Cheer!cafe



 甘いものは好き、でも苦いものは苦手――それが幸村の味覚の全てだった。

「Ha-ha!真田幸村、お前コーヒーも飲めないのかよ」
「ぬ…苦いのは嫌いでござる」

 学校の帰り道で、友人の伊達政宗は咽喉から笑い声を絞り出しながら言ってきた。間違っては居ないが、なんとなく気恥ずかしくてムキになって応える。だが彼は楽しそうに身を屈めて覗き込んできた。
 青味掛かった黒髪が、はらりと揺れて、切れ長の瞳が何かを企んでいるかのように歪む。

 ――こういう時の政宗殿は悪戯っ子と変わりござらん。

 今までの経験上、あまり良い思いをした試しがない。気構えながら幸村は彼をじっと見返した。

「じゃあ、お前、スタバなんて行った事ねぇだろ?」
「すたば?」
「コーヒー飲めるところ」

 今苦手だと言ったばかりだというのに、政宗は幸村の手を掴むと強引に引っ張っていった。

「ま…政宗殿ッ!待ってくだされ、某、本当に…」
「いいか?ココアとかTeaなんて頼むんじゃねぇぞ!漢ならコーヒーくらい飲んでみせやがれ」

 かかかと豪快に笑いながら政宗は足早になって幸村を引っ張っていった。幸村はどうしようもなく、ただ彼についていくだけだった。










「こんにちは〜」

 初めて訪れた店内は、幸村が想像していたものとは違っていた。セルフ形式なのがまず違う。そして立ち上るコーヒーの香りにくらくらとした。

「お決まりでしたらお伺いします」

 レジで声を掛けられて並ぶ。隣のレジでは政宗が異国の言葉をぺらぺらとつげてオーダーしているが、幸村は差し出されたメニューを見つめて固まっていた。

 ――うう、これはなんとも難解な。

「あ、あの…普通の、コーヒーは…」
「それでしたらドリップがお勧めです」
「あまり苦くないのが、いいのですが…」
「でしたらラテなんて如何でしょうか?」
「らて?」
「ふわふわのミルクフォームが乗ってて、エスプレッソショットにミルクで作ります。甘さが足りないようでしたら、ご自分でカスタムされるのも宜しいかと」

 にこやかな店員を見上げながら、幸村はじわじわと脂汗が浮いてきた。メニューはどれもパフェのように甘そうにも見えるものもある。だがそれを頼んでしまっては政宗に笑われてしまうだろう。

 ――致し方あるまいッ。

 幸村は清水から飛び降りる決意で、大きく頷いてから会計を済ませて、誘導されるままに黄色いランプの下に向った。

 ――なんとも気後れしてしまう。

 くるりと店内をみると何処も彼処もお洒落な雰囲気で、幸村は居心地の悪さを感じていた。それに始めての場所と云うものは緊張するものだ。

「ショートラテ、お出しします」
「は、はいッ!」

 思わず握っていたレシートを見つめて慌てて返事をしてしまう。するとカウンターの斜め奥から、顔を覗かせた青年がぱちりと大きく瞬きをして、少しお待ちくださいね、と仄かに口元を緩めた。

 ――うっ、タイミングが読めぬ。

 どきどきとしながら出てくるものを待っていると、先程の青年がそっと目の前のツールの上に一番小さなカップに入ったラテをだしてきた。

「ショートラテご注文のお客様」
「あ、はい!」

 幸村が手を差し出すと、その青年は――明るい髪色の人で、少し細身な印象だった――瞳をふわりと笑ませて、カップを差し出してきた。

「少し熱いので、お気をつけて」
「かたじけのうござるッ」
「苦いの苦手なら、お好みで蜂蜜とか、シュガーとか入れてみてくださいね。でもミルク結構甘いから、そのまま一度飲んでみてください」
「え…どうして」
「さっきレジで話していたみたいなので」

 遣り取りが聞こえていたのだと恥ずかしい気持ちだったが仕方ない。幸村が席をとっていた政宗を振り返って、場所を確認する。
 慌てふためきつつ、幸村はカップを受け取った。両手でそのカップを包みこみ――零さないようにと歩いていく。
ふわふわとしたミルクフォームに包まれたカップには、幸村にとっての未知の瞬間が待ち構えていた。
それが幸村が始めてコーヒーを飲めるようになった日の――コーヒーに恋に落ちた日のことだった。










 ――いつか教えてあげようか。

 新しいキャンパスに変わってから訪れるようになったカフェは、あの日初めて行ってから嵌ってしまった店の系列だ。そしてタンブラーを買おうとしていた時に声をかけてくれた人と、今では親しくなっている。
 幸村は手元にある抹茶クリームフラペのクリームにストローを差し込み、口元に運びながら、じっとカウンターの中を見つめた。

 ――佐助とはどこかで会ったような気がするのでござるが。

 はて、と首を傾げてしまう。そしてスプーンを手に、タンブラーの中を覗きこんで、ぶわ、と鼻の頭に汗をかいてしまった。

「――――…ッ」

 クリームにベリーソースが掛けられたのは見ていた――だが、そのソースが真上から見下ろすと、ハート型になっている。

 ――こ、これは偶然なのでござろうか。

 どきどきと胸が高鳴り始める。幸村は答えを求めてカウンターの中に視線を向けた。すると、伏せた顔で静かにオーダーされたものを作る佐助が見えた。
 斜に見える彼は、首が襟から覗ける位に細身で、今日は白シャツを着ている。そこにブラックエプロンを掛け、耳元をピンで留めていた。赤いランプの光の影響もあって、蜂蜜色の髪が余計に赤く見える――そして何よりも、整った顔に映る光が、やたらと艶めかしい。

 ――そういえば、この間、キス…した。

 ふわ、と朝の出来事を思い出してしまう。不意打ちでされたキスは、未だに唇に感触を残している。
 幸村がスプーンを口元に運んで、じっと彼を見ていると、はたりと視線が合った。すると佐助は他の誰に向ける視線とも似つかわない、柔らかな笑みを此方に投げて寄越した。
 そして静かに彼は自分の口元を指差してくる。
 どきん、と胸が鳴ったが見つめていると、彼は口を動かした。

 ――お、い、し、い、?

 ゆっくりと動く口元を見つめてから、幸村は何度もこくこくと頷いていくだけだった。それを見て満足そうに彼は頷くと、再び自分の仕事に戻っていく。

「…ホントにどうしよう」

 幸村はどんどん熱くなる肌に手を添えた。頬杖を付きながら口に運ぶフラペチーノは、甘くて余計にじんわりと幸せの味がする。
 幸村は空になったタンブラーにドリップを入れてもらうことを考えながら、ひたすら冷たくて甘いフラペチーノに舌鼓を打っていった。




 →next



100602/100612 up コネタ。恋に落ちた日です。