pink panic



 ――ぺちぺちぺち
 小さな手が頬を叩く感触がする。既に馴染んだ音と、馴染んだ感触だ。何かが深い眠りの底から自分を呼び起こす気配がする。佐助は頬に触れる小さな感触に、薄っすらと重い瞼を押し上げた。

「佐助殿ぅ、大丈夫でござるか?」
「だん…な?」

 霞む視界の先には、小さな三頭身の小人がいる。ふくふくした頬に、赤い鉢巻、そして赤い上着を着ている姿はいつも見ている幸村の姿に他ならない。
 佐助がぼんやりと幸村を見上げていると、幸村はふにゃりと安堵に顔を歪めて、小さな身体全部で佐助の顔に乗りかかってくる。
 後ろ足が乗り切れずに、じたじたと動いているがそれはご愛嬌だ。

「良うござった…目が覚めて。某、不安で不安で…佐助?」
「――――…っ」

 ――ぎゅうッ

 佐助は幸村の小さな身体を持ち上げると、急に股間を握りこんだ。掌には馴染んだ感触――しっかりと其処に存在をもつ二つの感触が触れる。至って真面目に握りこんで、指先で、むにむにと動かすと幸村は真っ赤になって手足をじたばたと動かした。

「ぬああああああああああああああああああッ?」
「あ、付いてる。そうだよな、うん…」
「何をされるかぁぁぁぁぁあああああッ」

 ――ばしっ。

 佐助がさっきまで幸村の股間を揉んでいた手を見詰めていると、幸村の体当たりが咽喉元に的中する。その衝撃に枕に沈み込むと、佐助は「目が覚めた」と呟いた。

「いや、あのさ…なんかずっと夢見てて。旦那が女の子でさ…」
「ぬ?」
「可愛かったなぁ…あと少しだったのに」
「さ、す、けぇぇぇぇぇぇ?」

 枕を抱えて話していると、ごごごご、と怒りを顕にしながら幸村が仁王立ちになる。不遜な気配に気付いて佐助が慌てて苦笑いをすると、ぽかぽかと小さな拳で叩いてきた。

「あ…ごめん、ごめんっ。ごめんってば、旦那っ」
「酷いでござるッ!某、それがし…ずっと心配してッ」
「うん、ごめん。ありがとうね、旦那」
「まだ…熱、あるのでござるね」

 ――熱い。

 ぴと、と身体全部を佐助の頬に寄せて、幸村がぷっくりとむくれる。徐々にはっきりしてくる思考の先で、自分がインフルエンザで寝込んでいたことを思い出した。其の間ずっと幸村は側についていてくれたのだろう。

「でも大丈夫、旦那の手の冷たさが気持ちいい」

 ――夢、だよな。だって俺、転勤なんてしてないし。

しかも季節は冬――幸村が咲くはずは無い。あまりのリアルな夢に小首を傾げるしかない。しかし目の前にいるのは佐助の最愛の花――赤いハイビスカスの幸村だ。夢の中のピンクのハイビスカスの彼女を思い出しながら、佐助はぼそりと呟いた。

「ああでも惜しかったなぁ…」
「佐助殿?もはやまた浮気…」
「違うって。あのね、旦那が夢の中で…」

 再び幸村に夢の中の出来事を話しながら、小さな彼の身体を抱き締めていく。まだ熱の篭る身体に、からからに咽喉は渇いて、まるで夏の灼熱の空気を思い出すようだった。
 晩夏の空の下で、空が近いと、遠くなると、笑顔で咲いたピンクの花の幸村。
 それを思い出しながら、佐助は寝物語のように幸村に夢の話を告げていく。そして、佐助は再び彼を抱き締めながら、そっと眠りに落ちていくだけだった。





 → pink panic 0.5






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