狐の恩返し 何度考えてみても、目の前で食事を摂る姿をみても、佐助には尻尾などありはしない。昼間見たのが目の錯覚だったのかと思いながら、幸村はじっと観察をしていた。 目の前で椀と箸を持って、もそもそと飯を食べる姿はいつもの佐助だ。彼自身から自分が妖の類だとは聞かされていない――それにそうだとしても、忍隊が気付かない筈は無い。 ――あやつらにしてみれば同属だしな、直ぐに匂いで解ると言っておったし。 幸村は寝支度を整えて既に布団に入り込むと、布団を半分捲って空いた場所を掌で、とんとん、と叩いた。 「佐助、此処に参れ」 「――良いけど、俺様後でちゃんと出て行くからね」 「解っておるわ。早うせぬか、凍えてしまうわ」 幸村が大仰に言うと、佐助は少しだけ訝しんで眉根を寄せ、ととと、と側に来た。そして身体を幸村の元に滑り込ませる。それと同時に幸村は布団を被らせてから、自分の腕に佐助の頭を乗せてた。いわゆる腕枕だ。そのまま身体を寄せて、佐助の茜色の頭に顎先を乗せる。 ――耳、などはないのう。 まだ疑いながらも幸村は彼の柔らかい――子ども独特の、柔らかい髪を堪能するように頬を摺り寄せた。 「旦那、くすぐったい」 「ん?暖かいな、佐助は」 「そ、そう?」 ごそごそと動きながら佐助が自分から身体を寄せてくる。幸村はそのまま子ども体温の暖かさに瞼を閉じかけそうになり、佐助の身体をぎゅうと抱き締めた。 ――尻尾…そうだ、尻尾があったがなぁ。 するすると手を佐助の細く小さな背中に這わせ、腰と臀部の付け根に沿わせる。 「ひゃっ!」 突然のことに佐助が声を上げる。だが幸村の好奇心の方が勝り、幸村はそのまま佐助の臀部をさらさらと撫でた。 「佐助…お前、尻の肉が薄いのう」 「だだだ旦那、ちょ…なに?」 いきなり臀部を触られて佐助が飛び起きそうになる。だがそれを押し留めながら、幸村はしきりに佐助の腰から臀部にかけてを撫でていった。 「身体もだが、細いし…健やかに育てよ?」 「うん…って、わあああ」 言いながらも幸村はむにむにと佐助の身体を手で弄っていく。既に尻尾を探索するよりも、細く小さな身体に不憫さが出てきてしまい、幸村は只管佐助をぎゅっと抱き締めるだけだった。だがそうしていると徐々に子どもの体温にまどろんで来る――いつしか幸村は静かに、規則正しい寝息を繰り返していった。 幸村が寝静まった頃を見計らって、佐助はそっと彼の布団を抜け出して使用人小屋に向った。すると一日の仕事を終えて寛いでいる使用人たちに出会う。 「あら、佐助ちゃん、お勤めご苦労さん」 「うん…なんか咽喉渇いちゃった…白湯か何かもらえない?」 くしくしと目元を擦りながら言うと、いいよ、と声をかけられ、いつもの座間に誘導される。気付くと目の前に炒った豆と白湯が差し出された。それを摘みながら佐助が何度か欠伸をしていると、使用人たちはこぞって身を乗り出してきた。 「幸村様はもう寝たかい?」 「今日は随分と早かったね」 みな喜色満面になりながら伺ってくるのは幸村のことだ。佐助はこくこくと頷いた。そして先程までの幸村の様子を思い出してから、はて、と小首を傾げた。 「旦那…なんか今日変だったんだよね」 「何が変だったのさ?」 ざわ、と使用人たちが身構える。佐助はそそがれた白湯を口に含んでから、こくん、と反対側に小首を傾げた。 「なんかさ…俺様のお尻ばっか触ってきててさ。もっと肉をつけろとか何とか…」 「――――ッッッッッッ!!!!!」 「そんなに俺様、貧弱かなぁ…?」 ぽり、と大豆を口に入れて皆に問うが、皆はそれどころではなくなってしまった。頭を寄せ合って、こそこそと話し合っていく。 「いいいいいよいよ、佐助ちゃんの危機だよ!」 「旦那様、やっぱりその手の趣味が…」 「あああああやっぱり幸村様もお武家様なのね…」 「くうう、小僧、ついに食われるのかぁぁ」 聞こえた言葉に佐助が、ぽとん、と大豆を取り落とす。 「え…旦那、俺様を食うつもりなの…?」 「あ」 「俺、食べても食いでないと思う…だからか!肉をつけろってッ」 ぶるぶると振るえ始める佐助に、がく、と使用人たちは四肢の脱力感を感じ、皆微笑ましい笑みを向けて行った。 「佐助ちゃん、流石に旦那様は佐助ちゃんを食べるのは無理よ」 「そうそう…」 「ででも俺様、食われるって…」 「その内解るから、ね?」 皆が生温い笑みを浮べる中、佐助が今度は居ても立ってもいられないほど動揺する羽目になった。そしてこの相互の誤解が、後に影響を及ぼすなど、この時の佐助には推し量ることは出来なかった。 →next 101010/101031 up |