pink panic



 幸村の鉢植の花が徐々に少なくなってきたのは解っていた。次々と咲き乱れるピンク色の花びらに毎朝感動を覚える程だった。そしてピンク色の花びらと花の存在感に、幸村そのものだと思わざるを得ない気持ちになる。
 ほんのりと白い肌の奥から透ける、桜色のようなピンク。それに唇の色だって赤とピンクのグラデーションだ――ふわふわと、動くたびに揺れる髪や、変わる表情の中で動く睫毛、よく通る声や、忘れてならないのは沢山食べるところだ。
 如何みても彼女と鉢植の花は同一だとしか考えられない。

 ――あと少しで花期も終わるんだろうな。

 そうなればまた元の小さな姿の幸村に戻ってしまうのだろう。そうなれば、前と同じで気兼ねせずに彼女に触れられる気がする。だけど、それはそれで今のこの――腕を延ばせば抱き締められる大きさの彼女を失うことでもある。

 ――俺はどうしたい?

 佐助は自問しながら横になっていると、ごそ、と背中に温もりが触れてくる。狭いベッドの上で、佐助の背中に寄り添うようにして触れてくる。当然この部屋の中でそんな事をするのは一人しか考えられない。

「佐助ぇ…」
「旦那、こらこら。甘えないの。自分の鉢で寝なって」
「何故でござる?」

 思い切り嘆息して、動かずに背後の彼女に告げる。すると幸村は佐助の背中にしがみ付くようにして、ぎゅっとシャツを握った。

「匂いが移るの厭って言ってたでしょ?」
「構いませぬ」

 背中に幸村の吐息が触れる。服越しに触れる息は余計に熱く感じる。佐助は自分を落ち着けるように、はああ、と深い溜息を付きながら、そっと背後を振り返った。

「あのねぇ…そもそも男女一緒に布団になんて入らないものなの」
「うー」

 振り返ると大きな瞳を、ぱちぱちと瞬いて幸村が睨みこんでくる。不満を口にしたいのだろうが、彼女はただ唸って抗議してくる。佐助はごそごそと身体の向きを変えて、幸村に向き合いながら、淡々と告げた。

「唸っても駄目です。それに狭いでしょ」
「小さい時はそんな事言わなかったのに」
「旦那?」

 不意に幸村が、ぼそり、と呟く。佐助が様子の変化に気付いて声をかけると、さっと彼女は上体を起した。そうすると幸村の方が佐助を見下ろす形になる。
 見上げる先の幸村は、キッと瞳を上げ、眉を寄せていた。そんな怒った顔は始めてだ――拗ねたようにして、そんな表情になることはあったが、それとはまた種類を異にしている。だが徐々にその瞳には光の膜が出来ていく。じわじわと涙がこみ上げてきているようだった。

「佐助は…某のこと、嫌いになったのでござろう?」
「え?」
「なればそうと言えば良いではないか!」

 ――ばふん。

 幸村が癇癪を起したかのように、布団を叩く。勢いでベッドが少し動いた。様子が違うことに佐助も驚いて、勢い良く上体を起した。

「ちょちょちょ待って!」
「嫌われたのなら、某とて…二度と鉢から出ずにッ」
「待った、旦那ッ!」
「――…ッ」

 ぼろ、と幸村の大きな瞳から涙が零れる。彼女の涙を見た瞬間、佐助の中で何かがぷつんと切れた。気付いたら腕を延ばして、彼女の華奢な肩を引き寄せていた。

「そうじゃないんだよ、そんなんじゃ…」
「佐助」

 鼻先に幸村の髪が触れる。自分の胸元に彼女を引き寄せて、此れでもかと云うほどに強く抱き締めていく。
 触れる彼女の髪は、当然ながら自分が使っているシャンプーと同じ香りがした。だけど、それが幸村の方から香ってくると、くらりと視界が揺れそうになった。

