Want you darling



 ――花の命は短いんだぜ?

 そう囁かれた声にどきりと胸が鳴ったのは事実だった。
 バレンタインも終わったとはいえ、二月は冷える。如月(更衣)というだけあって、衣を更に着重ねる時期だ。特に朝方の布団は気持ちが良くて出るのを躊躇われるというものだ。それは小十郎とて例外ではない。
 何時もは早く起きて日課のジョギングに出かけるが、この時期ばかりは布団から出るのが五分、十分、と伸びてしまうものだ。

 ――そろそろ起きねぇと。

 瞼を押し開くのが辛い。ごろりと仰向けになりながら気付いているのに、中々瞼を押し上げることが出来ない。

 ――ごそ。

 ふと自分の右小脇にある温もりに気付いた。しっかりと温かくて、まるで湯たんぽのようだ。昔は大型犬を実家で飼っていて、よくこんな風にして一緒に寝ていたものだと思い出す。
 瞼を押し上げる気にならず、右腕に乗せた頭――髪を手に絡めて、撫でては擦り寄る。

「気持ちいい…あったけぇな」
「ん…?」

 間近で聞えた小さな吐息に、はたりと瞼を押し上げた。観れば自分が撫でていたのは政宗の頭だ。しかも感触を確かめるようにして指先に絡めたりもしていた。
 ぬくぬくとした温かさは自分ひとりのものではなく、政宗の温かさもあったのだと気付く。そうなると小十郎は瞬時に思考を切り替えた。
 瞼の上に左手を乗せて、はあ、と大きく溜息を付く。

「起きよう」

 口に出して言うと、そっと政宗が起きないように腕を引き抜く。自分が使っていた枕をずらして、彼の頭を乗せるとそのまま布団から出ようとした。

「…こじゅ、ろ?」

 少しの動きで目が覚めてしまったらしい。政宗が小さく呼びかけてくる。何時の間に布団にもぐりこんだのかと聞きたい気持ちもあったが、とりあえず其れは置いておいて、小十郎は政宗の目元に手を当てた。開きかけてきていた瞼が、掌の中心で動いて再び閉じられる。掌に感じる睫毛の感触に、ぞく、と身震いしてしまったのは、気付かないで居たかったが、自分の感覚を誤魔化せるはずも無い。
 小十郎は苦笑しつつ、見ていないだろうと判っていながら、政宗の目元を覆いながら優しく告げた。

「政宗、もう少し寝ていていいぞ」
「そうはいかねぇよ。お前が起きるなら、俺も起きる」

 小十郎の手を払い除け、政宗は上体を起した。しかしまだ眠いようで、目元を手の甲で擦っている。そんな小さな仕種でさえも愛らしく思えてしまう自分に動揺を隠せなくなりそうで、小十郎はさっと背を向けた。

「ジョギング、行ってくるからもう少し休んでおけ」
「でも…ん?」

 ちらりと肩越しに振り返ってから、朝陽に翳る政宗の瞳が金色に光って見えた。その色が綺麗で、思わず手を伸ばしてしまう。
 手が頬に触れると、政宗は瞬きを繰り返し、それから小十郎を見上げてきた。

「聞き分けろ、な?」
「小十郎…」

 はっきりと名前を紡ぐ唇が視界に入った。そして、気付けば顔を近づけてしまっていた自分がいた。ふと離れてみてから、柔らかかった、と微かに感想が浮かび、それから政宗の瞳が大きく見開かれたのを観て、しまった、と気付く。

「こ、小十郎…って、えーと…」

 ――小十郎からキス…。

 呟く政宗が、そろそろと手を伸ばし、手の甲で自分の口唇に触れ、それから勢い良く両手で頬を包み込むと、ばたりと布団の上に倒れた。

「って、えええええええええええ?」

 ごろごろと転げまわる政宗を横目に、小十郎は髪が乱れるのも構わずにがしがしと掻いた。そして転がる政宗のフォローはせずに部屋を後にする。

「…しまったなぁ」

 ――ま、いいか。

 さっさと身支度を整えてジョギングのために玄関に向うが、まだゴロゴロと転がっている政宗の声が聞こえてきて、帰ってくる頃には収まっているだろうかと少々心配になりながら、小十郎は冬の朝の外に飛び出していった。
 いつものコースの半分くらいで小十郎は方向を変えて帰路につく。息は白いが、そろそろ温かくなってくるような、そんな薄い日差しが辺りを照らしている。
 ジョギングから戻ってくると身支度を整え終わった政宗が、リビングのソファーの上に座って寛いでいた。しかし平静を装っていても、内心では動揺しているのが手に取るように解る。

