狐の恩返し



 仔狐は人に化けることを覚え、真田幸村の屋敷で働くことになった。出計らっていた家人達は、帰ってきたら主が膝に小さな子どもを乗せているのをみて、あれこれと詮索したが幸村はただ「佐助と云う。皆も宜しくな」とそれだけ言うと、ぽん、と皆の方へと彼を紹介するきりだった。

「…あ、一番鳥が啼きそう」

 ぬくぬくとした布団の中で夜の終わりを感じる。使用人用の部屋が調度一杯だったこともあり、佐助は小さな部屋の一角で一人で寝ていた。だがこれは佐助には好都合だった――実はまだ幼いこともあり、寝ているときまでは変化を続けていられない。いつ狐だとばれるか解らない。その為もあって、小さな身体を布団の中にすっぽりと収めて休むことが殆どだった。

「旦那を起こす前に、今日のご飯…ぬか漬けと味噌漬け…お魚…」

 もそもそ、と布団の中に潜り込みながら佐助は考える。そして自分の尻尾を布団の中で、ぱくん、と咥えるとくるくると廻った。

 ――むく。

 布団が少しだけ浮き上がる。

「よし起きるッ!」

 布団が膨れると直ぐに佐助が顔を覗かせ、ううん、と背伸びをした。勢いよく起き上がってから布団をさくさくと片付けて、戸を開け放つ。まだ一番鶏も啼いていない――だが直ぐにでも啼くだろう。東の空が少しだけ白んでいるのを見て、佐助は庭を見回し、そのまま草を掻き分けて山に向って走っていった。








 そろり、と幸村の部屋の前に足を伸ばし、中の気配を窺う。どうやらまだ幸村は寝ているようだ。乱れない呼吸と、控えているだろう忍の気配が僅かにするだけだった。

「――…」

 忍の気配には佐助が姿を表すことでご退散願う。そのまま佐助はそろりと中に声をかけた。

「旦那、旦那、朝ですよ〜」

 小声で告げるが中からの返事はない。もう一度同じように声をかけても全く返事がないので、佐助は戸をゆっくりと開けて中に入った。僅かに外とは違う温もりのある部屋に、戸をあけて新しい空気を取り込む。
 ととと、と心なしか足音を消して近づくと佐助は幸村に向って――口元に手を添えて、声をかけた。

「旦那、起きてくださいよ。朝ですよ〜」
 しかし幸村の反応はない。どうしたものかと、その場にすとんと腰を落とした。
「旦那ってば起きないなぁ…」
「――……」

 じっと見つめていると、昔彼に抱き締められて眠っていた時のことを思い出す。やたらと熱い体温で、ぬくぬくとした心地よさにいつも瞼を開けるのが勿体無かったものだ。

 ――お布団の中、すごく好きだったんだよねぇ。

 彼が冷えないようにと小さいながらに身体を丸めて、彼が褥にくるまで暖めていたこともある。そうしていると彼は両手で佐助を掬い上げて「いい子だな」と言いながら抱き締めてくれたものだった。

「ふあ…ねみぃ…」

 思わず出てしまった欠伸に、くああ、と口をあける。

 ――ぬぅ。

 気を赦してしまっていたといえばそうだ。下から伸びてきた腕に気付かず、欠伸をし終わると強い力で引き寄せられた。

「うああああ、って…旦那?」
「おはよう、佐助」
「ちょっと、起きてたなら…」
「硬いことを申すな。もう少し休もうぞ」

 幸村は強い力で佐助を抱え込むと布団の中に引き寄せてくる。すると今の今まで幸村の体温によって暖められていた布団が、同じだけの温もりをもって誘惑してくる。

 ――気持ちいい…眠く…って駄目!

 ふわりと誘惑に負けそうになるが、そうも言っていられない。佐助は今はここの使用人、そして人間としての役割もしっかりと担っているのだ。狐のときのようにただ甘えているわけには行かない。
 佐助は幸村の腕の中でじたばたと動きながら、彼を起こすことに専念し始めた。

「駄目だってば!もうご飯来ちゃいますよ」
「後でも良いではないか」
「駄目。俺様朝から、わざわざお魚獲ってきたんだからねッ」
「――…ッ」
「旦那?」

 佐助が朝餉について告げると、ぴたりと幸村が動きを止めた。どうしたのかと見上げると、彼は佐助をじっと見つめてから、ふん、と気合を入れて起き上がった。

「朝も早くからすでに魚を獲りにいったのか?」
「え…う、うん。山に行って来て…」
「ならば相伴に預からなくてはな」

 ――ぽん。

 幸村の大きな手が佐助の頭に乗る。そして褒めるように、ゆっくりと優しく撫でていく。彼の掌の感触を感じながら、佐助は「じゃあ早く支度しちゃってください」と幸村を急かして行った。






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