Cheer!cafe 雨が寝入り様に子守唄に聞こえていた。一日の疲れのせいもあるが、静かに眠りについてから、そして目覚めて佐助は自分を褒めたくなった。 ――よく持ったよ、俺の理性。 時計の針が清清しく9時を知らせていて、いつもならもうひと眠りと行く所だが、そうしないのには訳があった。 隣に、いつもは無いはずの健やかな寝顔がある。 ――俺、マジで頑張った。 横になっていた身体を、ころりと転がして仰向けになると、佐助は自分を褒めながら顔を手で覆い――指の間から、ちらり、と横で寝息を立てている相手を垣間見た。 彼――幸村は、あまり寝相が良くないのか、良いのか、タオルケットを背中に丸めてしまっている。そして身体一つで布団の上に転がって、佐助の方に向いており、気持ち良さそうに、すいよ、すいよ、と寝息を立てていた。背中にタオルケットがあるせいで、身動きが上手くとれずに結局佐助の方を向いてしまうようで、幸村は少し身じろぎする程度だ。 ――やべぇ、可愛いぃぃ。 じっと見つめているとそのまま襲いたくなってきてしまい、佐助は身体をぐんと起こした。キスまでなんとか漕ぎつけたのに、そこから先で失敗するのは頂けない。ひたすら「無心、無心」と唱えながら顔を洗いに行く。 顔を洗ってから戻ってくると、まだ幸村はすうすうと眠っていた。エアコンはすでにタイマーが切れていたが、再び佐助はスイッチをいれた。 直に、さらら、と涼風がそよいで来て、敷いていた布団を畳みながら一息いれてしまう。 「――…」 思い立って、すすす、と幸村に近づき、枕元に座り込むと腕を伸ばして幸村の頬に触れてみた。すると、ころん、と首を動かしてくる。 ――おっと。 起さないように、と息を潜めて腕を伸ばしてみると、幸村はころころと彼の腕に頭を転がしてきた。 ――やべぇって、ホントに何この生き物ッ! 腕に頭を乗せて、むにむにと口元を動かしている幸村に、どきどきと胸が高鳴り始める。佐助は高鳴る鼓動もそのままに、腕をぐっと差し入れて彼の側に横になった。 すると完全に腕枕の体勢になる。腕にある重みが何だが愛しくて、間近にある整った顔の――だが何処か幼さを残した顔を見つめていると、このまま起さないでおきたいと思ってしまう。 だがそれも佐助の願いとは裏腹に直に終わりが来てしまった。幸村が佐助の肩口まで移動して暫く額をこすりつけていると思ったら、静かに瞳を開いてしまったのだ。 「――…?」 「旦那、起きた?」 「お、はよう…ござる…?」 間近にある佐助の存在に不思議そうな顔をして幸村は見上げてくる。そして暫く寝ぼけていた幸村は次第に覚醒したのか、今度はがばりと起き上がってしまった。 「おおおおおはようござるぅぅぅ」 「おはよう、旦那」 ちま、と肩身を狭くして正座する彼に苦笑しつつ佐助も身体を起こす。正座している幸村の前に胡坐を掻いて、彼を覗き込むと瞬時に頬を赤らめてしまった。そして声をかける間もなく、がばりと立ち上がる。 「そ、某、顔を洗ってき申すッ」 「あ…うん、行ってらっしゃい」 幸村はばたばたと足音も荒く駆け出して、途中でソファーにぶつかったりドアにぶつかったりしていった。慌ただしい彼の動揺に、佐助は次第に肩を震わせて笑っていった。 佐助は休みだから良かったものの、幸村は1時間目の講義に遅れてしまったらしく、結局のところ今日の講義を自主休講すると宣言してきた。 「本当にいいの?つき合わせてしまったんじゃ…」 「いや、起きられなかった某のせいだ。気にすることはない」 「そう…?」 答えながら、あえて起さなかった自分にも非はあると思いつつ、佐助は髪を手櫛で掻きあげるとポケットの中身を探った。 ――さ。 「使ってくだされ」 「え、いいの?」 不意に目の前に臙脂色のゴムが差し出される。