ステレオ・ハニー 久々に皆と酒を酌み交わしていくと、ふと佐助の姿が無いことに気付いた。 幸村が周りを見回す間に、そっと六郎が隣から盃に酒を注いでいく。そのまま去りそうになった腕を掴んで、佐助は何処だ、と聞くと彼は、さあ、と小首を傾げていった。 ――佐助が居ないと成ると、つまらぬではないか。 ふう、と並々と注がれた酒の水面に息を吹きかける。日頃の働きへの労いのつもりで始めた酒宴だというのに、一番労いたい相手が居ないのだ。 「小助、こっちに来いッ」 「はい?」 手招きをして小助を呼びつけると、幸村は彼の腕を引っ張って「舞うぞ」と音頭を取っていった。 二人で舞い終わると今度は他の勇士達が踊りだす。酒を呑んでから動くとどうしても回りが早くなるというものだ。 ――かた、り どさ、と上座に戻って座り込むと、傍に小助がへなへなと腰砕けになりながら座り込んだ。くるりと視線を回りに注いでいく。 「遅かったな、佐助」 「ごめん、ごめん…――ちょっと梃子摺ってさ」 まだ忍装束のままの佐助が、額宛を外しながら隅に座り込む。その横には才蔵が居る。 ――やっと来たと云うのに、どうして某の元に来ない? む、と幸村が眉を顰めて奥の――戸に寄りかかっている佐助に視線を投げるが、佐助はそれに気付いているのか、才蔵に隠れるようにして盃に手を伸ばしていった。 ――何故、此方に来ぬのだ? 幸村が盃を重ねる間にも、何度も佐助の方へと視線を流す。だが佐助は才蔵の隣に座ったきり、動こうとはしなかった。 「――――ッ!」 目の前で他の者達が酔い潰れて行くのを見送り、そうして床に小助が転がったあたりで、幸村はやっと腰を上げて下座に座る佐助の元へと向かった。 佐助の隣には才蔵が居る。 「佐助、還って来たのなら、何故云わぬ?」 「あ、旦那ぁ、只今」 すとん、と佐助の前に座り込むと、佐助は膝を抱えてちびちびと酒を舐めていた。幸村が声をかければ、ひらり、と手を振ってみせる。 「応えになっておらぬぞ」 「報告したいのは山々なんですけどね、皆無礼講だし…水を注すのも気が引けるじゃないですか」 幸村が佐助に酒を勧めると、佐助は腕を伸ばしてそれを受け、そのまま咽喉に流し込む。だが足を抱え込む姿は変わらない。 「一応、これでも忍隊の長なんだし。ほら、あんまり存在を誇示しない方がいいじゃない?部下たちが寛げるにはさ」 ――だろ、才蔵? 佐助が寄りかかる才蔵に矛先を向けると、幸村もまた才蔵に視線を注ぐ。だが才蔵は、ひょい、と二人の視線を流しこむと立ち上がった。 「才蔵…何処へ行く?」 「もうそろそろ私も休みます。小助も潰れていますし」 床に転がっていた小助をひょいと抱えあげると、才蔵は戸のほうへと向かった。そして出て行きがてら、佐助、と呼びかける。 「云い忘れていた」 「何?」 「主はお前が居ない間、つまらなそうに酒を煽っていたぞ」 「――――ッ!さ、才蔵ッッ」 「どうぞ、幸村様。今宵はお好きになさいませ」 ふ、と不敵な笑みを浮かべると才蔵は闇に消えていく。後を引くように、小助のいびきが響いていた。 「――俺様いなくて、つまらなかったの?」 「斯様なことはない。とにかく、呑め」 「うん…」 結局差し向かいで二人で酒を煽りだす。何となく気恥ずかしくて、無口になりながら互いに盃を重ねていった。 ただ黙々と酒を煽り続けていると、佐助の膝が折れて床にぺたりと座ってきた。 「旦那ぁ、旦那は俺様を何だと思っているわけ?」 「そんな事を今更言わせるのか」 くい、と注がれた酒に口をつけながら逆に問うと、佐助はつまみに用意していた乾き物を口に咥えて、眉根を寄せた。 「云ってくれなきゃ、わからない事って言うの、あるでしょ?」 「…佐助」 「何よ?」 すい、と幸村は自分の盃を下ろした。正面から見ても佐助に変わりはないが、少しの違和感を感じる。 ――これは… 見ている分には変わりはなくとも、少しだけいつもの佐助と違う。だがそれも珍しいことだ。幸村は膝の上に盃を下ろしたまま、じっと視線を彼に向けた。 「お前、酔っているな?」 「酔ってないよぅ」 ふ、と口元を緩めて佐助が反論する。だがその反論こそ、舌が回りきっておらず、ころりと語尾が揺れる。 ――隠しているつもりなのだろうな。 手酌で幸村は自分の盃に酒を注ぐと、そのまま口をつけていく。 「いいや、酔ってる!酔っ払いには言わぬ」 「何それ!」 指を指して佐助が声を荒げる。