Cage



 黒煙と硝煙の中から咆哮が響き続けていた。炎の中の彼に、その時初めて戦慄を覚えた。



 上田に戻ってから療養を言い渡されて数日が経過していた。だが最初の三日間はほぼ幸村は寝たままで、起き上がることもなかった。
 それを傍らで眺めつつ、速く目を覚ましてくれ、と額を撫でながら思った。だがそれも目を覚ますまでの事――目を覚ましてしまえば、手がつけられなかった。

 ――がたんっ。

 桶に水を張って持ってくると障子の中から盛大な音が響いた。佐助が勢い良く障子を開け放つと、其処には立ち上がりきれずに倒れた幸村が呼吸も荒く、此方を見上げていた。

「何やってんのさ、旦那ぁ」
「佐助、速く支度を…――」

 ずる、と這う姿のまま、幸村は何度か目を擦り――息を切らしながら言う。佐助はそれを見下ろしながら、膝を折るとその場に桶を置いて幸村に手を伸ばす。

 ――ぱし。

 助け起そうとした手を、幸村は軽く振り払った。そして焦点の合いきれない瞳で睨みつけてくる。

「あんたね、自分がどういう状況か解ってんの?」
「それでも俺は、俺はお館様の元に…」

 ――正直、呆れる。

 はあ、と溜息を付くと佐助は幸村の額を、とん、と突いた。

「あ…――?」

 それだけで幸村の身体が背後に倒れこむ。とさん、と布団の上に再び倒れこむと、幸村の長い髪が褥の上に広がった。
 佐助は立ち上がりながら、一度その様子を冷ややかに見下ろすと、障子の元に行き、たん、と音を業と立てて障子を閉める。
 今の幸村には――音で物を示すしかない。障子を閉めて、後ろ手で入り口を閉じると、鉢金を外しながら傍に歩んで行く。

「そんな状態じゃ、むしろ足手まといだ」
「まだ戦える。俺は、まだ戦える…――ッ」
「だから万全の状態の時にしてよ」
「そんな悠長な事を言っていられるかッ」
「あんたの他にも武将はいるでしょうが」
「俺が…俺が行かねば――…ッ」

 ふるふると小刻みに揺れる身体を押して、幸村が再び布団の上に上体を起しながら言う――まだ戦える、この命を懸けても、としきりに言うのを聞くのももう何度目かになっていた。身を乗り出して再び、出陣の用意を、と言い募る幸村に佐助は、ごめん、と内心では思いながらも、腕を振るった。

 ――パンッ

「いい加減にしなよ、旦那」
「――――…ッ」

 叩かれた頬に、一瞬だけ瞳をぱちりと動かして幸村が首を巡らせる。そして、唇をきゅっと引き結んだ。

「あんたね、毒に中てられてまだ痺れが残ってるんだよ?それにその両腕…」
「――……」

 指を指して示す先には、包帯に巻かれた幸村の両腕がある。それを指し示すと幸村もそれに気付いて自分の両腕を見下ろした。

「火傷、してんだよ。それで槍握れるの?」

 あの戦いの中――毒の煙幕に撒かれながら、それを振り払おうとしていた彼の腕は、槍もろともに火焔を飲み込んでいた。
 背後から首根っこを掴んで引き上げた時には、幸村の身体の熱さに焦ったくらいだった。
 幸い、腕は酷い火傷ではなく表面を焼いただけで済んでいた――だが、もしかしたら少し痕が残るかもしれない。

 ――まぁ、傷跡なんて気にする玉じゃあないだろうけど。

 包帯に包まれた両腕を――両手を握りこむと、幸村は一瞬眉を下げて幼子のような顔を見せた。だがそれを振り払うように瞼を落とすと、次の瞬間には先ほどと同じ、闘志をむき出しにした強い眼差しを向けてくる。

「話にならん…お前がどう言おうと俺は行く」
「行かせない」

 立ち上がる幸村の腕を掴んで、ぐっと引き寄せた。すると幸村は片腕を佐助につかまれたままで、振り返った。

「お前の制止など…――」
「行かせる訳にはいかないよ、ねぇ…旦那?」

 ――ひゅ

 ぐん、と腕をひっぱり、片腕で幸村の足元を掬う。すると再び幸村の身体は布団の上に見事に引き倒されてしまった。

「くッ…――ッ」

 どさん、と倒れた衝撃に幸村が眉根を寄せる。掴んでいる腕をそのまま放さずに引き上げ、佐助は幸村の腹の上に跨るようにして乗り上げた。

「馬鹿みたいに死に逸らすわけにはいかないんだよ」
「どけ、佐助ッ」

 幸村は腕を大きく動かして佐助を押しのけようとする。いつもならばそれも容易く出来るだろうが、今の幸村にはそれだけの腕力も残っていない。
 振り上げられた腕をいなし、佐助は両腕を片手で纏め上げると幸村の頭上に縫い付けた。そして自分の身体を沈ませていく。