「おかえり、小十郎。外、寒かったろ?」
「ああ…でも走ってきたからな」
「汗で冷えねぇ内にシャワー浴びて来いよ」
「――…政宗?」

 淡々と紡がれる言葉とは裏腹に、政宗はテレビから視線を離さない。もしやと思って小十郎はわざと政宗の背後に行くと、後ろから腕を延ばしてみた。

 ――ぎゅ。

「うわあああああっ?」
「目線、合わせろ。な?」
「あ…だ、だって…ッ!」

 後ろから抱き締めたままで顔を寄せると、全力でそっぽを向かれた。間近で観ていると耳が瞬時に赤くなってくる。
 そんな姿を見つつ、小十郎はくすくすと咽喉の奥で笑うと、腕を離した。

「え…?」
「怯えさせたい訳じゃないんだからな。さて、汗臭いままじゃいられねぇ。シャワー浴びてくる」
「え、ちょ…小十郎ッ」

 するりと離れてバスルームに向おうとすると、ぎし、とソファーが音を立てた。肩越しに振り返ってみると、真っ赤な顔のままで此方に身を乗り出している政宗がいる。
 頼り無さ気に眉を下げて、口も半開きだ。
 三頭身の時も、気を抜くと時々、ぱか、と口をあけることもあったが、それが今の実体化した姿でも変わらない。

 ――小さな癖が、可愛いんだよな。

 小十郎はそんな風に思いながらも、バスルームに足を伸ばしていった。
 口では際どい事も平気で言うくせに、いざ触れられると尻込みしてしまう――そんな政宗に、焦らなくていいのに、と思ってしまう。

 ――俺が好きにならなけりゃ…手を出さなけりゃ、此処に居ちゃいけねぇって訳でもないってのにな。何を焦っているんだ、あいつは。

 必死な様相が可愛くて仕方ない。
 好きか嫌いかと聞かれたら、紛れもなく「好き」と応えるというのに、当の本人はたぶん信じてくれないのだろう。
 小十郎は軽くシャワーを浴びきると、腰にバスタオルを巻いたままでリビングに向った。すぐに着替えるには汗が出てきてよろしくない。

「小十郎、あのさ…――っ」
「うん?あ、お前、腹減ってないか?何か食べるよな」
「あ〜…うん、今日は水だけでいいかと思って」

 冷蔵庫から水を取り出して飲み込んでいると、政宗が再びソファーの上に膝を抱えて座ってしまう。そんな縮こまった姿が似つかわしくなくて、ふう、と嘆息すると、急に肩をびくりと動かして振り返ってきた。
 不安そうな視線が――金色に光る一つの目が、小十郎に向って注がれてくる。

「どうした、政宗。悩み事があるなら言えよ」
「Ah…、俺、此処に居てもいいのかな?」
「え?」
「だって俺…ただの花だし…それに実体化できても、何の役にも立ってないし」

 ぼそぼそと歯切れ悪く話してくる政宗の頭に、手をぽんと置く。すると俯くようにして動くものだから、横に回りこんで彼の顎先を上げさせた。

「お前が此処に居て悪いことなんてない」
「小十郎…」
「もっと咲いて見せてくれ、な?」

 柔らかく頬を撫でると、政宗はその手に自分の手を重ねてきた。しっかりと此処に存在しているのが解る温もりに、小十郎の方がほっとしてしまう。

「そりゃ、咲くのは構わねぇけど…」
「お前の花を見たくて、此処につれてきたのは俺だ。だからずっと俺に飽きるまでは、一緒に居てくれるといいと思っているんだが」
「小十郎…」

