Want you darling



 バレンタインの朝に咲いた政宗は、それは綺麗な黄色い――黄金の花びらを見せている。朝陽に当たって花びらについた雫が、きらきらと光るさまもまた美しいものだった。
 そして何より、実体化した政宗の瞳が花びらの色に変わるのが不思議だった。自然と引き寄せられるようにして手を伸ばし、気付いたら抱き締めていた。

 ――細ぇ、背中…。

 小十郎の手で彼の背を引き寄せると、腕が余る。肩甲骨が浮き上がるのがありありと解る。少し長めの彼の髪が、肩口に顔を寄せると頬を擽ってきた。

「小十郎…?なぁ、俺ちゃんと咲けてるだろ?」
「ああ…すごく、綺麗だ」
「yeah!その言葉を聞いてひと安心だ」
「どうしてだ?」
「だって、俺、お前に俺の花を気に入られなかったらどうしよう、って…ずっと思ってたからな。お前がなんと言おうと、咲いてみないと」
「そうか…」

 抱き締めていると、まるで猫のように政宗も小十郎に擦り寄ってくる。小十郎が瞼を落としながら彼を抱き締め、香りを吸い込むようにして呼吸をしていると、ふわりと首に腕が回ってきた。

「心配なかったみたいで、安心した」
「政宗…」

 擦れたような声が、小十郎の耳に届く。政宗が声を潜めたのが解った。すると首に回っていた腕が、そろりと頬に滑り落ちてきて――その前に顔を起こすように動かされる。耳たぶを指先で擽られて瞼を落とすと、すい、と政宗の顔が近づいてきた。

「小十郎……」

 何の不思議もなく、引き寄せられそうになる。
 伸び上がってくる政宗の背が撓り、伸び上がってきているのが解った。このまま政宗に引き寄せられるままに、口付けてしまいそうになった。
 視界に金色の瞳と、形のよい唇が見える。そして青い服が迫る。

 ――青い、服?

「って、ちょっと待て」

 視界に迫った青い色に、急に頭が冷えた。ぐい、と彼の肩を押して正面から覗き込むと、さも残念そうに政宗は唇を尖らせた。

「Ah?何だよ、好い所なのに」
「そうじゃないだろ?ええと、今日の待ち合わせまでに服…買いに行くのも時間が無いか」

 時計を見て直に計算する。今日はバレンタインを元親の家で集まって、あれこれとパーティをする、という事になっていた。昼に合わせての待ち合わせなので、それまでに買い物に行ったとしても、吟味は出来ないだろう。取り敢えずのところ、少しだけ必要なものを考えなくてはならないだろう。

 ――こいつに必要なもの…肥料?じゃねぇ、今、実体で必要なものって何だ?

 ぐるぐると小十郎が考えている間、政宗は腕を組んでテーブルに寄りかかった。

「これで良いじゃねぇか」
「それじゃ目立つ」
「そういうもんなの?あ、お前の服貸して」
「俺の?」

 ぱっと思い出したように政宗が小十郎を指差してくる。政宗の方が小十郎よりもかなり小さい印象があるが、政宗は言いながらも着ている服を脱ぎ始めてしまう。

「そうそう。ラフなのあったろ」
「あるにはあるが…」

 小十郎が悩みながら自室に向うのと同じく、政宗が後を追ってくる。その合間に、ぽいぽい、と服を脱ぎ散らかしていたが、考え込む小十郎の視界には映ってはいなかった。
 政宗の脱ぎ散らかした服を拾い上げては畳みこんでいく。それを繰り返していると、ひょこりと部屋から政宗が顔を出す。

「小十郎〜…」
「ぶッ」

 小十郎は顔を出してきた政宗に、思わず口元に手を当てて、叫びそうになるのを堪えた。政宗は小十郎の服を着て――シャツはぶかぶかで袖が余っているし、足元もくるりとロールアップにしている。更に加えるのなら、全体的に大きなものを着ているせいで、余計に政宗が華奢に見えた。
 政宗は不服そうに頬を膨らませながら、落ちてくる袖口を捲り上げていた。