そうこうしている内に、佐助は着ていた装束の上を、ぽい、と横に脱ぐ――床に放り投げられた服が、重厚感のある音を立てたのは聞き逃すことにしておく。 佐助は四つん這いになって身を寄せてくる。間近に鼻先を突きつけ、佐助は左の眉だけを下げてみせた。 「旦那さ、俺様を何だと思っているわけ?」 「まだ聞くか」 「だって気になるじゃない?」 「――…」 ずるずると膝を寄せて佐助は幸村の近くに来ると、再び座り込む。行儀が悪いといえばそうだが、右の膝を立て、その上に肘をつく。そして幸村に人差し指を向けてきた。 「それとなく、気を持たせるのが巧いんだよ、旦那は」 「何をほざくか。それを云うのなら、慣れているお前じゃないか」 「俺様?」 意外とばかりに佐助が首を伸ばす。 ――まったく無意識なのか。 幸村は不貞腐れたくなるのを抑えながら、誤魔化すように盃に口を付け続ける。勿論ひとりで杯を重ねるのは面白くないので、その度に佐助にも薦めている。その分、佐助は幸村に付き合って、どんどん酒を煽っていた。 だが、顔にまったく酔いが出ないのが、運の尽きとしか言いようがない。幸村が唇を尖らせて不満そうに顔を背ける。 「誰にでもいい顔などしおって」 「俺様そんなことしてないよ。ターゲットは一人だけだけど?」 ばし、と佐助が自分の膝を叩いてから、指先を再び幸村に向けてくる。下から突き上げるように見上げられ、幸村は挑まれたかのような気分になった。知らず返す言葉も挑戦的になっていく。 「ほう?それは誰か聞いてみたいな」 「聞きたいわけ?」 「云えるのならな」 ふん、と胸を張ると佐助が「うへぇ」と厭そうな声を上げた。 ――すい。 「――そういう可愛くないこと、云う口は…」 「え…――」 だが気付けばすぐに幸村の頬に手が伸びてきていた。その掌に頬を包まれたと思った瞬間、唇に佐助の唇が重ねられていく。 「――――…」 触れた時と同じように、ふい、と引き離されると、幸村は自分の唇に――今の佐助の唇の感触を確かめるように――人差し指と中指を触れさせた。 してやったり、と得意気に此方を見つめている佐助に、ふう、と幸村は大仰に溜息をついた。 「なんだ、此れだけか?」 「ちょ…そんなこと云うわけ?」 ――いつもなら、もっと慌てるでしょ? 佐助が意外そうに肩を竦める。本当は心臓が、とくとく、と早鐘を打ち始めているのに、幸村は悟られないように深く息を吐くことで誤魔化していく。 いつもならそんな幸村の演技になど気付くはずなのに、佐助は気付かない。 ――やっぱり酔っている。 「もっと期待した某が馬鹿だった」 「何その期待って?えええ?期待されてたの、俺様?」 「しなくてどうする?」 佐助の咽喉が、こくり、と動いた。そして先程とは違って、少し抑えた声音で幸村を誘い出す。 「だったらさ、こっち…もっと来てよ」 「面倒だ…」 「あんたねぇ…よ、っとと」 云い様に佐助は立ち上がり、よろ、とよろけた。だがそのままの千鳥足で幸村の直ぐ横にくると、向かい合うようにして――というよりも、幸村と同じ位置に身体の向きだけを向かい合わせるようにして座り込んでくる。 「佐助、足元が覚束ないぞ」 「いいじゃな〜い?」 ――とん どさ、と座り込むと勢いで佐助は幸村の胸元に体当たりしてくる。酒が零れるとばかりに、幸村が右手を上に上げて回避すると、それを良いことに腰に腕を絡めてしがみついてきた。 「佐助、某の胸にしがみついてどうするというのだ」 「んー?甘えさせてよ」 「甘えたいのか?」 「たまにはさぁ…俺様にご褒美くれてもいいじゃない?」 「いつもあげている気がするんだが」 ちび、と盃の酒を舐める。胸元でもそもそと喋られると、熱い吐息が吹きかかり何だかこそばゆくてならない。幸村は左手を持ち上げ、佐助の肩に手を添えると居住まいを正すように――佐助の頭を膝に乗せるようにして動く。 「もっと頂戴よ。これだけ旦那を思っているのにさ、あんたときたら他に色々大切なものがありすぎて目移りするじゃない?」 幸村の膝に頭を乗せ、腰にしがみついて身体を丸める佐助の膝が、幸村の腰にこつりとあたった。完全に囲まれてしまっているような状況だ。 ――くしゃ 左手だけで膝の上の佐助の頭をなでる。柔らかい感触に、まるで猫を膝に乗せてなでているような気になって、ぐりぐりと何度も撫でていった。その合間にもちびちびと盃を空けて行く――全く酔わない自分もどうかと思うが、常日頃乱れない佐助が変容している様が楽しい。 