pink panic



 起き上がってから、ずっと自分に触れてきていた彼女の胸の感触を思い出してしまう。
 むに、と自分の真っ平らな胸元に乗り上げてきていたのは、見事な山をもった胸だった。それに触れてくる何処も彼処も柔らかくて、なんだか良い匂いがして、くらくらとしてしまう。佐助は駆け込むようにしてバスルームに向うと、顔を勢いよく洗ってから、再び戻ってきた。

「佐助殿、改めておはようござる」
「夢じゃなかった…」

 顔を洗って出てくると、そこには美少女だ――何の冗談かと思ってしまう。

「だって俺の知っている旦那って、ぺったんこでさ…どう見ても男だと思ってたのに」
「何をぶつぶつ言っておるのでござるか?」

 タオルを口に当てながら、呟いていると幸村が唇を尖らせる。その唇がピンク色をしていて、思わず触れたくなったが、前のように容易に手を出せない。

 ――でも、乙女趣味だとは思ってたんだよな。納得…。

 可愛いものに目がないのは、もともと女の子だったからだと思えば納得できる。佐助は溜息を付きながら、テーブルの前に座った。

「えいっ」
 ――とんっ。

 すると目の前に幸村が自分の鉢植を置いた。何だろうかと思っていると、反対側から身を乗り出して幸村が瞳を輝かせてくる。

「佐助殿、まずは某の花を見てくだされっ。見事に咲き申した!」
「あ…うわ、可愛い。ピンク色がひらひらしてる」
「そうでござろう?」

 流石に言われてみると、最初に見た時と同じように花びらがひらひらと揺れて愛らしい。まるで花嫁のベールのように揺れるそれに、思わず指先を伸ばして触れてみる。

「きゃっ!」
「うわ、ごめん!」

 小さく声を上げた幸村に、ぱっと手を離す。すると幸村は、ふふ、と笑いながら頬を掻いた。

「いえ、構いませぬ。ちょっと驚いただけでござる故」
「いや…急に触った俺も悪かったんだし」

 流石に調子が狂うというものだ。そして徐々にはっきりしてくる頭で、はたと気付く。

 ――そういえば俺様、旦那と一緒にお風呂とか、パンツ一丁で歩いたりとか。

 女の子だとは思っていなかったせいもあって、よくよく考えてみると随分と大胆なことをしてきたものだ。
 脳内では目の前の美少女と一緒にお風呂に浸かったり、あらぬ姿を見せたりしたことになってしまう。
 それを思うと頭を抱えたいくらいの羞恥が迫ってくる。

 ――俺様の馬鹿ぁぁぁぁ!いくら何でも気を赦しすぎだろッ!てか自分家だから仕方ないけど、それにしたって油断しすぎだぁ!

 今まで全く女の子に縁が無かったわけではない。むしろありすぎたくらいだ。だが、こんな醜態は初めてで、動揺してしまう。
 しかしそんな佐助の動揺も今の幸村には全く無関係でもある。幸村は向い側から身を乗り出してきて、不意に佐助の額に手を当ててきた。

「佐助殿、お加減でも悪いのでござるか?」
「え…そ、そんな事ないけど」
「お顔が真っ赤でござるぞ?」

 心配そうに覗き込んでくる幸村は、如何見ても愛らしい美少女だ。そして更に言えば屈んできていることもあり、胸元がぽよんと揺れているのが見えてしまう。

 ――よく考えると、旦那の服装って…。

 幸村の服装は上半身は胸元だけを隠すようになっているだけだし、おなかは出ている。ふんわりとしたズボンは如何見ても、アラビアの服装みたいだと思った最初の印象と変わらない。