「やっぱりお前の服、でけぇ…」
「なんつー萌え…じゃねぇッ!」
「もえ?」

 ことん、と政宗が小首を傾げる。
 大きさ、およそ10cmの時もその仕種は可愛らしいものだったが、こうして実体化した、しかも青年の姿の彼でさえも、愛らしくみえてしまうのは何故だろうか。
 普段の威厳などすっかり捨て去って、小十郎は口元に手を当ててみたり――にやけるのを押さえるので精一杯だが眉間に皺を寄せているせいで、そうとは取られていない――額に手を当ててみたり、かと思ったら急に政宗の肩に両手をがっしりと置いてきた。
「いや、彼シャツは理想だが…っじゃなくてっ!」

「何だよ、何慌ててんだ?」

 政宗は小十郎の慌てっぷりが理解できないらしく、されるままにがくがくと揺さ振られてしまった。小十郎は手に触れる政宗の感触と、先程の抱き締めた時の感覚から、はたりと気付く。

 ――そういえば、政宗と同じくらいの背格好の…。

「そうだな…猿飛!あいつなら背格好にてるか。よし、ちょっと待ってろ」

 くわ、と瞳を見開いた小十郎がすぐさま自室に向う。程なく彼の部屋からは、電話を使った話し声が響いていった。










 待ち合わせの元親の家に向うと直に中から大音声が聞えた。勝手に入っていいと言われたのでそのまま玄関に上がりこむ。先を急ぐようにして歩く政宗は、今は小十郎の服を着たままだ。

 ――流石に靴はサイズあってないなぁ。帰りに買ってやろう。

 仕方ないのでサンダルを履いている政宗は、見るからにラフな格好だ。しかしそんなのものは彼には気にもならないようで、小十郎を振り返りながら、彼は足踏みをしている。

「遅ぇよ、早く来いって」
「ああ、解ってる」

 むずむずと口元が動きそうになってしまう。目に映る政宗が、いちいち可愛らしい動きをするのがいけない。こんな顔を部下には見せられないとばかりに、小十郎は何度も咳払いをした。
 先を急ぐ政宗の後ろを着いていくと、彼は早々にリビングに顔を出していた。

「Sorry,遅くなっちまった」
「え?」

 顔の右側に眼帯をして――出ている左目は綺麗な青灰色だ――リビングに顔を出した政宗は、予想通りに佐助と元親の素っ頓狂な声を聞くことになった。
 さらりとした黒髪にぶかぶかの服を着込んでいる政宗は。呆然としている彼らを他所にして、テーブルの上をみて表情を輝かせた。
 テーブルの上にはチョコレートフォンドュの準備がされているし、辺りにはチョコレートの溶ける甘い香りが漂っている。

「WAO!すっげぇ、美味そうッ!」
「政宗殿―ッ!」
「おお、今年は一段と綺麗だの」

 テーブルに乗っていた幸村と元就が駆け寄ってきた。小さな身体でぴょんぴょん跳ねながら幸村が政宗に両手を伸ばす。その後ろから元就もまたゆったりと構えつつ、じっくりと政宗を見上げてきていた。
 政宗は先に元就を掌に載せると「どうだ?」と彼に聞いていた。その間にも幸村は勝手に政宗の腕によじ登り始めている。小さな――それでいて、ふんわりと丸いお尻が、政宗の肩に向ってよじ登っていくのは、小動物のようだった。
 喜ぶ花の精たちを後ろから眺めつつ、小十郎は部屋の中に入り込む。手には途中で買ってきたバームクーヘンがある。それと元親に差し出した。