「ふふ〜、気持ち良いなぁ。もっと撫でて」 「猫か、お前は」 「俺様、猫じゃないよ」 「――…」 くしゃり、と琥珀色の佐助の髪を指に絡ませると、ぎゅう、と腹に佐助が顔を摺り寄せる。 ――猫にしか見えぬ。 ふふ、と笑いながら膝の上の佐助をなでていると、佐助はぐりぐりと幸村の腹に顔をこすり付けてくる。 「どっちかというと狗。あんたにだけ尾を振る狗だから」 ――捨てないでね。 「好き勝手云いおって…」 ふう、と途端に佐助の身体の力が抜け、重さが増す。そして動きが止まったことに上から覗き込むと、佐助は瞼を閉じていた。 「捨てるわけ無かろうが…」 ――安らかな顔をしおってからに… こんな佐助は見たことがない。酔いどれる姿や、寝入る様など、長年一緒にいても早々見てきたわけではない。 ――それほどに疲弊させていたのだろうか。 忍は酷使するものだと、知らない内にそう差し向けてしまっていたのかもしれない。幸村は盃を横に置くと、両手でそっと佐助の頭を抱え込むと、上に仰のかせた。 指先でそっと顔に掛かる髪を撫で上げ、眉に触れる――瞼に触れる、頬にと触れていく。 ――可愛い。 ぽつん、と幸村の胸にそんな言葉が落ちてきてしまった。自分よりも年上で、そしていつも傍に居てくれる存在なのに、愛らしく感じて仕方ない。 ――起きてくれるなよ? ふ、と身体を屈めてそっと佐助の額に唇を押し当てた。そのまま佐助が目を覚まさないのを良いことに、ん、と小さく息を継ぐと今度は彼の唇に自身の唇を押し当てる。 ――ちゅ、ちゅ… 小さく離れるときに口付ける音が名残を惜しむように響く。 「んー…?何、旦那」 「しぃ…」 薄っすらと目を開けた佐助に、掠れた声で制止を促がす。そして少しだけ開いた唇の合間に舌先を滑り込ませた。 「ん、――ッ?」 驚いて佐助の身体がびくんと跳ねる。だが次の瞬間、今度は彼の腕が伸びてきて幸村の頭を強く引き寄せてきた。 「ふ…――っ、ん、んん?」 ――ぬる、る、 絡みきれない舌が、先が触れ合うたびに擦れて離れていく。そうすると再び絡めとろうと動き出す――それの繰り返しだ。 ぷは、と唇を離すと真下で佐助が舌なめずりをしたのが目に入った。そして両腕を伸ばして、ぐいぐい、と幸村の頭を引き寄せてくる。 「もっと顔寄せて」 「さ、さすけ?」 「それじゃあ、舌、絡めきれないから、もっとこっち」 「あ…」 「ほら、口開けてよ」 彼の誘導に乗せられて顔を近づける。そして鼻先が触れる瞬間に、ぐっと強く引き寄せられた。 「此処まででいいよ、俺様にかぶさってきて」 「っ、ん」 膝に佐助の頭を乗せている状態で、ぐぐ、と上体を沈み込ませると、どうしても腹が圧迫されて呼吸がしずらくなる。 「辛い?この体勢…」 「それほどでは…」 「辛いなら、いつもみたいに俺が上にいくけど」 「いい…」 見上げながら佐助がしっかりとした視線を向けてくる。少しだけ酒気を帯びて紅く染まった目じりに、じわり、と背中が熱くなってくる気がした。 幸村は腕をぐっと佐助の頭の下に入れると彼を床に下ろす。そして乗り上げるようにして佐助の上に自分の身体を寄せ、そのまま佐助を見下ろすと、自分の髪がふわりと肩から滑り落ちて佐助の顔に掛かった。 「あ、済まぬ…」 「いいよ、俺、旦那の髪好きだし」 くすくす、と咽喉の奥で笑いながら両腕を伸ばして佐助が幸村の髪を纏めあげる。 「ふふ〜、旦那、ちょっとかっこいいね」 「――?」 「男の顔してる。俺に欲情してるでしょ?」 「なななな…ッ」 幸村が途端にどもっている間にも、佐助は「よっ」と勢いをつけて足元を動かし、両手で幸村の腿に手を添えた。そのまま、する、とそけい部に向かって滑ってくる。 「ん…――ッ」 「いいよ、ちゃんと気持ちよくしてあげるからさ」 ――たまには俺に乗ってくるのもイイでしょ? 揶揄をこめて佐助が口の端を吊り上げる。ぞくぞく、とした感触が触れられたところから広がっていく。 「佐助ぇ…――」 「なぁに、旦那?」 「おかえり」 ぐっと身体を沈みこませて佐助の耳元に噛み付きながら云うと、うん、と佐助は頷いた。そしてそのまま幸村の帯を器用に振り解くと、互いの熱を絡ませていくだけだった。 翌日、全く覚えていない佐助が、才蔵にからかわれて慌てふためいて、勢いで「責任取ります」と先走ったのは、また別のお話。 →2 ※R18※ 090921 絵茶での産物でございます。長くなってしまった… |