 ――すごい胸を強調してないか?てかスタイル良いなぁ。胸だってCカップはありそうだし…。

 思わず思考がまるっきり男になってしまう。はたりと気付いて、自分の眼が幸村の胸元にだけ注がれていることに気付いて、鼻血が出そうになってしまった。

 ――目の毒。ちょっと待てよ、この姿で外に出られたら…。

 ハッと気付いて佐助は屈んでくる幸村の肩を押し退けると、ばたばたとクローゼットを開けた。そして中からシャツを取り出してから、今度はパーカーも取り出す。

「ととととりあえずッ!此れ着てッ」
「ええええ?暑苦しいでござるぅ」
「駄目!着ないと見えちゃうからッ」
「ぬぅぅぅ」

 渋々ながらシャツを着込み出す幸村を横目に、うろうろとその場で歩き回ってしまう。シャツ一枚ではやはり胸がまるっきり解ってしまうし、言ってみれば今の幸村はノーブラだ。
 ぽよぽよ揺れる胸元を見続けていると、いつ理性が飛ぶかわからない。

 ――触りたい、って思っちゃうんだもん。

 かああ、と項から熱くなってくる。所詮自分もただの男だ、と実感するしかない。
 だが幸村の花期は始まったばかりだ。さしあたっての問題は彼女の服が無いということだ。自分の服を貸しても良いが、其処はサイズが違うというもの――それに下着だって違う。色々ああだこうだと考えている間にも、幸村は全く動じずにテレビをつけて観ていた。

「ええと、こういう場合どうしたら…ああもう、デパートの店員さんにお願いするしかッ」
「佐助殿?」
「旦那、買い物行こう!」

 がし、といきなり側にきて肩をつかむと、佐助は真剣な面持ちで言う。迫力に圧倒されて幸村が一瞬だけ瞳を見開いたが、すぐに頷いた。

「う、うむ。構わないが」
「そうと決まれば支度!」

 今日が休日でよかったと思いながらも、再び佐助は勢いよく立ち上がって、準備を始めていく。それをのんびりと幸村は見詰めながら、佐助の慌てぶりにただ小首を傾げるだけだ。ばたばたと動いている佐助の傍らで、いつものように冷蔵庫から持って来たペットボトルの水を飲んでいる。
 だが動く佐助を横目にしっかりと着替えていたのだが、佐助は気付いていなかった――気付いていたら、たぶん悲鳴くらい上がっただろう。
 Tシャツにジーンズといった姿に、さらにパーカーを着込んでいる。足の長さも長すぎたので、くるくると折り曲げていた。正直なところ、佐助の目の前で豪快に脱ぎ着していた訳だ。

「電車…駄目だ、いいやもう車で行く!」
「何をそんなに動揺されておられるのかのぅ」
「そうだっ!旦那、外で【殿】つけないでね。呼び捨ててっ」
「ええええ?そのような…」

 身支度を整え終わった佐助が、座っている幸村の前に来る。だが幸村にとっては何を佐助が慌てているのかも解っておらず、戸惑うばかりだ。しかし佐助は勢いに任せて、ずい、と前に顔を突き出しつつ促がした。

「いいから、ほら言ってみて」
「さ、佐助…?」
「うん、いい感じッ」

 ――鼻血でそうだ。

 ぐ、と親指を突き立てて見せると、幸村も同じように真似してくる。そして、にこ、と笑うものだから、佐助の胸は高鳴りっぱなしだった。










 いざ買い物に行くと決めてから、不意に佐助は気付いた。

 ――俺、そういえば女の子の服ってよく解らないな。

 雑誌でも買ってきて吟味している暇はない。取り合えず一通り揃えておきたいものだ。どうしようかと悩んでみてから、不意に選んだ相談相手は直属の上司だった。

「元親主任?あの…女物の服って、どんなの買えばいいんですか?」

 携帯電話で話す相手は長曾我部元親だ。何となく彼なら知っているような気がした訳だが、慌てていたこともあって事情は話し忘れた。

「は?佐助、お前そんな趣味あったのか?」
「違いますって」
「じゃあ、何だよ。彼女にでも贈るのか」

 電話口で事情が飲み込めない元親が不思議そうに聞いてくる。だが何処か揶揄うているような響きもあったが気にしないことにした。
 彼女、という響きに、どきん、と胸が鳴ってしまう。
 佐助はまだテレビを見ている幸村をちらりと横目で見た。彼女は体育座りをしながら、足の指を動かしてテレビを見ていた。

