Want you darling ――俺も、あんな風に綺麗に咲きたい 最初の花期を迎えた幸村を見つめ、政宗は真面目な顔つきで答えた。 政宗の枝は片方が昔得た病気のせいで綺麗には伸びない。その為、左側にだけ大きく葉を、枝を伸ばしている。その姿はまるで鳥の羽根のようで、その佇まいが小十郎は気に入っていた。 だが、未だに政宗はそのことへの引け目を感じているらしい。 希少種だという苗――それが、形を崩している。植物の気持ちはよく解らないが、たぶん他に対して劣等感のようなものを抱いてきたのだろうことは伺えた。 ――気にしなくても良いのに。 まだ暑い日が続く。政宗が咲けるのはもっと後の季節だと知っている。だからその日のために今はしっかりと身体を休めている時期だ。 小十郎は朝早めに仕事に行く――時々、外気温が高くなるという日には政宗の鉢ごと持って出勤し、エアコンをつけたままにしているロッカールームに置いたりしていた。 それに気付いたのは元親くらいだ――というよりも、ロッカールームに行く社員が少ないからだろう。これが女性社員なら別だろうが。 「おはようござーす、片倉さん」 「長曾我部か…早いな。おはよう」 「いやぁ、今日から施工するってんで、観にいかなきゃって思ってて」 それで着替えを取りに来たという――がたん、と背中合わせに元親のロッカーはあり、其処から元親はタオルとネクタイを取り出した。 中を覗くとその他に、喪服が夏冬と入っている。ちらりと見てから小十郎は苦笑した。 「どしたんすか?」 「いや、お前のロッカーの中身、俺と同じだと思ってな」 「あ〜…本当だ。仕方ないですよ、役職付いたら必要なものですし」 「まぁな…処で今日は元就の姿が見えねぇが」 「あいつは早々にデスクで寛いでます」 ちょろちょろと動き回る花の精といえば、元親には元就が付いている。いつも肩の辺りに座り込んでいるので直ぐに目が合うが、今日は居なかった。それもその筈で、仕事がてら元親が作成したミニチュアの箱庭が気に入ったのか、出社するとその中で寛いでいる。 「そういう政宗は?」 「観たいのか?」 「え…なんか厭な予感」 ばたん、とロッカーを閉めてから、ロッカーの上に置いた鉢植えの横――小十郎は慎重に手を伸ばして小さな、10p足らずの塊を掌に載せて見せた。 動かされても彼は安らかな寝息を立てている。 「寝てる…ちょ、寝顔可愛いっすね」 「お前もそう思うか。こればかりは俺も観てて顔が綻ぶ」 「綻ぶっていうか、にやけてますよ」 ひひひ、と笑う元親に肩を突かれて小十郎は、そうか、と答えた。ロッカールームから出ても政宗は寝たままで、小十郎が自分のポケットに押し込めても気付かない程だった。 ――今は休眠期だしな。 意外とおきている時間は少ない。それを思うと、飛び跳ねて走り回る幸村に――花期と休眠期の違いを見るようだった。 「でも良いですね」 「あ?」 急に、半歩前を歩いていた元親が肩越しに振り返った。 「最近の片倉さん、眉間の皺が取れて」 「そうか…」 告げられて指先を自分の眉間に伸ばした。いわれて見ればそうかもしれない。竹中が入院中の今、仕事は倍増しているが、不思議と苛苛しない。 ――だとしたら、こいつのお陰か。 小十郎がそっと胸ポケットに手をやると、ぐが、と大きないびきが響いて、思わず元親も小十郎も苦笑するしかなかった。 幸村の花期が終わる頃、なんとなく佐助と幸村の関係が変わったことに気付いた。最初あった小さな違和感は、佐助からの告白で「なる程」と納得してしまった。 要は二人とも両想いだという事だ――止める事はしないし、二人が幸せなら良いと、至極簡単に考えてしまっている自分に気付く。 ――まあ、そもそも花の精なんてのが見えてしまうんだから、ちょっとやそっとじゃ驚けねぇよな。 週末のTVは映画をやっている。それをビールを飲みながら――横になって観ていると、ちんまりとした背中を此方に向けたままの政宗の背中が、ぷるぷると震えてきた。 「おい、政宗…?」 「ふぎゃあああああッ!」 声をかけると、びっくん、と身体を揺すらせて――しかも悲鳴を上げてくれる。小十郎が彼の反応を見ていると、恐る恐るといった様相で政宗が振り返った。 「お…Oh…こ、小十郎か。驚かすなよ」 「別に驚かせてないだろう?」 「あの、よ?」 「うん?どうした」 「これ…お、面白いな…ッ」 「あ?」 ぶるぶる震え、青褪めながら政宗はTVを指差す。それを観るとチェーンソーを持った男が次々と登場人物に斬りかかっていくシーンが繰り広げられている。 ――ハロウィン近いからか。 目の前にはホラー映画だ。それを我を張って政宗は「面白い」と言い放つ。その小さな虚勢が可愛く見えて、小十郎は腕だけを政宗に向けて摘み上げた。 「おいこら、小十郎!俺は猫じゃ…ッ」 「お前の小さな背中でも邪魔になるんでな、こっちに来い」 「う…そうなら仕方ねぇ!」 引き寄せて横になったままの自分の目の前に下ろすと、くるん、と政宗は背を向けて座った。 「――――…」 そして少しの沈黙のあと、背を向けたままの政宗の体が、すすす、と小十郎の顎先にまで後退してくる。 「お、お前が怖いとか言ったら、俺に捕まれば良いからなッ」 「え…――」 「俺は平気だからな…ッ!」 ぷるぷると震える背中に、小さな耳が青くなっている。それでも虚勢を張り続ける政宗に、なんて可愛い生き物なんだろう、と笑うしかなくなってくる。 ――ギィィィィィッ 「――――ッッッッ!!」 TVでは軋んだ音が響いた。それに対して政宗の方も、びっくんと飛び跳ねる。小十郎はそれを見計らって自分の頬に政宗を引き寄せた。 「小十郎…?」 「ちょっと怖くてな。つかまらせてくれ」 「――…お、おうッ」 微かに振り返った政宗の目に、恐怖で浮かんでいた涙があった。しかしそれは直ぐに引っ込み、青褪めていたはずの顔が徐々に赤くなっていった。 ――照れてる。 なんて解り易いんだ、と目の前の小さな姿に微笑ましく思えてきてしまう。小十郎は目の前のホラー映画を観ながらビールを傾けた。つまみも何も作らずにただ風呂上りにそのままビールだけを手にしてTVを観ていた訳だが、和んでくると空腹感に気付く。 「――小腹空くなぁ。おし、何か作るか」 「行っちゃうのか?」 「ああ、ちょっとキッチンに…」 身体を起こしかけて、ふと小さな政宗の手がぎゅっと握られていたことに気付いた。たぶん此処で一人にさせたら――律儀な政宗のことだ、番組を変えることはないだろうが、がたがた震えて怯えてしまうだろう。それでも小十郎にしがみ付かずに、小さな手を握り締めている姿はいじらしい。 「政宗、お前も来ないか?」 「え…」 「いや、ちょっとビールが廻ってるみたいでな…」 「わ、解った」 そそくさと政宗は立ち上がって、ぴょんぴょん、と小十郎の腕を伝って上ると、肩に到着する。 ――ちょっと言い訳臭かったかな。 こんな時、元親や佐助はもっと上手いあしらい方をするに違いない。小十郎は自分の不器用さに苦笑しつつ、台所に向った。 つまみと言ってもそんなに本格的に作る気にはならない。時間帯を見てもそうだが、冷蔵庫を空けてみれば大したものも入っていなかった。 「しまった、買出し行ってなかったな。明日行くか」 安売りの時を狙っていくようにしているが、今週は忙しくて開店時間に間に合わなかった。それを思い出してから、ふと手付かずの卵のパックに気付いた。 一人暮らしだというのに、安さに負けて多く買ってしまった。 