 すらすらと言葉が口からすべり出てきた。小十郎は言ってしまってから、どうかしている気がして恥ずかしいような気持ちになってくる。しかし疑いようもなく自分から出てきた言葉には偽りはない。
 触れ合っている手に、政宗のほうから力が篭められてきた。それに気付くと、政宗は立ち上がって小十郎の胸元にこつりと額を付けて来た。

「俺、待ってていいのかな?」
「――…」
「俺も、幸村みたいに…愛して貰えるの、待ってても、良いのか?」

 一言ずつを区切って言う彼に、今度は言葉が詰まってしまった。即答するには重過ぎるし、応えないという訳にも行かない。

 ――誰か助けてくれ。

 少しばかり苦笑して脳裏に仲間たちを思い浮かべる。小十郎は政宗の言葉に答える代わりに、そっと腕を回して彼を抱き締めた。
 巧く誤魔化せたとは言えないだろうが、その直後にくしゃみをした小十郎が、出勤時間が迫ってきていることに気付いて慌て出したので、結局は有耶無耶になってしまった。










 政宗が実体化してからは会社に連れて来る事が無くなった。その代わりに出勤前に慶次の花屋に寄る事が増えた。日中、暇を持て余していることもある政宗にとっては、慶次の花屋は慣れた処でもあり、実家のようなものだ。
 大体が店番などをして過ごす彼を、帰りに再び迎えにいって、一緒に帰ってくるようになっていた。
 しかし職場には目に付くだけでも、三頭身の固体が二体はころころと動いている。そして元親のデスクに置かれている模型の中で、座布団に腰掛けつつ「政宗に会いたい」といった言葉を発しているのが聞える。
 殊更、幸村は暇なようで、政宗が来てくれないかと叫んでいる時もあるくらいだ。そしてそんな時は大抵、佐助が強制的に自分の方へと幸村を引っ張っていって、一緒にPCを眺めたり手作業を始めたりしている。

「長曾我部、この案件だが…」

 静かにファイルを手にして、かけていた眼鏡を外しながら元親のデスクに向う。側にあるデスクに寄りかかりながら、ぴらり、と書類を見せると元親は人好きのする笑顔を向けてきた。

「ああ、それはさっき確認取りまして」
「そうか。それなら返答待ちか…なぁ、今日暇か?」
「え…」

 確認印がおされた書類を受け取り、目を通しつつ告げる。すると元親は、ぎこ、と椅子の背凭れの音を立てた。

「暇なら、少し付き合わないか」
「え…ええ、良いですけど」

 元親がたじろぐ。すると模型の中から元就が顔を出してきて、ひょい、と元親の肩に乗った。そんな二人を見下ろしながら、小十郎は「終業後に」と声をかけてからデスクに戻っていった。
 終業後に慶次に政宗を頼んだ。急な接待だと告げたら、彼は疑う素振りもなく了承してくれた。因みに鍵は政宗に預けてある――遅くならない内に家に送り届けてやってほしいと告げてから、元親と連れ立って居酒屋に向った。

「片倉さんから晩飯に誘ってくるってのが、ちょっと怖いんですけどねぇ」
「そうか?」
「しかも居酒屋とはいえ、個室だし」

 お絞りを手にしながら「顔拭いていいっすか」と一応聞いてくる。いいぞ、と応えると、中年男性のように顔を思い切り拭ききってから、心底疲れたというように嘆息された。

「個室の方がゆっくり出来ていいだろ?」
「まぁ、そうですね。最初はビール?」
「ビールで。あ、あと今日の事は政宗には接待と言ってあるからな。口裏を合わせてくれ」
「了解」

 テーブルの上にあった呼び出しボタンで注文を告げる。注文を取り来た店員が去ると、元親の胸ポケットから、ごそごそと小さな三頭身の元就が姿を現した。

「今宵のことは内緒…と言ったな、片倉の」
「ああ、内緒だな」
「相談ごとか?」

 元就が小さな手を、小十郎のお絞りで拭う。元親が「俺のを使えば」と聞くと「顔を拭いたものを勧めるか、下種が」と毒づいている。
 テーブルの上をとてとてと歩いて、小十郎のお絞りの先で手を拭いきった元就は、其処にちょこんと正座をしてみせた。
 そして小十郎を振り仰ぐとメニューの一番上に書いてあったお勧めメニューを指差してみせた。小十郎は追加でそれも頼んでから、そろりと口を開き始めていった。

