狐の恩返し



 佐助は使用人たちと一緒になって茶碗を手にしながら、周りの様子を伺いながら胃袋を満たす。使用人たちはあれこれと話を繰り出してくる。佐助は一番末席でちまりと身体を縮めながら、もくもくと口を動かしていた。

「忍隊のほら、あの人!最近見ないと思ったらお仕事みたいよ」
「へぇ。忍隊といえば、半分は妖だろう?それがごっそり居ないとなると…」
「でも残った忍だって、あたしたちとは違うさぁ」

 佐助がこの屋敷に来たときから忍隊という者達がいるという事は解っていた。最初はこの変化した姿も直ぐに気付かれてしまうだろうと、半ばびくついていたのだが、折り良く妖達が出払っていた。その為に佐助はまんまと居座ることに成功している。

「そういえば佐助ちゃん、ちゃんと食べている?」

 急に矛先を向けられて、びくん、と佐助が肩を揺らした。すると体格の良い中年の使用人が横から佐助の背中を叩く。

「なんだぁ、坊主!がりがりじゃねぇか。もっと食え、なッ」
「あ、ありがと…ございます」

 ばんばん、と背中を叩かれながらも、茶碗には飯が放り込まれる。佐助はそれをありがたく口に運ぶと、目の前の使用人たちが微笑ましいものでも見るように眺めてきていた。

「え…な、なに?」
「いやぁ、佐助ちゃん、幸村様とはどう?」
「どうって…?」
「野暮なこと聞くなぃ。なぁ、坊主!」
「――…?」

 目の前の女性達はきょろきょろと視線を彷徨わせる。ついで言えば隣に座っている男達もそうだ――しかし佐助は訳が解らず小首を傾げた。

「佐助ちゃん、無体なことされてない?」
「幸村様も良い御歳なのに中々奥方をお迎えにならないし」

 ぐほっ、と思わず佐助は米粒を吐き出しそうになった。勿体無いから吐き出すのは辛うじて推しとどめたが、ぼんやりと自分と幸村の関係を疑われているのだけは解った――だが仔狐、その真実は理解してはいない。

 ――皆、俺様が苛められていないかって疑ってるのかな?

 佐助は一生懸命に考えて、ごくん、と米を飲み込むと「あのね」と目の前の使用人たちに語りかけた。

「俺は幸村様、好きだよ。だって優しいし、俺を此処に置いてくれたし!だから…」
「皆まで言うな、な?小僧っ子」

 ぽんぽん、と横から使用人の男に頭を撫でられる。ついでに茶碗の中に漬物が放り込まれる。ぽりぽりと素直にそれを齧っていると、今度は皆が柔らかく噂話を始める。

「幸村様、佐助ちゃんがお団子持って行くと凄く嬉しそうにされるのよ」
「…旦那が団子で嬉しそうなのはいつもと変わらないと思うけど」

 ぼそぼそと呟くが既に皆はあまり相手にしてくれない。それもその筈で此処で一番の若手といえば佐助くらいしかいない。

「しかし本当にこいつが来てから、幸村様、愉しそうだよなぁ」
「え…――」

 不意に斜め前にいた使用人の男が呟く。その声に佐助は、ぴん、と反応した。すると他の使用人たちも大きく頷いていく。その様子を見ていながら、佐助の胸にも暖かいものが込み上げてくる。

 ――俺、幸村様の…旦那のお役に立ててる、のかな?

 皆が認めてくれるのなら、そうなのだろう。何処か誇らしく感じながら、佐助が茶を啜り始めると、途端に外から聞き慣れた声が響いた。

「佐助――ッ、居らぬか、佐助ぇ?」
「旦那が呼んでる…皆、俺行くね」

 佐助は残っていた茶を飲み干すと、すっくと立ち上がった。そして自分の茶碗をてきぱきと片付けると使用人部屋から飛び出していった。

「いつ、幸村様の声が聞こえたのかね?」
「さぁ…耳が良い子だから聞きつけたのかもよ」

 佐助が飛び出して行った後、使用人たちは小さな後ろ姿を見送りながら、口々にそんな話題を上らせていった。










 佐助は飛び出すようにして使用人部屋から出ると、幸村の元に走った。庭を突っ切った方が近いのは解っている――身軽な身のこなしで、ひょい、ひょい、と庭先を駆け抜け、幸村の部屋の前に辿り着いた。縁側から乗り上げて部屋の中を窺う。

「旦那、お呼びですか?」
「おお、入ってまいれ」

 外から声をかけると、幸村は上座に座って書物を読んでいた処だった。言われるままに縁側から中に入り込むと、幸村の前に進み出る。

「そうではない、もっと側に来い」
「え…でも、もう十分に…」

 幸村の前に座りながら小首を傾げると、幸村は首を振って手招きしてくる。それに合わせて立ち上がって側に行くと、もっと近づけ、と言われる。気付けば後少しで幸村の膝にぶつかるという程に近くに来ていた。

「佐助」
「――…」

 ぽんぽん、と幸村は自分の膝を叩く。たぶん其処に座れという意味なのだろう。だが流石に主の膝に乗る使用人と云うのはどうだろうか――佐助が躊躇っていると、幸村は嘆息し、強い力で佐助の腕を引っ張った。そしてまんまと佐助を抱え込んでしまう。

「旦那…あのさ、俺、これでも使用人だから」
「書物は好かぬ。眠くなってしまっての…」
「また我が侭…」
「佐助は字が読めるか?」
「――…少しなら」
「ならば某が教えてやろう」

 幸村はそういうと佐助を膝に乗せ、頭の上に顎を乗せると、ぱらり、と書物を捲った。佐助はそれを見上げながらも背中に触れる幸村の暖かさに、ほんわりと頬を染めていった。

 ――旦那、本当に優しいなぁ。

 この人の側に居たい――そう願った自分に間違いはなかったのだと、佐助はそう思いながら、柔らかい幸村の声を聞きつつ、一緒に書物を開いていった。







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