「卵焼き…にするか」 ぽつりと呟くと、肩に乗っていた政宗が小十郎を見上げているのに気付いた。だが彼は様子を伺っているようで、小十郎のするのをただじっと見つめていた。 かたん、とフライパンを取り出す。常々卵焼き機があればと思っているのに、どうしてもそれを忘れてしまっていて、いざ焼く時に思い出すものだ。 不思議そうな顔をしている政宗を横目で眺めてから、小十郎は卵を片手でボウルに割り出していく。 「おおおおおお、凄ぇえええッ!小十郎、お前凄えじゃねぇか」 「慣れれば出来るものだぞ」 「いいや、大したもんだよ。ぱかぱか割れていくじゃねぇか」 ――俺もやってみてぇが、この大きさじゃ無理だな。 小さな手を広げて見せながら、政宗が少しだけ残念そうに言う。拡げた手を、ぐっぱ、ぐっぱ、と動かしている政宗は物珍しそうに小十郎の手元を覗き込んだ。その手元で小十郎は、砂糖と塩だけを中に入れたボウルを手際よく掻きまわして行く。 ――かしかしかしかし 小気味良い音を立てて卵を解していく。そうこうしている内にフライパンが熱されていく、直ぐに油を中に垂らした。 ――すい。 「おお…」 油をフライパンに乗せてまわすと、再び政宗が感嘆の声を上げる。関心し続ける政宗を肩に乗せたまま小十郎は余分な油をキッチンペーパーで掬い取る。 ――じゅわ。 熱加減を見るようにして卵液を菜箸で垂らすと、程よい音が響く。そのまま小十郎は薄く卵を滑らせて、器用に菜箸でくるくると巻いて行く。徐々に大きくなっていく卵焼きに政宗は釘付けになっていった。 焼けた卵を包丁で切ってから、端っこを口に入れる。大根おろしでもあればいいが、流石に其処までする気にはならない。 小十郎は卵焼きを載せた皿を持って、再び冷蔵庫からビールを取り出すと、リビングに戻っていった。 ――ぷし。 プルタブを外してビールを飲み込む。 そうして箸で卵焼きを摘んだところで、小十郎は動きを止めた。 「――…」 皿の真ん前に、口元からたらりと涎を垂らしている政宗がいる。今まで人間の食べ物に関心を示さなかった彼にしては珍しい。 ――幸村みたいだな。 食欲旺盛な幸村はよく佐助の手元などを涎の海にしている。それを思い出して眺めていると、ハッと我に返って政宗は口元の涎を拭った。 「食ってみるか?」 「え…お、俺は」 「他の奴らも食えるんだ。お前にだって害はないだろうし、遠慮するな」 「そ、そうか…それじゃあ」 小十郎はしょうゆ皿を持ってくると、其処に卵焼きを一切れ置いて、ついでに爪楊枝を載せ、政宗の前に差し出す。 すると政宗は正座していた足を崩して胡坐をかくと、拳を膝の横について、ぺこ、と頭を下げた。古めかしい仕種だが、礼儀正しい――爪楊枝を手にして政宗は卵焼きを取る。卵焼きは最初から小十郎がある程度箸で崩していたが、それをじっと見つめていく。 ――食わないのかな。 じっと見つめている政宗の、引き締めた口元から、たら、と涎が零れる。そうかと思ったら、政宗は思い切って卵焼きを頬張った。 「…どうだ?」 「――…ッ」 もこもこと動いていた頬がぴたりと止まる。小十郎が問いかけてみると、政宗は頬をほわほわと染めて小十郎を振り仰いだ。 「驚いたぜ…こんなに旨いものがあるなんて」 「政宗?」 「小十郎、これうめぇぇぇぇぇぇッ!」 呟きの後に叫んだ政宗は、ぱくぱくと食べていく。その内、爪楊枝では追いつかないとばかりに、卵焼きを小さな両手で抱えてそのまま齧り付き始めた。 「気に入ったみたいで」 「おう、旨いなぁ。俺、これ大好きだッ!」 あまりに嬉しそうに食べるものだから、小十郎も嬉しくなって皿を差し出した。小さな青い姿の政宗がぱくぱくと食べていく仕種を見ながら、小十郎はビールを傾ける。 