「大人しくしててよね。まぁ…旦那には大人しくしているなんて無理かもねぇ」
「――…ッ」

 ぎり、と間近で幸村が睨みあげてくる。ふうふう、と吐き出される吐息が熱い。

 ――まだ熱もありそうだな。

 空いている片手で幸村の顎から頤に触れる。すると幸村は佐助の手の動きに、ぴく、と反応した。

「――そうだなぁ…口で言っても大人しくしない旦那には…」

 其処まで言うと、佐助は身体を沈ませて幸村の唇に吸い付いた。触れる場所は熱い。幸村は瞬間に驚いたように瞳を見開いたが、直ぐに慣れた――慣らされた所作に自然と唇を自ら開く。

 ――する。

 開かれた唇の合間に舌を差し入れかけ、ふ、と佐助がそれを引っ込める。待ち構えていたかのように舌を少し差し出してきていた幸村は、こくん、と咽喉を鳴らして口を閉じた。

「あ、噛まないでね」
「ん…――」

 言い様に再び唇を重ねる。重ねながら、徐々に先程までの焦燥に駆られた幸村の呼吸が、甘い色を含んだものに変化していく。

「佐助…――こんなことをしている場合では…」
「いいから」

 する、と片手で幸村の帯を振り解きながら、佐助はリズム良く幸村の唇を啄ばんで行く。ちゅ、ちゅ、と何度も吸い付き、離れ、それを繰り返していく。
 纏め上げられている手の先で、幸村の包帯に包まれた指がその度に何かを掴もうとするかのように、ぴくぴくと動いて行く。

 ――たぶん、腕、回したいんだろうけど。

 眇めた瞳を先でそれに気付きながら佐助はそれでも腕を放さなかった。

「こんな、ことをしている場合ではない…俺は、まだ…戦える」
「まだ言うの?」
「だから退けと…さす…――っん」

 往生際悪く幸村がせがむ。それに少々、苛つきを感じながら佐助は帯を器用に手に絡ませると、纏め上げていた幸村の両手首に巻きつけた。その合間にも口付けを交わして行く。そしてそのまま上半身を引き上げ、向かい合うようにして座り込む。

「こんな時だからだよ。むしろ、今、やらないと」
「――……?」
「今、ね」

 間近で吐息が触れ合う。帯が振り解かれたせいで、幸村の肌が触れてくる。それを感じながら、帯で結び揚げた腕を自分の首に引っ掛けると、佐助は指で幸村の口を押し広げた。

「んん…――っぐ」
「はい、ちゃんと飲んで」

 指が急に口腔内に押し込まれてくる。その衝撃に押し返そうと幸村の舌先が動くが、舌先を捕まれて更に奥に押し込まれる。
 そうされると、えづくしかなく「うえっ」と何度も幸村は咽喉を鳴らした。だが何度目かにして、ごくり、と嚥下される。
 げほげほ、と噎せこむ幸村を抱きしめながら佐助が耳元で囁く。

「傷つけないよ」
「――う、っえ」

 噎せ込み、涙目になっている幸村の背中を摩りながら、耳朶を甘噛みして佐助が囁く。

「気持ちイイだけだから」
「な、何を…――」

 彼の言葉に――舌先に残る厭な苦味に、幸村が訝しげに眉根を寄せた。その頬を包み込んで、ちゅう、と正面から唇に吸い付くと佐助は幸村に笑顔を見せた。

「抱き潰すくらいが、調度良いかもね」
「何を…――ッ」

 さぁ、と血の気が引いた。
 甘い睦言とは違う声音だ――佐助に飲まされたものの正体も教えてくれない。その事に恐怖のようなものが競りあがってきて、動悸がしてくる。
 だが幸村のそんな状態を知ってか知らずか、佐助の瞳がすうと眇められる。そして彼は、ぺろり、と口の端を舐めた。

