Cheer!cafe 佐助のバイクの後ろに幸村が乗るのは数度目になる。それでも幸村はまだ彼の背に密着するのに抵抗を感じて、やんわりとしかしがみ付かない。 腰に回される幸村の手をじっと見つめながら、佐助は迷う事無く幸村の家の前までバイクを進めていった。 「佐助、早く中へ…」 帰り道で降り始めた雨は、あっという間に豪雨になっていた。夏前のこの時期だ――突然の雨など不思議でもない。 ヘルメットを外してみると、ぱたぱた、と雨雫が垂れていく。先を急ぐようにして幸村が佐助の腕を引っ張った。 「あ〜、でも…此処まで濡れたらもう良いかなって。このまま俺帰るよ」 「いや、送ってもらってそれでは…風邪でも引いたら…」 振り返る幸村は、佐助と同じようにぐっしょりと濡れてしまっており、雨で身体に張り付いたシャツが、意外と細身であることを覗わせていた。 ――目のやり場に困る。 佐助が、すい、と視線を反らすと、幸村は不安そうな顔で見上げてきた。 「よ、良かったら…」 「――…?」 「迷惑でなければ、泊まって行ってくれ」 「え?」 「…そのッ、もう夜も更けて居るしッ!雨も酷いしッ!そ、それに…家には、誰も…居ないし…」 「え?」 必死になって話す幸村の言葉を脳が理解するまでに時間が掛かってしまった。佐助は門の前で小首を傾げて固まってしまった。 何度か幸村を送ってきたことはあるが、まさかこの一軒屋に一人で暮しているとは思っていなかった。佐助が固まっている間にも、雨はざあざあと降りしきってくる。 「さす…――ッ」 気付いたらぬれた腕でそのまま幸村を抱き締めていた。互いの身体が濡れて熱さをリアルに伝えてくる。 「旦那…」 ぎゅっと抱き締めたままで耳元に囁きながら、唇に噛み付くようにして唇を重ねた。雨で滑る唇が、うっすらと開きかけた幸村の唇に思わず舌先を、ぺた、と押し付ける。 「ん…ッ、んッ?」 「あ…ッ、ごめん」 驚愕の声を上げた幸村に、思わずパッと顔を離す。すると、瞳をぱちぱちと動かしている幸村が、口元を押さえて見上げてきていた。 「あの、さ…嬉しいお申し出なんだけど、俺、今だとこういうこと、しちゃうと思うんだよね。だから…」 言いながら佐助が踵を返そうとする――すると今度は、がっしりと幸村の熱い掌が佐助の腕を掴んできた。 ――ザァ… 「いい…から…――」 雨の音に混じって、彼の小さな決意が伝わってくる。 佐助は背を半分彼に向けたまま、首だけを巡らせた。すると、髪も、目元も、びっしょりと濡れてしまっている彼が、下唇をぎゅっと噛み締めて佐助の腕を引っ張った。 幸村の申し出に甘えて、彼の家の中に入る。そして濡れた服を脱ぐと、先にと風呂場に案内された。幸い明日は休みだし、と時計の針を見てぐったりとする。 ――俺、耐えられるかな。 熱いシャワーを浴び、火照ったままの身体で、リビングに行くと、調度幸村はリビングの隣の部屋に布団を運ぼうとしている処だった。 「ほら、旦那も入っておいで」 「うむ…」 「って、ええと何で布団二客あるの?」 ずっしりとした布団の重みに小首を傾げると、幸村はぐっと咽喉を詰まらせた。そして佐助に布団を押し付けながら、俺も一緒に寝る、と呟く。 「はぁ?ええ、ちょっと…あんた、展開速いよッ」 「なななな何を誤解しているのだ!俺の部屋にはエアコンが無いから、いつも此処で…」 「あ、そう…そうなの」 がく、とあからさまに肩を落としてしまうと、幸村が今度は真っ赤になった。幸村は佐助に布団を押し付けると、ばたばた、と風呂場へと走っていってしまう。それを見送りながら、佐助は彼が戻ってくるまでのんびりと布団を敷くことに集中していった。 ――なんだか俺、凄く試されているような気がする。 それでなくても好きな人とこんなに急接近しているというのに、この仕打ちは何だろうか――踏み出したいのに踏み出せずにいると、今度は相手の方から誘惑されていくようなものだ。 佐助は持ってきていたタンブラーを、くい、と傾けて咽喉に流した。中には先ほどの残りのコーヒーが入っている。 ――あ、でも旦那、コレ気に入ってくれたよな。これ、単独でもいいけど…甘いの好きな旦那に合わせてカスタム考えてみようか。 不意にそんな風に思いついて、すう、とコーヒーの香りを深く嗅ぎこむ。そしてバッグの中から、仕事用のノートを取り出すと、かりかりとペンを滑らせて行った。 そうしてどれくらい時間が経ったのか解らずに、ふう、と息を付くと、ぺた、と頬に冷たい感触が触れてきた。 「っひゃっ!」 「佐助でもそんな声を出すのだな」 何事かと振り返ると、いつの間にか風呂から上がってきていた幸村が、ビールの缶を差し出している。よく見ると彼の方は既に口をつけていた。 「ちょ、あんたまだ未成年じゃ…」 「気にするな、気持ちだけは既に成人だ」 「あー…そうね」 自分もそういえば酒に手を出したのは未成年の時だった、と思い出して、褒められたことではないが納得してしまった。それに彼は今年確か成人を迎えると言っていた。数ヶ月なら大したことはないかと、佐助は差し出されたビールを空けて咽喉に流し込んだ。 「で、佐助は何を書いていたのだ?」 「ああ、これね。カスタムのバリエーション…って仕事の話辞めよ」 「ん?」 「俺、旦那が一人暮らしって初めて知ったんだけど」 「去年、兄上が転勤になってな…止むなくだ」 こく、と咽喉にビールを流し込みながら、幸村がソファーに凭れる。その横に座りながら、佐助はビールの缶をサイドテーブルに置くと、そろり、と肩を寄せた。 「――――…ッ」 ぴく、と彼が反応する。だが佐助は自分の方へと引き寄せるだけに留め、ことん、と彼の肩に頭を乗せた。 「雨…止まないな」 「そうだねぇ…」 幸村が沈黙に耐えかねて口羽を切る。だが佐助はそれにゆったりと応えるだけに留めて、そのまま伸び上がるようにして幸村の頬を啄ばんだ。 ――ちゅ。 「わ…ッ」 「旦那…――」 肩を竦めた幸村を、今度は自分の胸元に引き寄せるようにして腕を動かす。そして背に掌を這わせながら、ぎゅう、と抱き締めた。 「キス…――していい?」 「――…ッ」 「それも、さっきみたいなのじゃなくて。深いの」 「う…――ッ」 暫しの沈黙の後、幸村はこくりと頷いた。頷く端から佐助はぐっと幸村の頭を引き寄せる――手に、半渇きの髪の感触が絡まっていく。 「口、開いてね…」 「あ…――っ」 静かに顔を寄せて、頬にもう一度口付ける。そしてそのまま滑らせて、鼻先を触れ合わせると、ちゅ、と彼の上唇を食んだ。 ――びくん。 幸村の身体がかすかに震え、手が佐助にしがみ付いて来る。しかしそこで止める気にもならず、佐助はぐっと身体を押し込みながら、唇をこじ開けるようにして重ねた。 右に、左に、角度を変えていくと、唇が動く――うっすら開いた口の中に、そのまま舌先を滑り込ませると、かつん、と彼の歯に当たった。 ――あ、歯、噛み締めている。 「ふ…――んっ」 ぎゅう、と歯を噛み締める幸村に、佐助は舌先を伸ばして、すい、と歯茎を舐めた。歯と、歯茎の間を攻めるようにして、ぐりぐりと尖らせた舌先で愛撫していく。 ――ぷは。 一度佐助は息を吹きかけるようにして口を離すと、幸村の唇に指先を当てた。そして額を押し付けながら、間近で囁く。 「歯も。噛み締めないで、あけて」 「え…で、でも…」 「舌先、頂戴。ちゃんと気持ちよくしてあげるから…」 「――――…ッ」 指先を、くい、と幸村の口の中に入れ、中に潜んでいた舌先に指の腹で触れる。すると彼はあっけなく咽喉を鳴らした。 そしてその機会を逃すまいと、舌先を突き出しながら、ぺた、と彼の舌先に触れさせる。 ――あ、熱い。 幸村の咥内でじっとしていた舌は、予想外に熱くなっていた。佐助はその熱さにくらりと眩暈を覚えながら、自分の方へと引き寄せるようにして絡め始める。 ――ちゅ、くちゅ。 「――…ッ」 上手く絡まり始めたと思った矢先に、今度は幸村が顔を勢いよく背けてしまう。すると舌先が離れてしまい、佐助は焦りを覚えながら幸村の頬に手を添えた。 「逃げないでよ、お願いだからさ」 「や、そんな…」 「ん?」 