そうこうしている内にいつの間にか、TVのホラー映画も終っており、いつの間にか二人とも寝入ってしまったくらいだった。 秋の入り口の日から、徐々に変化が起きてくる――だがそれに二人ともまだ気付いていなかった。 夏が過ぎてあっという間に秋が過ぎ去って――と言ってもその間にあれやこれやと様々なことがあったのだが――肌に触れる空気が冷たくなってきたと思ったら、既に季節は冬になってしまっていた。 ――本当に一年って早い。 12月のカレンダーも終わりが見えてくると、小十郎は溜息をついた。しかし此処最近は眉間の皺のことを、誰も言わなくなってきていた。それだけ余裕が生まれたということなのだろうか。 ――いや、違うだろうな。 朝の支度をしながら小十郎はそう自分の考えを否定した。 ネクタイを締めながら、リビングで響くニュースの音を聞く。乱れてしまった髪を撫で付けてから、其処にいくと小さな青い姿をした政宗が座っていた。 「準備できたのか?もう会社行くのか?」 「いや…まだ時間はある。今日はついてくるだろう?」 「勿論だ!外が涼しくなったからよ、俺も動きやすいしな」 ――冬は好きだ! ぐん、と両腕を天に伸ばして政宗が伸びをする。今日はクリスマスだ。仕事が終ったらクリスマスパーティをすることになっている――この花鉢を購入してから、元親や佐助、さらには慶次とつるむことが多くなった。しかしそれは愉しいもので、いつも時間を忘れてしまう。 ――最近、仕事ばかりですっかり忘れていた。 周りの景色を見ることや、行事、イベント事、それらはもっと愉しいはずのものだったのに、ここ何年もすっかり忘れて仕事と生活に追われる日々だった。 だがその中で、政宗と出逢って変化があった。 「今日はクリスマスパーティらしいぞ。お前も来るんだろ?」 「今更聞くなよ、当たり前じゃねぇか」 政宗は小十郎の用意した水をごくごくと飲むと、すっくと立ち上がった。そして「今日は一日フルコースだぜ」と意気込んでいった。 結局の処、日付が変わる頃まで語り合ってしまってから、慶次の店を後にした。クリスマスパーティは慶次の店で行った。皆を自宅に送り届けた後、小十郎は家に入り込むと溜息をついた。しん、と静まり返った部屋に足を踏み入れてから立ち止まると、更に重ねて溜息をついた。 「小十郎…?」 「なんだか、さっきまでの賑やかさが嘘のようだな」 「うん…でもッ!」 肩口にしがみ付いていた政宗が、ぺち、と小十郎の頬に手を打ち付ける。痛みはないものの、叱咤されたのは事実だ。小十郎が肩から政宗を下ろして掌に載せていると、政宗はぐっと拳を握った。 「誰もいない訳じゃねぇだろ?俺が…」 「――――…」 「俺がいるじゃねぇか」 ――ひとりなんかじゃねぇぞ? 言いながら、じわ、と目尻を赤く染めていく政宗に、思わず胸がほんわりと暖かくなるような気がした。小十郎は静かに、ありがとう、と政宗に伝えると、彼をテーブルの上に下ろす。そして部屋の中を暖めながら、さっさと着替えてベッドに横になった。 どさりとベッドに横になると、全身の力が抜けていき、程よい心地になってくる。 「小十郎…?風呂は?」 「今日はいい。朝に入る」 「――珍しいなぁ」 ――お前がペース乱すなんて。 あはは、と笑いながら政宗がテーブルから飛び込んでくる。いつもならば政宗も本体に戻る処だが、枕元によじ登ってきた。 「政宗ぇ…」 「うん〜?」 くるくると枕もとのベッドを踏み鳴らしながら、政宗が小さな足で、たしたし、と座る場所を解す。そしてすとんと其処に座り込むと、小さな背中が見えた。 「お前、欲しいもの、なかったのか?」 「え…――ッ」 「いや、聞いていなかったと思って」 「――――…」 「政宗?」 