flower of passion 三回目の花期が訪れ始めた時、慶次に指摘されたように、しっかりと陽にも当てた。正し、長時間は葉を駄目にしてしまうから、慎重になりつつだった。その甲斐もあってか、最初の花期の時のように、幸村に変化が訪れた。 ほんわりと彼自身が濃い赤の服になっていく。そして気付くと、小さな姿に重なって、大きな――実体になったときのような青年の姿が浮かぶ。 ――やっぱり、ちゃんとした花期だと、こんな風な変化が起きるんだな。 日々、徐々に変化を見せる彼に、佐助はじっくりとそんな風に感じていた。 「佐助殿…明日は、お仕事でござるか?」 佐助がホットミルクに蜂蜜を入れていると、幸村がベッドの枕元から問いかけてきた。既に夜も深まっており、幸村と一緒にテレビで映画を観た後だった。 「何でそんなこと聞くの?」 「某達には、あまり、かれんだーというものは関係ないのでござるが…そのぅ」 幸村は枕カバーの隅を手で握りながら、もじもじと身体を揺らす。 佐助は気付かれないように、ちらり、と彼の鉢に視線を移した。其処には大きく膨らんだ蕾が四つ付いている。更に言えば、その内の二つが同じ大きさに膨らんでいた。 「遠慮しないで、言って」 顔を近づけて、小さな幸村の耳元に囁くと、幸村は「ふきゃ」と小さく肩を竦めて見せた。そして、おずおず、と上目遣いになりながら、佐助の頬に両手をぺたりとつけた。 「今夜…いえ、明け方かもしれませぬが」 「うん…――」 「某、咲きそうなのでござる。なので、もし…起きていても支障がないようでござったら…その、某の咲く瞬間を是非ともお見せ致したく」 「うん、良いよ」 「ふぇ…――っ?」 佐助の即答に幸村が素っ頓狂な声を発する。佐助は両手で幸村を掬い上げると、小さな頬に唇を触れさせた。 ぴた、とくっ付いて、直ぐに離れた唇に、幸村が瞳をぱちくりと動かす。驚いた顔の彼を、くつくつ、と咽喉の奥で笑いながら見つめていく。 「今日、金曜日だもん。だから、明日は休み。ずっと起きてるよ」 「真でござるか…?」 「旦那の花の咲く瞬間をみせて」 ベッドに横になりながら、間近で幸村の姿を見つめる。すると幸村は小さな手を、ぺたぺたと動かしたかと思うと、そっと佐助の頬に唇を押し付けてきた。 「――――…ッ、旦那?」 「見逃さないで下されよ?」 ぷい、と横を向く幸村に、触れられた頬が熱くなっていく。 ――旦那から、キス、してくれたんだよね? 佐助はベッドの上で――幸村も乗っているのだが――足をばたばたと動かして声にならない喜びを現していく。ぼふぼふと揺れるベッドの上で幸村が、ぽよんぽよんと弾んでいくのを楽しんでいたのなど、佐助の視界には入っていなかった。 夜通しゲームをしたり、話をしたりして時間を潰し、気付くと外が白んできた。ふあ、と佐助が欠伸を零し始めると、幸村がぱたぱたと自分の鉢植えの元に駆け寄っていった。 「佐助殿、佐助殿ッ!」 「うん?なぁに…――」 「来ますぞ」 落ちかけていた瞼が、幸村の一言で持ち上がった。ぶんぶんと凄い勢いで手招きしている幸村の元に向うべく、佐助が身体を起こす。 「マジ?ちょっと待って…って、うおおおッ」 「大丈夫でござるか――ッ」 ずしゃあ、とベッドから勢い良く床に落ちる。顔面から落ちながらも、佐助はがばりと顔を起こし、じたばたと手足を動かして幸村の元に向った。 「まだ、まだ…大丈夫?咲いてない?」 「間に合ってござる。佐助殿、見ててくだされ」 幸村が鉢植えの手前に、ちょこん、と座り込む。幸村の背後にある鉢の蕾が、内側の深紅をゆるゆると見せ始めていた。 ――ごくん。 佐助は高鳴ってくる鼓動に合わせて、咽喉を動かした。息を飲むというのは将にこのことだと思えるくらいに、じっと――呼吸さえも邪魔な気がしてしまう。 「何だか緊張してきた…」 佐助が胸元に手を当てて、どきどきと胸を高鳴らせながら見入っていると、くす、と小さく幸村が笑ったかのようだった。 そして小さな身体を、幸村はぎゅっと小さく縮めるように屈めると、ぷるぷると震えた。 ――あ、咲く。 周りに風もなかった筈なのに、ぶわ、と頬に風が触れてきたような気がした。佐助が瞬きさえ忘れて凝視する中で、幸村がぐんと身体を動かした。 「――――…ッ」 ――ふわり。 視界に、小さな身体の幸村が、一気に大きくなる姿が眼に入る。 背を撓らせ、咽喉を仰け反らせている彼の身体が――長い彼の髪が、ふわり、と絹糸のように広がった。その髪がふわふわとゆっくりと落ちてくるのに合わせて、彼の花の精としてのしての性質なのか、きらきら、と小さな光が廻りに広がった。 ――うわ…ぁ。なんて綺麗な。 言葉が思いつかない――佐助はただ見入るしか出来なくなっていった。そうしている間に、幸村がくんと顎先を引いて、ふう、と溜息を付く。そしてゆっくりと長い睫毛に彩られた瞳を押し上げた。 すると佐助と同じ目線に、幸村の視線が重なる――大きな葡萄のような瞳が、きらり、と朝日を弾いて煌いた。 「佐助殿…見て、いただけたでしょうか?」 「う…、あ…――、う、うん」 ほんわりと眦を朱に染めながら、幸村が手を伸ばしてくる。その手が、佐助の手にかかると、佐助はごくりと咽喉を鳴らした。からからに渇いていた咽喉が、張り付きそうになっていた咽喉が、嚥下によって動き出す。 「すっごく綺麗…だった。俺様、こんな綺麗なもの、初めて見たよ」 「本当でござるか?」 幸村の背後で大きな――深紅の花びらが二つ開いていた。一気に二つの花が咲いたのだ。幸村の背後で揺れる二つの大きな花と、目の前の幸村とを交互に見つめ、佐助は額を押さえた。 「どうかなされたのか?」 「いや…どうしよう、本当に旦那には俺、負ける」 「え?」 「何度、俺様を惚れさせれば気が済むの?」 顔を起こして、触れられている手を握りこむと、強く自分の方へと引き寄せた。腕を引っ張られてバランスを崩した幸村の身体を胸元で受け止め、佐助は腕を回して彼を抱き締めた。 ふわ、と名残のように幸村の髪が揺れて、背に戻る――その際に佐助の鼻先にも、長い髪の筋が触れていった。 「凄いね…花が咲く瞬間も、旦那が実体になるのも、初めて見たけど」 「気に入って頂けたようで何よりでござる」 佐助に抱き締められて、擽ったそうに幸村は話し出す。幸村の肩口に顎を乗せる佐助と同じように、ゆるゆると腕を動かして佐助の背に両手を沿えると、こつ、と肩に頭を乗せてきた。 「佐助殿、某は花なのでござる」 幸村は瞳を伏せながら、佐助に語りかける。何を今更と言われかねないが、澄んだ声で耳元に語りかけられて、じっと彼の言わんとする処を待った。 「だから、観て、愛でて貰いたい。そして出来れば、某の花を愛でた時の、佐助殿が幸せな気持ちになってくれたら…それだけで某も十分、幸せなのでござる」 佐助の首筋に鼻先を埋める幸村が、より強く、近く佐助に触れてくる。ふう、と熱い吐息が首元に吹きかかり、佐助は少しだけ彼の肩を押して引き剥がすと、覗き込むようにして顔を近づけた。 「お願い、其処に『一緒に』ての、付け加えて」 「え…――」 幸村が瞳だけを向けてくる。片腕で幸村の背を支え、もう片方の手で顎先を掴んで引き寄せる。佐助は幸村を引き寄せながら、額に微かに触れるキスを落とし、そのまま擦り寄るように頬を合わせた。 「俺様、いつも旦那に元気を貰ってる。でも、俺の何かが旦那を幸せにするなら…」 「――…」 再び顔を起こして、今度は幸村の葡萄のような大きな瞳を覗き込む。眦が少しだけつり気味になっており、凛々しさを伝えてくる。彼は瞬きをせずに、薄い唇をきゅっと引き絞って佐助を見つめてきていた。 「どうせなら、一緒に幸せになろうよ」 ――だから、側に居て。 言いながら佐助の肌が、ふわ、と赤くなってくる。まるでプロポーズのようだと、気付いてしまうと、余計に熱が篭ってきて仕方ない。 ばくばく、と心臓が激しく鳴り響く中、佐助の言葉にきょとんとしていた幸村は、徐々に口元を動かすと、嬉しそうに微笑んだ。そして佐助の背に回していた腕を、ぐっと強く回しこむ。 「勿論、側に居たい…いや、居るでござるよッ」 「うん、旦那」 強く抱き締められ、佐助もまた同じように抱き締めた。ふふふ、と二人で笑い合って抱き締めあうと、佐助が幸村を抱えたままで背後に倒れこむ。幸村はまるで咽喉を鳴らす猫のように、佐助の胸元に耳をじっと付けていた。 「佐助殿ぅ…」 「なぁに?」 ただ名前を呼び合うだけでも、何だかむず痒いような、愛しいような気持ちになる。それを実感していると、幸村が上半身を起こして、佐助を見下ろしてきた。 唇に触れるか触れないかの位置で、幸村がはにかみながら、告白をしていく。 「大好きでござる」 「――――…ッ」 改めて告げられた告白に、ぎゅう、と胸が締め付けられる。こんな感情はいつ振りだろうかと思いながら、佐助は彼の頬に手を添えると、自分の方へと引き寄せていった。 ちらり、と口付けの合間に流した視線の先で、朝日に照らされた大きな深紅の花が、ちょこん、とお辞儀をしたかのように見えた。 →7 2010.05 scc 発行/ 101207 up |