」
「癒されるわぁ…旦那、落ち着いた?」
「うむ…」

 キスを繰り返してから再び彼の体温に、どきどきと鼓動が跳ね出した。何時になったらこんな風に緊張しなくなるのだろうか。

「どうしたの、様子がおかしいけど」
「そんな事はないのだが」
「そんな事あるよ」

 佐助に促がされて立ち上がりながら、彼が紅茶を入れる手つきを見詰める。そして一緒にリビングに持っていくと、幸村は先にソファーに座る。次いで佐助が座ると軽くソファーは弾んだ。

「で、どうしたの?」

 問われてから、ぐっと詰まりそうになる。しかし何時までもそうして詰まっているわけにも行かない。幸村は思い切って彼に言った。

「その…先日の、事だが…っ」
「先日?」
「あ、あの…お、俺がっ、泣いて…」
「あ…ああ、うん。その話か」

 はっと気付いて佐助が頭を下げる。そして項をぽりぽりと掻きながら彼は顔を起こした。気まずそうな雰囲気が滲み出て、佐助もまた口篭る。だが直ぐに佐助は口羽を切った。

「ごめんね、旦那。俺が性急になっちゃって、旦那の気持ち確かめなかったから」
「そうではなくて!」

 ――ぱんっ。

 佐助の謝罪を遮るようにして幸村が自分の膝を打つ。思いがけず良い音が響いてしまった。だがこういうのは勢いも大事だ――幸村は間を置かずに続けて言った。必死に口に上らせていく言葉に羞恥を感じない訳もなく、ぎゅっと瞼を引き絞った。

「ちゃんと、教えて貰ったからっ」
「え…」
「教えて貰って来たから、だから…っ」
「ちょっと待って、教えて貰ったって、どういう?」

 焦った佐助が幸村の肩を掴む。反射的に幸村はその手を払うようにして立ち上がってしまった。立ち上がり見下ろす先の佐助から、すう、と表情が消えていく。口を引き結んで、彼が咽喉を動かしたのが解った。

「そのままだっ!教えて貰って来たのだ。恥を忍んで、政宗殿に教えを請うてきた。だから…っ」
「――…」

 口元に佐助の手が添えられる。どこか思案する素振りにやっと勢いが削がれて、幸村は小首を傾げた。すると佐助は見上げていた視線を下に向けたまま、ぼそり、と呟いた。

「佐助?」
「じゃあ…俺が何しても、もう泣かないわけ?」
「無論そのつもりだっ」

 ぐっと拳を握り締めて宣言する。するとハッと佐助の顔が上げられた。信じられないとでも言うか如く、一瞬にして見開かれた瞳に、どうして彼は焦っているのだろうかと思った。

「旦那、そいつと…慣れるくらいしたの?」
「は…?」
「…それは聞かなくていいや」

 軽く首を振った佐助が、腕を延ばしてくる。立ち上がっていた幸村の腰に絡められた腕をじっと見つめていると、いつの間にか引き寄せられて、後は何が何だか解らない熱に浮かされていく羽目になった。










 取り払われた下履きが、足元で蟠ってまるで足枷のように動きを阻む。どうにか逃げようとすると逆に腰を突き出すようになってしまい、余計に深くなっていく。

「――っ、は…っ」
「これ、好き…?」

 漏れでてしまう声を抑えるように口を手で塞ぐ。それでも甲高い声が漏れてきて、自分の声に恥ずかしくてならなくなる。

 ――信じられない。佐助が…っ。

 下から聞かれる言葉に、水音が混じってどうにも腰が動いてしまう。

「あ…っ、は、は…っ」
「気持ちいい…声、堪えてるの?あいつには聞かせた?」
「はずかし…い、から…っ」
「他の奴に聞かせた声なら、俺には聞かせないで」
「――…っ」

 掠れた声が触れるのは自身の下肢だ。それも濡れている場所は陰部に他ならない。立ったままの姿勢で腰を引き寄せられ、佐助が顔を埋めているのは幸村の身体の中心だ。
 しかも先程から熱く触れているのは、佐助の舌だ。その合間に聞き取れない呟きを佐助が繰り返している。耳を凝らそうにも、与えられる感覚に思考は鈍くなってしまう。

 ――じゅ、じゅる。

 すっぽりと彼の口に引きこまれた自身を見ると、恥ずかしくて涙さえ浮かんでくる。だがそれと同時に与えられる快感が半端なくて、何も考えられなくなる。

 ――ぐちゅ、くちゅ。

「――…っ」
「おっと、座っちゃ駄目だよ」

 かくん、と膝が折れそうになる度に、佐助が立つようにと膝をおしのけていく。がくがくと震える足に、踏ん張っているのがやっとだった。

「俺は夢みたいな気分。旦那の、舐めてるなんてさ…」

 ふう、と濡れた陰部に吐息が触れる。それだけで背筋に電撃が走るように快感が競りあがった。背を撓らせて仰け反ると、濡れた手が腹に滑る。

「は…――っ、っ」
「旦那、どこまで教わってきたの?」
「それは…っ、あ…っ」

 口が離れても、佐助は陰茎を擦る手を止めない。長く綺麗な指だと何度も思っていたが、その指が自身の陰茎をしなやかに擦り上げていく。括れの部分まで一気に触れながら、親指で裏筋をなぞられて、びくん、と腰が震えた。