ふるふると首を振る幸村に、額を押し付けていると、彼はゆっくりと腕を伸ばして佐助の背中に当ててきた。そして引き剥がすようにして動かして、正面から向き合う。 「手馴れたことを、言わないで…くれ」 「え…――」 「俺、コレでも、は、初めて…だから…」 ――怖い。 俯きながら言う姿に、くらりとしてしまう。こんな眩暈を彼とであって、好きになって、ずっと繰り返しているような気がする。 ――参った…なんて初心なんだよ。 恥ずかしそうに身を縮めている幸村の頬に手をあてて、そっと引き寄せる。そして佐助は彼に――再び皿のように大きく見開かれた瞳を見つめてから――微笑んで見せると、こめかみに、ちゅう、と吸い付いた。そして宥めるようにして、頬、鼻先、口の端と啄ばんでいく。 「さ、佐助…」 「ん?」 「その…擽ったい…」 「うん。旦那…俺、旦那にキス、もっとしたい」 「あ…――」 ふふ、と鼻先で笑って見せてから、再び唇を啄ばみ始めた。すると今度は幸村の抵抗もなく、口が開かれる。 ――くちゅ、ちゅ、くちゅん。 奥に逃げてしまう彼の舌先を、自分の舌先で絡め取って、強く吸い上げる。すると徐々に濡れた音が大きくなっていった。 ――熱い舌だなぁ。気持ち良い。 舌先を絡めて、歯列や口蓋を擽る。すると、幸村はその度に身を震わせた。しかし何度も繰り返していくと、今度は幸村の舌先が応えるようにして動き始めていく。それがまた嬉しくて、角度を変えて――幸村の髪に手を差し込んで、引き寄せながら繰り返していった。 ――かく。 幸村の項から背にかけて、指で撫で下ろしながら、口蓋を舌先で擽ると、急に幸村の身体が沈んだ。思わず勢いに任せて、ソファーの上に乗り上げると、倒れこんだ幸村が瞬きを繰り返していた。 「あ…あれ?」 「大丈夫…?」 はふ、と呼吸を整える幸村は、口の端まで濡らしており――てらてらと照明に光っている唇を、手の甲で拭った。 「あ、なんだか…力が入らない…」 「旦那、それ…気持ちよかったってこと?」 「きもち…え、ええええええ?」 言葉を繰り返しかけた幸村が、長い睫毛の影がぱたぱたと動くほどに、瞬きを繰り返す。佐助は彼の背に腕を差し込んで起させると、幸村の身体が佐助の方へと傾しがっていく。 ――ちゅ。 「え…」 「あ、今のはッ!勢いだ…ッ」 引き起こした瞬間、幸村から佐助の唇にキスが降ってきた。慣れていないにも関わらず、自然な素振りで触れてきた唇に、佐助は思わず指先で自分の唇をなぞってしまった。 「旦那から…」 「あ、あぅ…だ、だから…ッ」 慌てて否定しようとする幸村を、ぎゅう、と抱き寄せる。そして佐助は彼の首筋に鼻先を埋めると、はあ、と溜息をついた。 「やっべ…嬉しい」 「佐助…」 「もっと旦那とキスしたい」 佐助は言うや否や顔を起して、再び彼の唇を啄ばもうとした。だがそれを今度は幸村が阻んで、その前に、と額を向けてくる。 ――ごち。 思わず打ち付けた額が、鈍い音を立てる。幸村は自分の額を手で擦りながら、上目遣いになりつつ、佐助をちらちらと見上げた。 「佐助…その、返事を」 「え?」 「恋人になってくれるのか…と」 幸村が、ごくん、と咽喉を鳴らす。 そういえばいつも肝心なことを言いそびれてしまっている――佐助はそのことに気付いて、確認の為に幸村を見つめた。 「俺応えてなかった?」 「はっきりとは」 こくこく、としきりに幸村が頷く。 ――返事なんて決まってる。 佐助は手を伸ばして、幸村の頬を撫でると、ふわり、と微笑んだ。 「勿論、大歓迎だよ、旦那」 「――――…」 「好きです。俺と、付き合ってください」 瞳を大きく見開いた幸村が、ふにゃ、と口の端を歪める。そして瞳を眇めると、嬉しそうに微笑んだ。 「う、うむ!此方こそ、宜しく頼む」 大きく頷いた幸村を、ぎゅう、と強く胸元に抱き締める。鼻先に彼の――同じシャンプーの香りがして、佐助はそれだけでも胸を熱くさせていった。 外では雷さえ鳴り始めるほどの雨となっていたが、そんな雨音など二人の耳には届かなくなっていった。 →next 100627/100703 up |