「近いかも…ってか、ええと掻い摘んで言うとですね、旦那が」
「幸村がどうかしたか」
「女の子だったんです…」
「――は?」

 電話口から、素っ頓狂な声が聞こえる。間が抜けているとしか言えないような、気の抜けた声だった。

 ――そりゃ驚くよな。

 佐助はそれもその筈とばかりに、再び告げた。しかし返ってきたのは予想に反して、呆れた風な元親の声だった。

「だから、旦那が女の子だったんですって!」
「そんなの見りゃ解るじゃねぇか。な?元就」
「そうだのう…」
「ええええええ?」

 電話口からついでとばかりに元就の声も聞こえる。という事は、彼らには最初から幸村が女の子に見えていたという事になる。
 しかしそうなれば理解は早い。ははあ、と伺うような笑い声が聞えてきた。

「それで服が必要って訳か」
「だって俺の服着せたら、萌える…じゃなくて、あんまりでしょ?男物だし」
「だったら家に来い」
「は?」

 あっさりと元親は誘ってきた。なんで元親の家にいく必要があるのかと間を置いていると、続けて彼の声が追い討ちをかけてきた。

「一通り揃ってるからよ」
「なんでッ!」

 こんなにもあっさり言われると思わなかった。そもそもどうして元親の家に一通り女物の服があるというのか。今度はそれを佐助が怪訝に思う番だったが、問いかける間もなく真相を告げられる。

「俺の服だから」
「は?」
「言ってなかったっけ?俺、親にさ、結構女物着せられてたの。ガタイ良くなったの遅くてよぅ。まあ、身体が出来上がるのは早かったけどな。だから結構残ってるぜ」
 ――下着意外はな!

 かかか、と電話口の元親は楽しげに笑っている。百人力とでも言いたいところだが、意外な上司の過去を知ってしまったような気もする。
 佐助は複雑な気持ちも抱えながら、後で幸村と一緒に元親の家に伺うことにして、早々に車のキーを手に取ると幸村と共に買い物に飛び出して行った。










 普段は縁遠いキラキラとした空間――もともとこうしたテナントなんかの装飾をしている仕事だというのに、どうしてプライベートで来ると恥ずかしい気持ちになるのだろうか。
 男物とは違って、レディス物があるフロアがやたらと煌びやかに見えてしまう。その中の一角の下着売り場に、幸村を伴ってくると余計に逃げ出したい気持ちになってしまった。

 ――居た堪れない…よく彼女に下着贈る奴とかいるけど、勇気あるよな。

 内心で感心しつつ、自分には無理だとさえ思ってしまう。
 フリルやレースの沢山ついた可愛らしい下着の並ぶ一角で、佐助は店員を捕まえると幸村を押し付けるようにして、ずい、と彼女の背中を押した。

「すみません、この子の下着一式揃えてやって下さい」
「はい、畏まりました」

 店員のお姉さんはニコニコしながら答える。だが佐助は早々にこの売り場から逃げたい気持ちで一杯だった。

「ではお客様はこちらのソファーで御待ちください」
「あ…は、はいッ!」

 フィッティングルームの前に置かれたソファーを指され、ホッとしてしまう。これで店内で御待ちくださいといわれたら、どうしようかと思っていた位だった。
 幸村を一人で此処に置き去りにする訳にはいかないし、かといって観て回っていたらそれはそれで変人だ。
 フィッティングルームを横目で見つつ、はあ、と嘆息していると、中から会話が聞えてくる。