「あ…や、――っすけ、っ」
「してきたなら、これくらいは平気でしょ?」

 耳に届いた言葉に、びくりとした。佐助が誤解をしていると気付く――だけども、それを告げるには咽喉が張り付いてしまっている。幸村は、はふはふと口を動かしながら、喘ぐ声の合間から、か細く絞り出す。

「――…てない」
「え?」
「してなど…っ、お前が…」

 ぐり、と佐助の指先が陰茎の割れ目を抉った。かりり、と其処ばかりを攻められて、下肢が弛緩していく。もう耐えられないと瞼をぎゅっと瞑った。

「――…ッ」

 ――駄目、だ…もうっ!

 腰が跳ねてどうにもならない。上り詰められて抗えない。幸村は身を硬くしながら強く唇を噛み締めていった。

「――――ッッ」

 弛緩していく身体が力を失って、へたりと膝を落す。すると待ち構えていたとばかりに佐助が抱きとめてきた。彼の肩に額を押し付けながら、はあはあ、と荒く呼吸を繰り返す。その合間にも、しゅ、とティッシュを取る音が聞えた。
 熱に浮かされながら、促がされるままに顔を起こすと、ぐい、と頬を引き寄せられた。

 ――ちゅ。

「唇、噛み締めすぎ」
「だって…、佐助が…声出すなと」
「そだね。血の味しちゃってる」

 佐助が正面から苦笑する。確かに彼の唇が触れるだけで、微かに痛みが走った。佐助はくすくすと咽喉の奥で笑いながら、濡れた下肢をティッシュで拭いてくれていた。

「しばらく熱いものは飲めなさそうだよ」
「ならばフラペだけ頼む」
「え…ちょ、何で?」
「お前のせいだからな。毎回フラペだっ!」

 ――文句言うな。

 ぶう、と頬を膨らませて言うと、そうだね、と佐助は項垂れた。要は佐助の誤解と、上手く伝達できなかった幸村との、些細なすれ違いからの結果が今のこれだ。

「ごめんね。俺様、どうも旦那のことになると見境なくなっちゃう」
「なってもいいのに」
「なったらこの様だよ」

 はは、と佐助が軽く言う。口淫される前に受けていた佐助の苛立ちや、無表情なものは今は全て取り払われている。

「俺、誤解してて…旦那が他のやつとやったのかと思って」
「それはそんなに軽くはないぞ」

 侮辱だ、と唇を尖らせると、佐助は「驕らせて頂きます」と頭を垂れるようにして抱き締めてくれた。しかし達してしまうと、あとは思考がどんどんクリアになっていくもので、今のこの現状に少なからず照れてしまう。

「そうだな…それより」
「うん?」
「早く、下、履きたいのだが」
「あ…っ」

 すかすかとする下肢に現状を伝えると、佐助がじっと視線を向ける。座り込んだ其処には、力をなくして項垂れている陰茎だ――幸村は咄嗟に膝を寄せて隠すようにした。

「あまり見るなっ!恥ずかしいっ」
「っていうか…うん、その…いい眺め」

 佐助が手を離して、じい、と其処を見詰める。幸村は慌ててずり下がっていた衣服を持ち上げて、背を向けた。

「あ、もう着ちゃうの?」
「馬鹿者っ!」

 ――がつ。

 小さく拳を振り上げて、振り向き様に佐助の肩にぶつける。すると佐助は、へへ、と笑っていた。それが悪戯をした子どもが照れているかのようにも見えて、少しだけ腹が立った。だが痛みを口にした途端、佐助は立ち上がった。

「って…――っ」
「佐助?」

 服を調えた幸村の横を、佐助が背中を丸めて擦違う。どうしたのかと声をかけると、佐助は視線を泳がせて、肩越しにドアの向こうを指差した。

「うん…えと、ちょっとトイレ借りていい?」
「え?」
「勃っちゃって、ごめん」
「な…――っ」

 ぐあああ、と顔に火がついたように熱が込み上げていく。幸村はその場に倒れるようにしてソファーに身体を預けると「さっさと行ってしまえ」とクッションを投げつけた。
 送り出される佐助が小さく、ごめん、と言ったが全く反省していない口調だった。それを思いながら、幸村はクッションに顔を埋めながら、未知でしかなかった感触を反芻してしまっていった。



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110110 up 暴走佐助でした