「嫌っている訳じゃないんだがなぁ」
「そりゃ、観てれば解るってもんで」

 テーブルの上には頼んだ食べ物がずらりと並ぶ。揚げ出し豆腐に枝豆、鳥の唐揚げの葱ソース掛け、じゃこサラダに焼き鳥、そしてジョッキが二つ空いたまま置かれている。
 あれこれと最初は仕事の話もしていたが、徐々に本題に入っていた。

「だけど、いざあんな風に迫られると…」
「怖気づく訳ですか」
「まぁ、そうだ」

 ほぼ一年一緒に過ごしてきて、今更離れる機にもならない。実体化した政宗を目の前にして心が動いたのも事実だ。自分の中の気持ちが変化したのも認めている。

 ――でも、だからこそ。

「俺は、何もセックスするだけが愛情表現だとは思わないんだが」
「ブフーッ!」

 小十郎が真面目に言うと、元親が飲みかけていたビールを噴き掛けた。さっと避けるようにして元就が動く。手には焼き鳥を抱えながらだ。
 小十郎はお絞りを差し出しつつ、元親を気遣う。

「おい、大丈夫か?」
「いや…うわぁ、あんたの口からそんな言葉聞くなんて」

 お絞りを受け取ってテーブルの上を拭きながら、元親は渇いた笑いを漏らした。

「でも恋の相談なら俺じゃなくて、猿飛の方が…」

 予想できる忠告だ。
 佐助も一番最初に花期を迎えた幸村を前にして、色々と悩んでいた。相談を受けて、彼の背中を押したのは小十郎だった。しかし今度は自分がその立場になるなんて思ってもみなかった。
 小十郎はジョッキを傾けた。ビールの泡は既に半分くらいに減っている。

「あいつも最初は悩んでたなぁ…でもよ、あれだ。簡単に【やれ】って言われるだけのような気がして」
「あ〜…確かに」

 ――なんとなく解る。

 元親が斜に構えて焼き鳥を手にする。咀嚼する時に頬が動くのが目に見えているが、同時にそんな元親を元就が見上げている。元親が視線は小十郎に向けながらも、食べていた焼き鳥をひとつとって、ひょい、と元就に手渡していた。

 ――こいつらも仲がいい。

 佐助と幸村などは相思相愛のような気がしてならない。全力でぶつかる恋をしている二人を思い浮かべながら、小十郎は評価を口にした。

「意外と熱血漢だしな、好きなら好き、とことん愛情注ぎ捲くるタイプだろ?それが肉体的にも、精神的にも」
「そうですねぇ…それに反して片倉さんは、どうしてこんなに枯れてんのかって気がしちゃいますねぇ」
「枯れてるとか言うな」

 眉根を寄せて反論する。だが元親は怯むこともなく、何処か楽しそうに枝豆を齧ると、殻を手に持ったまま小十郎を指差した。

「あんたは安定志向なんだよな」
「――…」
「でも時々は冒険してもいいんじゃねぇ?」

 元親のいう事はもっともだ。行動にでないんじゃなくて、でられないだけだ。それは今のこの現状に満足しきって、其れが崩れるのを怖がっているだけに過ぎない。しかし今は変化を求められている。

 ――花の命は短いんだぜ?