「ではサイズをお計りしますね」
「うむ、宜しく頼む!」
「あらぁ、下着つけてらっしゃらないのですか?」
「元々したことはござらん」
「形崩れてしまいますよ。綺麗な丸いお胸ですのに」

 中からの会話で佐助の脳内に今朝方見た、幸村の胸の形がぽやんと浮かんだ。そしてハッとして、記憶を掻き消すように首をぶんぶんと振った。

 ――やべぇ、俺様、今何考えたっけ。こうなれば内装とか考えて気持ち散らそう。

 仕事だと思えば少しは落ち着けるかもしれない。佐助は周りのテナントを見ながら、ああだこうだと考えていた。
 そうしていくと不思議なもので、集中してしまう。そうなれば全く周りの音が聞えなくなる性質なので、これはいいぞ、と自分の思いつきに自画自賛する。
 しかしそれも、しゃ、というカーテンの開く音に打ち砕かれた。

「佐助ぇ?」
「ななななに?」

 観れば幸村がフィッティングルームのカーテンを少しあけて、顔を覗かせている。どうやら店員はいくつか選んでいるようで、店内を動いている。
 その合間に幸村が周りをきょろきょろしつつも、佐助の方へと訊ねてきた。

「これ、どうであろう?」
「わああああ見せなくていいからッ」
 ――しゃっ!

 ぱっと目の前に幸村が上半身まで開いてみせる。驚いて佐助が立ち上がってカーテンを手繰り寄せた。
 だが幸村は蛸のように唇を尖らせて、ぶうぶう、と言い募る。

「しかし買ってもらうのだし…お前も気に入った方が某としては」
「いいからっ、旦那は何でも似合うからッ!」

 佐助が慌てて目を瞑ると、幸村は中に一旦引っ込んだ。そして再び顔を出して、佐助に聞いてくる。

「佐助、佐助…目を開けてくれぬか?」
「だって旦那見せようとするでしょッ!」
「むぅ。某、この赤のチェックのと、ピンクのフリフリしたのがいいでござる。それか、緑の…」
「全部買って良いよっ」
「良いから見てみてくれッ」
「わあああああっ」
「佐助に決めて欲しいのでござるっ」

 幸村の先手を打って言い募るが、幸村は構わずにカーテンを開けようとする。佐助は薄目で幸村を見つめつつ、ううう、と唸った。
 観ればブラジャーで見事に、寄せて上げられた胸が、以前よりも谷間を誇張していた。

 ――耐えろ、俺様!

 幸村もまた強気だ。佐助が真っ赤になっていると、幸村は腰に手を当てて、ふむ、と頷いた。見事なまでに括れた腰が美しく流線型のラインを描いている。其処に手を宛がって、幸村は「ではコレを着ていくか」と頷いた。
 今、幸村がつけているのは赤いブラだ。それもチェック柄で元気な彼女のイメージに合っている。

「あと気に入ったの、全部買って良いから、ね?」
「お値段、結構しますぞ」
「気にしない、気にしないッ!」

 幸村は佐助を上目遣いで見詰めてから、にこりと笑った。そして店員が戻ってくると再び中に戻り、次に出てきた時は頬を桃色にしながらも佐助に「ありがとう」と告げていった。

 ――俺様、もう絶対に寿命が縮んだ…。

 下着売り場でこんな風に乱されるのは、出来れば最後にしたいと思いつつ、佐助は幸村の手を繋ぎながらフロアを移動する。
 幸村はというと、佐助からの贈り物に――ものは何であれ――喜びを感じているのか、嬉しそうに微笑むばかりだ。










 それから一緒に一着だけ服を買って、その場で着替えた。靴もスニーカーとサンダルの二足を買って合わせた。
 お陰で幸村はワンピース姿になり、ひらひらと揺れる裾にご満悦だ。ちらりと肩からは先程買ったブラの赤いチェックの紐が見えている。
 取り合えず格好が落ち着くと、別の店に行こうかと外に出た。調度昼も過ぎていて、佐助は幸村の手を引きながら振り返った。