「俺達がよく使う薬…――まぁ、有体に言えば拷問用?身体に害は残らないから」
「な…――ッ」

 耳朶に甘く囁かれる言葉に、ぞっとした。
 忍がよく使う薬――それなりに強いものだろう。それに拷問用ときたものだ。怯えないほうが無理とも言える。今のこの痺れを伴う身体にも、それは強く作用してくるだろう。
だがそれよりも、低く押し込められたかのような佐助の声が耳朶に注がれるたびに、ぞくぞく、と背筋に戦慄が走って行く。
 まるで抱き合っている時のように、動悸が激しくなり、彼の指先の動きにやたらと敏感に反応してしまう。
 幸村が何が何だか解らないという風体で、は、は、と小さく息を乱して行く。

「ほら、もう反応してきたんじゃないの?」

 ――ぎゅう。

 くすくす、と咽喉の奥で笑いながら佐助は直に――向き合って座っている幸村の股間に手を伸ばすと、躊躇うことなく陰茎を握りこんだ。

「――……ッ」

 びくん、と下肢が揺れる。それでなくても向き合って座り、胡坐をかいた佐助の腰に自分の足を絡めている状態だ。二人の腹の間にある自分の陰茎を見下ろして、かあ、と顔に血が上った。

「元気いいねぇ、旦那のここ」
「い、言うな…――」

 佐助から離れようと背を必死で丸めるが、絡まっている身体を彼が引き剥がさせるはずも無い。その合間にも佐助の指が陰茎を擦りはじめる。

 ――ぐちゅくちゅ、くちゅ、

「は、…あ、――――っん、ん」

 直ぐに濡れた音が耳に届き、余計に恥ずかしくてならなくなる。逃げようと腰を動かしても、その度に佐助の指と手が引き寄せてきてそれを赦さない。

「や…――だ、駄目、だ…」

 少し触られただけで可笑しいくらいに腰が揺れる。ずんと腰が重くなり、果てが近づいていることに気付く。こんなに速く彼の手に達かされることなんて今までなかった。
 ぐるぐると色々考えも回ってきて、どうにもならない。

「いいよぅ、達って」
「ふ……――ッ」

 ――ぶるっ

 佐助の誘いと共に、幸村が身体を大きく震わせて。それと同時に腹の間に、熱い感触が落ちてくる。
 は、は、と呼吸を荒くしながら瞳を見開いて正面の佐助を見ると、佐助は濡れたままの指先を見せ付けるようにして舐めて見せた。

「あ…や、やめろ、佐助」
「何で?」

 俯いて佐助を見ないようにして言うと――いざ言葉にすると羞恥が降ってくる。ぼん、と音を立てそうな勢いで身体が熱くなる。

「そんなの、汚…――」
「そんなことないでしょ。でも、快かったんじゃない?」

 ぎゅ、と再び佐助の指が陰茎に絡まる。それを俯いていたせいで思い切り見てしまうと、今達したばかりというのに、再び其処は頭を擡げてきていた。

「え…――」
「気付いた?これね…」

 ――催淫剤の一種なんだわ。

 くく、と咽喉の奥で笑う佐助が悪魔のように思えた。そして幸村が乱れる呼吸に、乾いた咽喉を動かすと、ごめんね、と告げる。

「俺様、全部に相手なんてしてられないからさ」
「――……ッ、う」

 ――ぐに。

 性急な動きで臀部を割り広げ、後孔に指先が宛がわれる。そして滑りを利用してそのまま、佐助の指が潜り込んで来る。

 ――ぐぐ

「ぅ、ああ…――ま、待て、さすけ…――ッ」

 幸村が彼の指先を止めようと腰をずらす。だがそれも功をなさずに、奥に入り込んでくる。いつもなら優しく触れられるのに、今日はただ刺激が強くて圧迫されるようだった。

 ――ぐに

「指だけで…どうせなら、後ろだけで達っちゃってよ」
「な…――そんな」

 耳朶を甘噛みしつつ、佐助が言う。そして指先を動かしながら、幸村の内部を探っていく。すると一箇所、指を曲げた辺りで、びくん、と幸村が揺れた。それを見つけると佐助は執拗に其処ばかりを攻めてくる。

「っ、――――っ、んっく」
「女みたいにさ、後ろだけで達ってみなよ、旦那」
「や…――ッ」

 ぐり、と大きく指が内部で蠢く。幸村は熱い身体の中でただ、与えられる感触だけが鋭敏で、その中に落ちてくしか出来なくなっていった。







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