「よう…遅くなったな。これ、差し入れだ」
「あの…片倉さん、彼もしかして…?」

 差し入れの袋を受け取りながら元親が政宗と小十郎を交互に見て、一応といった様に確認してくる。

「政宗だ。今朝方、花が咲いてな」

 小十郎はコートを脱ぎながら座り込んだ。すると空かさずその隣に政宗がちょこんと座り込み、少しだけ寄り掛かってきた。

 ――何だか犬っころみたいだな。

 飼い主の側に駆け寄ってくる犬のようだと思った。

「へぇ…良かったな、政宗」

 元親が声を掛けると政宗もこくりと頷いた。そうして皆が政宗をまじまじと見つめていると、こほん、と元就が大きな咳払いをした。

「さて、それではバレンタインと行こうか。幸村よ、構えるがいい」
「承知いたしたッ!」

 言うと素早く幸村と元就が串に刺さったフルーツを、どぼん、と融けたチョコレートの中に突っ込む。そして徐に取り出すと、それぞれ元親と佐助の前に突き出した。

「我らからのバレンタインチョコよ、食すがいいッ!」
「佐助殿――ッ、受け取ってくだされぇぇぇ」
「う…ちょ、元就ッ!あつ…熱いって!!!」
「旦那…ちょっとそれ置いて…って、熱いッ」

 だだだ、と走りこんでもテーブルの上にはチョコがぼたぼたと落ちる。それを見つめながら、元親と佐助は熱さに何も言えなくなりながら、次々と口にチョコフォンデュを放り込まれていく。

「お前ら、こんな事を企んでたのか」
「YES,だから元就から元親にバレンタインがしたいって、せがんでもらえば、やらない筈はないだろ?だから色々準備してもらって、それで俺達から食わすことで、俺達からのプレゼントって訳だ」
「面倒なことしなくてもいいのに」
「まぁ、俺は…あいつらと企んでいる最中に花期になっちまったけどな」

 いつもの小さな姿を思い出しながら、三つの頭が此処最近、よく揃って相談事をしていたと思い出す。それはそれで真剣そのもので、彼らにしてみれば人間の行事はもの珍しいのだろう。それは楽しそうに、それでいて真剣に取り組む姿は見ていて微笑ましいものだ。
 小十郎は笑いながらチョコを掬い上げて、皿に載せた。皿に乗せて政宗に勧めた。皿を受け取ってから政宗が小さく「Thanx」と言って口に運んでいった。
そうしている間にも、もくもく、と動かす口元を押さえて、佐助がテーブルの上でチョコ塗れの苺を構えている幸村に問うた。

「そういえば旦那、どうして冷蔵庫に入ってたの?」
「一向に佐助殿がチョコレートケーキを用意している素振りが無かったからでござる」

 ――だから見に行ったのでござるよ。

 幸村が応えると元親が、あ、と声を上げた。そして席を立つと冷蔵庫からホールケーキを取り出してくる。元親の家の冷蔵庫に隠していたらしい。

「約束、忘れてないよ、旦那」
「ふおおおおおおッ!」

 目の前に広げられたザッハトルテを見つめて幸村が飛びつく。どう見ても人数分はありそうなザッハトルテを、取り分ける暇もなく幸村は飛びついていく。お陰で端っこには既に幸村の歯型が付けられていた。
 先程、小十郎が差し入れで持って来たバームクーヘンも既に切り分けられている。それにフォークを突き刺し、チョコを付けたものを手にしながら、元就がひょいと元親に差し出す。
 元親は迷う事無く頭を屈めて、それを口に入れた。

「そういえばの、元親。外国ではおのこが女子を誘う日と知っておるか」
「当たり前だろ?」
「その際に、花や食事に誘うというのは?」

 勿論、と更に元親が応えながらビールを飲み込む。それを確認してから、ととと、と幸村も元就も政宗の前に走りこんだ。そしてくるりと背中越しに二人を見つめる。

「勿論、そうなると…我らはプレゼントに最適よな?」

 にやり、と笑った元就が正面を向く。そして幸村もまた、にこり、と笑いながら二人を見上げた。

「本当のプレゼントはこれからでござるッ」

 言うや否や、ぐっと身体を縮めた幸村が叫ぶ。そしてその後を引き摺るように、政宗が告げていった。

「俺達自身が、バレンタインプレゼントだ!」
「せーの…」
「Happy Valentine!」

 政宗の声を合図に、二人は勢い良く彼らに飛びついていった。それを見つめながら、小十郎はそっと政宗の頭を――横から手を回して、自分の方へと引き寄せていった。

「小十郎…?」
「――…」

 小さく耳元に「しぃ」と言うと、政宗は頷いて引き寄せられるままにして頭を摺り寄せてきた。
 皆が政宗の実体化に「良かった」と「綺麗だ」と言ってくれる。それ自体は喜ばしいものなのに、どうしてか小十郎の胸には、焦げ付くようなちりちりとした燻りが怒り始めていった。