小さな背中がふわりと大きくなっていくような気がした。眠気が襲って来そうになるが、小十郎は何とか瞼を押し上げて――枕に乗せた頭を、横に動かした。 「叶えて、くれるのか?」 政宗の囁きに、勿論、と答えると、彼はこくりと小さな咽喉を鳴らした。 「それじゃあ…驚かないでくれよ?」 「うん?」 政宗の言葉の意味が解らなかった。そんなに驚くような願いなのかと首を傾げるが、小十郎は「いいぞ」と頷いた。 ――ふわり。 ふと頬に触れた感触に、閉じかけていた瞳を押し上げる。すると目の前に――半分透き通った姿の――等身大の政宗の姿があった。 「――…ッ?政宗?」 「少ししか、この姿、持たないから…」 触れられているのは解る。細い、それでいてしっかりとした手の感触が、静かに小十郎の頬に触れて、そして瞼の上に降りかかる。 抵抗もせずにされるままにしていると、政宗の手によって視界が遮られた。 ――ちゅ。 「――――…」 柔らかく、儚く、静かに小十郎の唇に触れる――それが、音を立てていく事で、政宗の唇が触れたのだと気付いた。 ――柔らかい。 感触が気持ちよくて、もっと触れたいと思ってしまう。咄嗟に小十郎が手を伸ばして政宗の――己に掛かっている手に、手を伸ばそうとした。 ――べし。 「あ?」 確かに感触があった筈なのに、手には何も触れなかった。目測を誤った自らの手が、額に打ち付けられる。 小十郎はがばりと身体を起こして辺りを見回した。今のは夢だったのだろうか――だが、何処から何処までが夢だというのだろうか。 「小十郎〜…ッ!いきなり起きるなよッ!」 「あ、す…すまん」 心臓がばくばくと音を立てる中、ベッドの下からいつもの小さな政宗が腰を擦りながら、唸ってきていた。ひょいと小さな身体を持ち上げると、政宗は口唇を尖らせて膨れていた。 「まさか…な?」 「何だよう?」 「いや…お前が一瞬、大きくなったように見えてな。可笑しいよな、花期はまだ先なのに」 「夢でも見たんじゃねぇの?」 今のは何だったのだろうか――狐につままれたような気持ちだったが、小十郎は政宗を枕元において、布団をかけると「寝るか」と溜息をついた。そして頷きながらも、静かに頬を赤らめていく政宗に、小十郎は気付かなかった。 眠ってしまった小十郎の横で、政宗がすっくと立ち上がった。そして一度小十郎の寝顔を見てから、ぐん、と背中を伸ばす。 ――ふわ。 音もなく、青く光りながら政宗が身体を大きくする。だがその身体は半分が透けている。 ――もう直ぐか…。 自分でも身体の奥底から湧き上がってくる力に気付いていた。こうして夜にこっそりと実体になった時の維持時間も、他の季節とは格段と違いが出てくる。そのことに気付いたのは、ハロウィンを過ぎた辺りだった。 何ら変わりない日々の中で、急に身体が軽くなっていく。休眠期を過ぎたのだと気付くには、いつも遊んでいる幸村が眠そうにしているのを観てからだった。 ――待ちに待った俺の季節だ。 だがそれにはまだいま少し時間がかかる。開花までの時間は長い――政宗は右眼に掛かる髪をさらりと触れてから、そっと小十郎の額に自分の額を押し付けた。 「待っててくれ、綺麗に咲いてみせるから…」 初夏に出会ったこの持ち主は、至極自分に甘い――いや優しい。そもそも絶対に自分を欲しがってくれる人間など居ないと思ってきた。それなのに、政宗の鉢を手にして欲しいと言ってくれた。それだけでも嬉しいが、その彼に花を見せてやりたい。 「――…」 すう、と手元が揺らいでいく。もうこの半透明の姿でさえ保てない。それを解っていながら、政宗は小十郎の頬に手を添えると、触れるか触れないかの口付けを落としていった。 →7 100912 up 一気に冬です。 |