「ごめん。八つ当たりだった」
「え」
「俺は…」

 ごくん、と咽喉が鳴る。そうでもしないと咽喉と咽喉が張り付いてしまいそうだった。幸村を抱き締めながら、何度も「ごめん」と謝る。
 彼女の涙が見たいわけではなかった。でも自分のとった行動に、彼女が涙を流したのは事実だ。そうなるともう、頭の中は真っ白になっていた。
 そして佐助は幸村の耳元に囁くようにして告げた。

「俺は旦那が好きなんだ」

 ぴく、と腕の中の幸村が身じろぎする。

「――…ッ」
「だから、意識しちゃうから駄目なの。ごめん」

 幸村の肩を少しだけ押して、彼女の顔を覗きこむようにして告げると、幸村はぱくぱくと口を動かした。
 大きな瞳が余計に大きく見開かれる。

「ごめんね、俺様こんなんで…だから」
「好き…」
「え?」

 小さく呟くような声に、今度は佐助が瞳を見開く番だった。肩に添えた手に、知らず力が篭っていく。すると幸村は泣き出しそうな――其れでいて、微笑むように笑みを浮べるように、ぎこちなく表情を動かした。

「某とて、佐助が好きでござる…」
「――…っ、旦那っ」

 はっきりと耳に聞えた告白に、ぎゅっと強く自分の胸に引き寄せた。掻き抱くというのは将にこのことだろう。強く強く抱き締めると、幸村の細い腕がそっと佐助の背に絡まってくる。
 背に触れてくる幸村の手の感触に気付くと、佐助は眩暈を覚えながらも、そのまま彼女をベッドの上に引き倒していった。










 触れる唇が熱い。
 唇だけじゃなくて、触れ合っている部分が全て熱い。密着したままで、幸村を下に敷きこみながら、佐助は彼女の唇を何度も吸い上げた。

「旦那…俺、旦那のこと好きだ」
「佐助…ッ」

 掠れた吐息の合間に告げると、重ねた唇が赤く濡れていた。幸村の薄い唇を挟み込み、ちゅう、と吸い上げる。すると追いかけるようにして彼女の唇が同じ動きをしてくる。

 ――ちゅ、くちゅ。

 自然と舌を口腔内に忍ばせると、最初は身を硬くしていたが、幸村は直ぐにそれにも慣れて、佐助の動きを追ってくる。絡めあう唇が、舌先が、どんどん甘くなっていくような気がした。

「あ…、っふ」
「だんな…――」

 鼻先を触れ合わせると、はあ、と幸村も呼吸を整える。背に回ってきていた腕が、ごそりと動いて、今度は佐助の首に廻される。力に引き寄せられるように佐助が頭を沈ませる。すると、こつん、と額がぶつかった。

「苦しくない?どうだった…?」
「なんだか、ふわふわ…する」

 とろん、と蕩けるような瞳になりながら、幸村が感想を述べてくる。宥めるようにして頬を掌で包んで撫でると、もう一度、ちゅう、と唇を吸い上げた。そして真正面から彼女を見下ろしながら告げていく。

「好きで、好きで…もう抱きたいくらい」

 ――どうしようか。

 幸村の頬に自分の頬を寄せて、そのまま首筋に鼻先を埋めて問う。すると佐助の重みを受け止めながら、幸村はそっと耳朶に囁いた。

「そ、某も」
「え…――っ」

 思わず顔を上げて確認してしまう。正面から見下ろしていれば、幸村はほんのりと頬を染めていく。それが薄い明かりの下でも見て取れた。

「ほ、本当に…いいの?」
「好きな相手に求められて拒むなど致しはせぬ」

 佐助がそれでも躊躇しながら問うと、きっぱりと言い放たれる。そんな処はもはや苦笑するしかない。佐助は嬉しさ一杯で、くすくすと笑った。すると幸村は頬を、ぷう、と膨らませて見せた。