 政宗の言葉が脳裏を廻る。バレンタインの日、彼は彼なりの焦りと共にそう告げてきた。直ぐに答えを出せず、行動にも移せない、そんな曖昧な猶予期間を過ごしているに過ぎない。そろそろ動き出しても良いのではないだろうか。

「…だよなぁ」
「でも悩むんでしょ?」

 追加で頼んだイカの姿焼きが運ばれてくる。ホイルに包まれたそれを開けてから、元親が小十郎に勧めてきた。箸を向けながら小十郎は嘆息した。

「抱いて、それが単に幸村達に対する対抗心からだったら、とか…あいつの不安感を俺の欲のために利用するような気がして、気が引ける」
「――真面目すぎるけど、あんたらしいや」

 かかか、と盛大に笑う元親は片目を細めた。そうすると年も随分と上に見える。自分よりも年下の彼が頼りになる存在に感じられた。そのせいか、小十郎は素直に自分の気持ちを告白してしまっていた。

「時間が掛かっても…俺は構わないんだがな」
「でもそんな事言いながらも、一度火がついたら消せないっていう自信もあるんじゃねぇです?」

 指先が再び自分に向ってきた。
 言われて見ればそうだ。押さえられているだけで、淡白なわけではない。求めようとし始めたら、箍が外れてしまう自信もある。

 ――見透かされている。

 だが嫌な気持ちはしなかった。小十郎は鼻から溜息をつくと、くすりと咽喉の奥で笑った。

「ああ…そうだな、うん。当たってる」
「だったら、あんたらしく、時間をかけて愛を育めばいいんじゃないですか?」
「愛を育む…元親、貴様よくもそんな浮ついた言葉を吐けるな」

 ぶわりと鳥肌を立てた元就が口を挟む。身震いしつつ「おおおお気色悪い」と繰り返していた。

「うるせぇよ、元就」
「我にはそのような甘言向ける出ないぞ」

 心底嫌そうに眉根を寄せた元就が、それでも元親におかずを強請る。それに嫌な顔もせずに与える元親を観て、自分たちもこんな関係だった筈だ、と懐かしく思いながら小十郎はビールを飲み干していった。










 今年は見事にホワイトデーも日曜日だった。
 目覚めて隣に政宗が寝ているのには慣れた。三頭身の小さな姿の時には本体で休んでいたはずなのに、寂しがり屋の猫のように隙あらば小十郎にくっ付きたがる。
 買い物に行っても、何処にいっても、指先でも、服でも、何処でもいいから少しでも触れてくる。そんな関係に慣れつつ、それ以上に政宗が居てくれる空間が日常になっていた。

 ――俺も腹括るか。

 ホワイトデーと気付いてから思うのは、政宗の告白から一ヶ月が経ってしまったということだ。
 政宗は小十郎の手製の卵焼きと、味噌汁、それからお浸しとご飯というシンプルな食卓に、身を乗り出す勢いで取り掛かっている。

「政宗」
「うん?」

 口に卵焼きを入れたばかりの政宗が顔を上げる。瞳がきらきらと朝陽に透けて、金色に見えた。これが通常なら青い、群青色をしているかと思うと、この変化は美しいものだと毎回にして思う。
 政宗は右眼に掛かる髪を撫で上げてから、背凭れに背中を付けた。そして、ごくん、と卵焼きを飲み込むと「何だ?」と聞き返してくる。

「今日、出かけようか」
「…何処か行くのか?買い物?」

 既に一緒の生活には慣れてしまっている。政宗は珍しくも無さそうに聞き返してから、テレビの音に少しだけ反応して肩越しに見詰めた。

「デートしよう」
「は…?」

 意を決して告げる。すると、テレビから視線を外した政宗が、きょとんとした顔つきで此方を見詰めてきた。
 小十郎はほうじ茶を咽喉に流し込みながら、一息つくともう一度政宗に告げた。

「お前が良ければだが、デートしよう」
「――…ッ」

 がたん、と政宗が立ち上がる。そして小十郎を見下ろしながら、口元をむにむにと動かした。照れて言葉が出ないようだった。小十郎は手を伸ばして政宗の手を取ると、もう一度見上げてから、政宗に微笑みかける。

「今日一日、余すとこなく…俺に付き合ってくれないか」

 小十郎の言葉に、政宗の瞳が潤んだ。泣き出すのかと思った瞬間、彼の腕が首元に絡まってきて、抱きついてこられた。
 細い背中を撫でながら、政宗の「行く」との小さな返答を聞きながら、小十郎は満足気に溜息していった。





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