みると幸村がそれを差し出し、こくこくと頷いていく。佐助はそれを借りて襟足を結びこむと、あ、と声を上げた。 ――これ、旦那とおそろいだ。 幸村の長い尻尾のような髪にも、同じ色のゴムがあった。さり気ない徴に佐助は、あらら、と口元に手を添えた。 「あのさ、旦那?おなか空いてるよね」 「そうでござるな…まだ朝ごはんを食べておらぬし」 「俺の知っている店にいかない?」 「え…」 「驕るからさ、俺のブランチに付き合って」 佐助が提案すると幸村は一瞬瞳を見開いた。そしてそれからほんのりと眦を染めて、こくこくと頷く。 「じゃあ、支度して出かけよう」 「は…――」 ――ぐううううううううううぎゅうううううう 頷こうとした幸村よりも先に、彼の腹の虫が盛大な音を鳴らす。その盛大すぎる音に、瞬間的に耳を疑いつつ、真っ赤になって慌てふためく幸村とは対照的に佐助は腹を抱えて大爆笑していった。 電車を乗り継いで訪れたのは、重厚な扉を持つ一店の紅茶店だった。 幸村が入り口からして高級感のある風情に唖然としていると、肩を叩かれて中に入った。 「さ、佐助…このような高そうな店…」 「いいの、いいの。そんなに畏まらないで」 「だが…」 「ここはさ、フランス紅茶を扱っている専門店なんだけどさ、意外と食べ物も美味しいし、ケーキセットも絶妙だから」 ――美味しいの食べさせたいの。 佐助はそう言いながら幸村の背を押して中に入った。すると静かな物腰で、いらっしゃいませ、という声が響いた。 店内には黒い缶がびっしりとレジの奥に配置されており、まるで図書館のようだった。その缶のひとつを手に持っていた店員が、振り向き様に佐助を見て、はあ、と溜息をついた。 「久しぶり、毛利さん」 「何だ、貴様か。今日は空いている、さっさと二階に行け」 しっしっ、と追い払うように手を動かした店員は、白い制服に身を包んでいる。幸村は店内の商品を見て、ほわあ、と口をあけて感心している。カップの値段を見て「えええ?」と声を上げているあたりが可愛らしい。すると佐助の背後にいる幸村に気付いたのか、元就が「ほう」と感心した声を上げた。 「何?どうかしたの、毛利さん」 「お前が女子ではなく男を連れて来るとは」 「あ、ちょ…それ今言わないで」 慌てて元就を止めようとする佐助に、幸村はあけていた口元をきゅっと引き結んだ。 ――男を連れて来るとは。 元就の言葉に、そうか、と思いついてしまう。佐助に促がされるままに幸村は二階に上がって行ったが、席を案内されてからずっと口を噤んでしまっていた。 フレンチトーストとケーキを選ぶときだけ、気付いたようにメニューを見る。だがそんな動きをしていると、佐助が指先を幸村の額にむけて弾いた。 ――ピンッ 「――…ッ」 「旦那、紅茶選んで」 「え…あ、ああ…」 急かされてメニューを見つめる。だが銘柄だけではどんなものか解らない。幸村が小首を傾げていると、背後に静かに立った人物が口を開いた。 「大体のベースは解ろう?普段どんなものを飲んでおる」 「あ…えっと、普段はあまり紅茶は…」 「そうか。ではストレートで飲むのと、ミルクを入れるのでは?」 「ミルクを入れたほうが好きでござる」 「香りはどのような物が好きぞ?」 「どんなものでも。特に好き嫌いは在りませぬが…」 其処まで急かされる様にして答えると、佐助が口を挟んだ。 「旦那は甘いのが好きだよね」 「あ、ああ…甘い、飲み物は大好きだ」 瞬時に答えると彼――毛利元就は、解った、とだけ答えて背を向けていった。その細い背中を見送りながら、佐助は片肘をついて幸村をじっと見つめた。明らかに店に入るまでとは態度が違う。しょんぼりとしている姿に、佐助が溜息を付いた。 「どうしたのさ、旦那。何かおかしくない?」 