「お腹空いたねぇ。何か食べて…旦那?」
「佐助ぇ、すごいぞ!」
「え?」

 振り返ると幸村は上を見上げて、繋いでいない左腕を空に伸ばして見せた。促がされるようにして佐助もまた空を見上げる。

「空が近いッ!手を伸ばせば届きそうだ」
「大げさな…でもそうだね」

 言われて見上げる空は遠く感じる。
 しかしいつもの小さな姿の幸村を想像すると、そうか、と頷くしかなかった。あの小さな姿で空を見上げれば、どれだけ遠くに感じるのだろうか。
 そして今、少しでも目線が変わった彼女にとって、この空はどれ程近づいたのか。
 それを思うと、胸がきゅんと締め付けられるように高鳴った。

「佐助ぇっ」
「んー?」

 不意にぐんと腕が前に引っ張られる。幸村に促がされるようにして見上げていた首を元に戻してみると、今度は前に立った彼女がお腹を押さえている。

「お腹が空き申したッ!」
 ――ぐうううううううううううっ

 大音声と共に幸村が宣言する。こんな奔放なところは小さな時と全く変わらない。だがそんな姿が愛らしく見えてしまうから不思議だ。
 ひらひらとワンピースの裾が揺れる。くるりと踵を返した幸村の背で、彼女の長い髪が一緒に弧を描く。まるで舞うかのような動きで、瞳を奪われてしまうのに、どうしてか抜けていて可愛い。

「佐助ぇ、某、腹が空き過ぎて力が出申さぬぅ」
「あはははは旦那らしいぃぃぃ」
「笑い事ではござらんぞ?」
「だったらさ、おんぶして行こうか?」

 ひょい、と幸村の隣にたって背中を見せる。すると幸村は一瞬きょとんとしたが、今度は子どものように嬉しそうに頬を膨らませて、一瞬手を離すと後ろに後退した。そして次の瞬間には、たたた、と勢いをつけて駆け込んできた。

「うわっ!ちょ、マジで?」
「おんぶでござるなっ!佐助ぇ、行くでござるぅ!」
「わわわ、ちょ、旦那?」
 ――どしんっ。

 勢いをつけて佐助の背中にしがみ付いた幸村が、足を後ろから佐助の腰に廻す。飛び込んできたせいで、後ろ側に倒れそうになるのを必死で堪え、佐助は幸村をおんぶしなおした。

「まったく、街中でされなくて良かった」
「何か言い申したか?」
「ううん、こっちの事。旦那ぁ、何が食べたい?」
「佐助が勧めるのなら何でもようござる」

 背中に幸村を背負い、腕に沢山の荷物を持ちながら歩く。中心街ではない此処だから出来る芸当だ。幸村は未だに空を見上げたりと無邪気だ。それに佐助の目線と同じになると、ふふふ、と笑いながら後ろ頭に寄り添ってくる。

 ――温もりが…吐息が…!

 急に意識してしまう。背中に触れる彼女の身体は小さく、そしてとても暖かだ。
 どきどきと高鳴る鼓動に合わせて背中から熱くなっていくのを感じながら、佐助は幸村を背負ったままで歩いていった。










 買い物をして、お腹がすいたところでファミレスに入った。ここなら大体のメニューは揃っているし、価格もそんなに高くない。メニューを一緒に見ながら幸村が瞳を輝かせたのは、ホワイトソースがのったオムライスだった。
 オーダーをしてから程なくして運ばれてきたそれに、幸村は嬉しそうに身を乗り出す。そんな一つ一つの行動が新鮮だった。