「もう、漢前なんだから」
「悪いか?」
「ううん、そんな処も可愛い」

 ――ちゅ。

 額に口づける。其処から鼻先、顎、頬、唇とキスを降らせていく。擽ったいのか、幸村は佐助が触れると小さく震えながらも、ふふ、と小さく笑っていく。
 そんな処にいつもの無邪気さとは違う色香を感じながら、佐助はそっと彼女の胸元に手を伸ばした。

「うんと優しくするから…」

 ひく、と幸村の身体が佐助の手に反応する。胸元に滑らせた手を、く、と山にするように動かすと、ふにゃ、と柔らかい感触が乗ってくる。休む時は流石に下着を外しているようで、直に弾力のある胸に触れた。

「ん…」
 ――やべぇ、柔らかい。

 咽喉が鳴るのと同時に、背中に急激に熱が集まってくる。手に触れる柔らかい丸みは、調度佐助の掌に乗る大きさで、ふにふにと柔らかい感触を伝えてくる。堪らず、彼女の上着をたくし上げて、顔を寄せる。

「あ…っ、んっ」

 胸元に頬を摺り寄せると、まるでマシュマロのような弾力と柔らかさが触れてくる。唇を寄せて、すすす、と膨らむ乳房の下から動かし、つん、と先の突起に触れる。

「っ、……ぅんん」
「旦那…――」

 幸村は身を捩りながら、佐助の髪を両手で絡めていく。引き剥がそうとはしていないから、それがまた嬉しくなってしまう。

「さすけ…っ」

 ――しがみ付いて来る腕、細い。

 幸村の様子を見上げながら、唇で彼女の胸元を挟み込む。触れるふにふにとした感触が、やたらと気持ちよくて、しきりに唇と掌で愛撫を続けてしまう。すると先の突起が、きゅう、と硬く引き絞られていった。

 ――あ、勃った。

 ぷる、と揺れる胸に、小さな突起が形を誇示する。佐助は業と音を鳴らしながら、彼女の乳首を吸い上げた。

「あ、あ…っん」

 ――じゅっ、ちゅうぅ。

「や、あ…っ」
「旦那、可愛いねぇ」

 頬を赤くして身を捩る姿に、くらくらと眩暈を覚える。浮き出た鎖骨にぬるりと舌先を這わせながら、そっと胸元から下に手を添えていく。割り開くようにして彼女の足を動かし、恐る恐る中心部分を探った。

「っ、や…そ、んなっ」
「大丈夫、優しくするから」

 するりと滑り込ませた手に、柔毛が触れる。そして割れ目を探るようにして中指を滑らせていくと、熱く熟れた場所に触れた。指先で先の小さな突起を、かり、と爪弾くと幸村が背を撓らせていく。

「佐助…さ、すけ…っ」
「旦那可愛い…ね、もっと旦那を俺に頂戴?」

 言いながらも、額に汗がじわりと浮いてくる。それに手に触れている幸村の四肢も徐々に汗ばんで、しっとりと馴染んでくる。大きな瞳に、睫毛を涙で濡らしながら、幸村は佐助を引き寄せて、はふはふと呼吸を繰り返した。

「は…――っ、佐助、お前…だって」
「えー?俺?」
「熱に浮かされたかのような顔だ」

 ――熱…うん、熱い。

 ひや、と幸村の手が佐助の額に触れる。自分の下肢を持ち上げた彼女の足の合間に滑り込ませたまま、そっと身体を折り重ねていく。

「熱い…そうだね、旦那」
「融けて、しまいそう…」
「うん…融けちゃおうよ」

 ――なんていう幸せだろう。

 じわじわと熱が伝わってくる。触れる手を止める事無く、ただ深く沈みこむ為に強く彼女を抱き締めていく。シーツの上に広がる波紋のような髪、それに跳ね上がる細い腰を支えながら、佐助はただ熱に浮かされていくだけだった。






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