 散々、チョコレート塗れになりながら、夕方には解散になった。早速、政宗は佐助似借りた服を着て小十郎の車に乗り込んだ。
 そのまま街に出て、一通りのものを買ってから、家路に着く。

「楽しかったなぁ」
「ああ…」

 ドアの鍵を開けてから中に紙袋を持ち込む。先にばたばたと政宗が中に入っていくと、小十郎が入ってくるのを待つように足を止めた。朝方とは違って今はその身体にしっかりと合う服を着ているが、それでも背中には皺が寄って、細いことがうかがえた。しかし華奢と云う訳ではない。

「あのさ、小十郎…」
「うん?どうした?」
「今日、バレンタイン、なんだよな」
「そうだな」

 背中を向けたままの政宗に、リビングの椅子を引いて座り込む。彼にも椅子を勧めたいが、今はそんな雰囲気ではなかった。

「俺から、チョコ、あげたし…その、意味、解ってるか?」
「え…」

 思わず聞き返してしまう。すると肩越しにゆっくりと政宗は振り返ってから、小十郎の側まで来て、テーブルに寄り掛かった。政宗の方が視線が高くなり、自然と見上げるように首を仰のけた。

 ――すい。

 流れるような手付きで政宗が手を伸ばしてくる。そして小十郎の頬に手を添える。

「――…俺は、ずっと小十郎が好きだ」
「――…ッ!」
「だから、今日のバレンタインはお祭っていうわけじゃなくて…真剣に、俺の気持ちで…」
「政宗…」

 小十郎の頬に両手を触れさせながら、政宗は徐々にうつむいて行く。夜になると余計に彼の瞳が、金色に光るように感じられた。ほんのりと色付く頬に、眦からじわりと涙が滲んでいるのが解る。
 だが此処でどう応えたらいいのか判らない――そのまま、好きだと返してしまったらどうなるのか。自分の衝動に任せて動くことだって出来た筈だ。しかし小十郎は瞬時に言葉を飲み込んでしまった。
 軽い沈黙が二人の間に流れる――だが直に政宗が痺れを切らして、首を一度大きく振った。

「ああ、もうッ!どうなんだよ」
「え?」

 ぐい、と強く正面に顔を向けさせられて、ぐき、と首が攣りそうになる。しかし政宗が真剣な顔で此方を覗き込んできていた。

「お前は俺のこと、どう思ってる?」

 触れている手が、徐々に熱く、汗ばんでくるのが解った。緊張しているのだと知れる。小十郎は彼から視線を反らさず、言葉を選びながら告げていった。

「綺麗だ、と」
「他には」

 じっと切れ長の瞳を此方に向けている彼に、手を伸ばして触れてきている手に手を重ねた。いつものように彼に向って正直に答える。

 ――政宗に出会ってから、気持にゆとりが出来た。

 ほっと一息つくことが、以前よりも上手になった気がする。彼が――小さな姿でも――いてくれることが、どんなにか安らぐかを伝えたかった。

「一緒に居て、安らぐ…かな」
「それだけ、かよ?」

 しかし小十郎の気持とは裏腹に、政宗はがっくりと肩を落としてしまった。小十郎もまた落胆されてしまったのだと気付いて、重ねた手に力を篭めた。

「すまん、もう少し待ってくれ」
「うん…」

 政宗は唇を尖らせて、不満そうにしながらも、するすると腕を延ばして小十郎の首に絡めてきた。テーブルに寄り掛かっていた腰が、すとん、と小十郎の膝の上に落ちる。

 ――まるで子どもだ。

 抱っこを強請る大きな子どものように思えて、政宗は彼の背を抱き締めると、軽く左右に揺れてみた。すると政宗は伸び上がって、耳朶に向って告げてきた。

「――花の命は短いんだぜ?」

 小十郎に抱き締められながら、政宗の視界の先では、鉢植の蕾が、またひとつ開こうとしてきていた。




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