「いや…腹が減っているからでござろう」 「嘘、嘘だね、それ」 ぴしゃんと切り返すと幸村が俯いた。そして暫く瞳を動かしてから、ぼそりと口を開いた。 「佐助は、この店には女子と…」 「あ、それ…わ、ちょっとヤダなぁ…」 「特別な人が、沢山居たのだな」 「違う、違うって!」 ぼそぼそと答える幸村に佐助が慌てて止める。すると半ば泣きそうな顔をした幸村が顔を起した。眉も眦も怒りで攣りあがっているのに、口元だけは歪んでいる――耐えているのが解る仕種に、佐助は「ごめんね」と呟いた。 「違うんだ。ここには…幼馴染としか来たこと無いって」 「真か?」 「うん、その子に教えてもらって来た店で…いつも一人でか、その子としか来てない。そもそもこの店は、大事な人と来たかったし」 「――…ッ」 佐助が告白すると、はあ、と溜息をついて頬杖にしている掌に口元まで覆う。そして幸村に――照れくさそうに、視線を向けた。 「聞いてた?旦那」 「え…」 「大事な人って、旦那の事なんだけど」 「――…ッ」 びく、と幸村が肩を震わせる。そして今度は先程とは違う、柔らかい笑顔で――幸村は静かに頷いた。 「お取り込み中悪いのだが」 「あ…ッ」 急に間を割くようにして元就の声が頭上から響く。すると彼は紅茶のポットを手にして立っていた。 「アールグレイ・インペリアルは佐助だな」 「そう…あ、いい香り」 ほんわりと香るベルガモットの香りに、佐助が瞳を輝かせた。彼の変化を見つめながら、幸村もくんくんと鼻を動かして、此れ好きだ、と答えた。 そして佐助の前に紅茶を用意した元就は今度は幸村に向う――あえて銘柄を言わないで元就は、ぽぽぽ、と静かにカップに紅茶を注いだ。 「お好みでミルクをどうぞ」 「甘い…バニラでござろうか?」 幸村が嬉しそうに微笑むと、見上げた先の元就がにまりと笑って、そっと幸村の耳元に口元を寄せた。 「――――」 「な…そ、そのような」 幸村の動揺に佐助が反応する。だが元就は構わずに他の皿を取りに奥に行ってしまった。次々にフレンチトーストが運ばれてきて、ケーキを食べるまで、幸村は佐助が聞いても紅茶の銘柄を伝えずに俯くだけだった。 「教えてくれないのかぁ。此処ってさ、美味しいけど『エロス』て名前のブレンドがあったりするし、そんな処?」 「違う」 「気になるなぁ」 こくこく紅茶を嬉しそうに飲む幸村は、佐助が中々当てられないで居るのに少しだけ愉しそうにして笑った。そうしている内に再び元就が奥から姿を現した。 「サービスぞ」 「え…マジ?」 驚いて佐助が見上げると、小さな器にソルベが入っていた。 「甘いものばかりであったろう。柚子のソルべよ、すっきりするぞ」 にこ、と元就が幸村に微笑む。それを見上げて幸村は「忝い」と頭を下げてから、そっと口をソルべにつける。そして、ふわ、と嘆息してから「旨い」と言った。 「偶には紅茶も良い物だな」 「そうだよね…あ、柚子味のフラペとかもいいかも」 「――飲んでみたいな」 冷たいソルべを繰り返し口に運びながら、幸村が呟くと佐助はあれこれと考え始めていった。そして思案に耽りそうになっている佐助に、幸村は身を乗り出した。 「佐助…」 「うん?」 顔を起した佐助に、幸村が身を乗り出して囁く。 ――ウェディング。 それだけ言って、すとん、と椅子に戻った幸村は、残っていた紅茶をこくこくと飲み始めた。耳を紅く染めて飲む姿に、ぶわ、と佐助が紅くなってしまう。 「マジかよ…」 「――だ、そうだ!」 「あの人、何でもお見通しなんだな」 参った、と佐助が額を押さえる。察しのよい元就からの、少しの祝福に二人はティーポットが空になるまで、ゆっくりと紅茶を飲み干していった。 →next 100905 up/ マリアージュ・フ○ール勤めの元就様とか。 |