「ふおおおお、これは…ッ!」
「全部食べて良いからね。足りなかったらまだ…」
「頂くでござるッ」

 大きなスプーンを手にして、佐助に向って言う彼女はもはやオムライスしか見ていない。いつもの食べっぷりを思いだして大盛りでオーダーしていたが、その大きさにも感動したのか、幸村は興奮気味で瞳を輝かせている。
 スプーンに掬い取ったオムライスを、大きな口を開いて食べる幸村を見詰めながら、佐助は自分のボロネーゼをフォークでくるくると巻き取って口に入れる。その間にも幸村はスプーンを咥えて、うううう、と嬉しそうに唸っている。

「美味しいぃぃぃ!」
「…可愛いなぁ」
「ん?」

 ぱくぱくと大盛りのオムライスを食べる姿にだらしなく顔が緩んでしまう。佐助は自分のパスタをくるくると巻き取ってから幸村に差し出した。

「こっちも食べてみる?」
「うむ!これはまた…美味で…ござるな」

 躊躇い無く、ぱくんと口にそれを含んだ幸村がミートの味の強いボロネーゼをもくもくと咀嚼していく。そしてオレンジジュースで咽喉を潤すと、再びオムライスに取り掛かっていく。

 ――こんな風においしそうに食べてくれるなら、作り甲斐があるってもんだよねぇ。

 不意にそんな風に考えてしまう。先程メニューを見ていて気付いたのだが、幸村は定番品に結構瞳を奪われていた。ハンバーグや、オムライス、ホットケーキそれにカレーライスだ。それらをじっくりと見詰めてから悩んで、そしてオムライスに決めていた。

 ――家でも色々作ってあげよう。

 自分ひとりだと思うとどうしても簡素な食卓にしかならない。だがこんな風に嬉しそうに食べてくれるのなら、ちゃんと自炊しても良いかもしれない。
 佐助はそんな風に考えながら、帰りに近場のスーパーマーケットで食材を買っていくことを今日の予定に追加した。
 そうして佐助が考えている間にも、幸村のオムライスは徐々にその姿をなくしていく。不意に彼女の頬に、白いソースがちょこんと付いているのに気付いた。

 ――なんてお約束な。でも可愛いんだよなぁ。

 親バカな気分で佐助は幸村に、自分の頬を指差して見せた。

「旦那、ほっぺにソース付いてるよ」
「う?」

 幸村は言われてから自分の頬に触れる。だが佐助と向かい合っているせいで、反対側の頬を触れて、小首を傾げた。佐助は手を伸ばして、ひょい、と頬のソースを掬い取る。

「ここだよ、ほら」
「ぬ、かたじけない」

 触れた頬に気付いて幸村が手を伸ばす。離れかけた佐助の手首を掴んで、拭い取られたソースをそのまま、ぺろん、と舐めた。

「――――っ!」
「このおむらいすというのは非常に美味でござるな、佐助!某感動致し…佐助?」
「ううううううん、そ、そうだね…ッ」

 指先を舐められて、どっどっどっ、と鼓動が脈打つ。佐助は慌てながらも自分の方へと手を戻し、彼女に気付かれないようにそっと舐められた指先を口元に引き寄せた。

 ――なんでこうも可愛いんだろう。

 ベタなことをされている感は否めない。
 今までなら笑って済ませるくらいの器用さを持ち合わせていたし、殊、恋愛に関しては割とスマートにこなしてきた。それなのにこの目の前の幸村相手だとどうしても上手く立ち振る舞えない。

 ――どうしちまったんだよ、俺。

 自分の変化に戸惑っている間にも、幸村は佐助に構わずオーダーボタンを押している。ちらりと見ると、トロピカルパフェなるものを鼻息も荒く頼んでいる姿がある。
 佐助だったら絶対にオーダーしない、甘そうなパフェだ。それもまた先程と同じように嬉しそうに沢山食べてくれると思うと、きゅんきゅんと胸が締め付けられる。
 佐助は鼻の下が伸びるのを感じながら、自分の皿に残っていたパスタを掻き込んでいった。






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