flower of passion 二回目の花期が終わった時に幸村と約束したこと――それは、些細なことだけれども、自分たちにとってはとても大事なことのひとつだった。 ――佐助殿と同じ大きさで、向き合ってホットケーキを食べたい。 そう言っていた小さな幸村を思い出しながら、昼過ぎに起きた佐助は冷蔵庫の中を漁ってみた。 流石に朝方に幸村の咲いた姿を一緒に見てから、すっかりと幸村を抱き込んだまま眠ってしまったらしく、気付けば時計は昼過ぎをさしていた。 ――ブルーベリーソース、全部使っちゃったから、ジャムだな。あとマーマレードと、苺もあるか。うーん、生クリーム…ないんだよなぁ。この間、カルボナーラに使ったし。 冷蔵庫の前で唸りながら、考えている間、ずっと佐助の耳にはシャワーを使う音が聞こえていた。暑い最中だというのに、抱き締めあって寝てしまったので、二人とも汗びっしょりになっていたのだ。早々にシャワーを浴びた佐助の後に、幸村が入っている。 ――結局、やっぱり一緒にお風呂は無理なんだなぁ。 ばくん、と冷蔵庫を閉めながら佐助は立ち上がり、ボウルに卵を落としていく。幸村が出てくるまでに、テーブルの上に山のように積んだホットケーキを作ってやろうと思いながら、支度に取り掛かっていった。 「すっきりし申した〜」 ふう、と溜息を付きながら幸村がバスルームから飛び出してくる。1DKの然程広くないつくりの部屋の中だ――直ぐに部屋中に広がる甘い香りに気付いたのだろう。幸村が、くんくん、と鼻を動かして見せた。 「ご飯できてるよ。あ、でもその前にお水ね」 「おおお、忘れてござった」 ペットボトルに入れた水をそのまま差し出すと、風呂上りのほかほかした身体の幸村が、それを受け取って咽喉を鳴らしながら飲み込んでいく。 横目でそんな仕種を見守りながら、幸村の鉢の方にも水をたっぷりとやると、満足気に彼は、ぷは、と息を付いた。 そして直後に、ローテーブルの上に広がっているホットケーキの山を見るなり、瞳を輝かせて――さもすると口元から涎を垂らしそうな勢いで――いそいそと座り込んでいった。 「はいはい、じゃあ食べようか」 佐助が皿に取り分ける間も、瞳をきらきらとさせている。こんな時はいくら姿が大きくなろうとも、小さいときの大食漢な彼のイメージと何ら変わりなく見えてしまう。 差し出されたホットケーキに、メープルシロップをたっぷりとかけてから、幸村は行儀良く手を合わせて「頂きます」と言うと、ホットケーキをまふまふと口に運んでいった。 「でも本当に可愛い」 「うむ?」 まだよくナイフを使えない幸村に、切り分けてあげながら、佐助は口の中で含み笑いをした。一口の大きさに切り分けられたホットケーキに、フォークを突き刺して頬張っていた幸村が、視線だけを佐助に向けてくる。 「だって旦那のお願いが、同じ目線でホットケーキを食べたい、って事だったのがさ」 「それは…」 「ね、どうしてそう思ったの?」 もっくもっく、と咀嚼を続ける幸村の頬に、ブルーベリージャムが付いていた。それを指先で掬い取って、ぺろ、と舐め取ると、幸村はほんわりと頬を染めていく。そして口の中のホットケーキを飲み込むと、更に水で咽喉を潤してから佐助に向き直った。 「同じ景色を見て、歩んでいきたいな、と…」 「――――…」 とくん、と佐助の胸が再び高鳴りだす。幸村は徐々に俯きながら、照れくさそうに鼻の頭を指先で掻いた。 「常々想っていましたので」 嬉しそうに、幸せそうに語る幸村に、佐助はそのまま背後に倒れこんだ。 ――ばたん。 「さ、佐助殿…――っ?」 仰向けに倒れた佐助に、幸村が身を乗り出す。心配そうに伺ってくるのが解ったが、恥ずかしくて起き上がることができない。佐助は背後に倒れこんだまま、火を吹きそうな程に熱くなってくるのを止められず、ごろりと横になった。そして両腕で目元を押さえると、うう、と呻いてみせながら、声を絞り出した。 「可愛いすぎだろ…」 「え…?」 「旦那ってば、本当に俺様を何回落とせば気が済むのさ?」 ――こんなに想われていたなんて。 佐助がそう呻くと、幸村は「残り、食べてしまいますぞ」と焦りながら告げ、赤くなった佐助に釣られるように徐々にその首筋まで赤く染めていった。 翌日の日曜日には、また日がな一日、外に連れ立って遊びに行き、帰ってくると一緒に夕飯を作ったりして、のんびりと過ごす。洗い物を終えてから、冷たくしたジンジャーエールをグラスに入れて持っていくと、幸村がベッドに背を凭れさせながら、此方を見上げてきた。 ことん、とローテーブルの上にグラスを置くと、幸村は立てていた両膝に頭を乗せて、佐助が座るのを待った。 「佐助、ちょっと此方に」 「何、どうしたの、旦那…」 佐助が座るのを見計らって、幸村が手招きをする。なんだろうかと首を伸ばしてみると、幸村は、すい、と佐助の左の耳に指先を触れさせた。 ――ひらり。 幸村は流れるような手の動きで、佐助の髪を指先で梳いて行く。指の動きに逆らわずにじっとしていると、正面の彼は程なく髪から指先を離した。 そして、そのまま片手を佐助の右の頬に添えて、小首を傾げてから、うん、と頷いた。 「お揃いでござる」 「あ…?」 満面の笑みで、満足そうに微笑む幸村が間近に居る。 何だろうかと佐助が手を自分の左の耳に添えると、ひら、と柔らかい感触が触れた。 ――これ、花? ハッと気付いて幸村の鉢に視線を向けると、二個咲いていたうちのひとつの花がない。そして今自分の左の耳元――髪に挿されているのが、彼の花だと知った。 驚いて幸村の方へと向き直って、口を開きかけると、恥らうように肩を竦めた幸村が、嬉しそうに――大きな瞳が少しだけ細くなるくらいに――微笑んでいる。 「某にとって、佐助殿はどんな花よりも華々しく咲いておりまする」 「――――…ッ」 すい、と再び幸村の指先が佐助の頬に添えられる。 自分にとっての花は幸村だけだ――だが、花の精の幸村にとって、佐助自身が花だと云う。それは即ち、互いを惹き付けて止まないことを告げられたも同じだった。 佐助は頬に添えられている幸村の手を、すら、と手の甲から撫で下ろし、手首を掴みこんだ。ぎゅう、と強く握りこんでしまったので、幸村がびくりと肩を揺らした。 「佐助…?」 「旦那、好きだよ」 「――ッ」 手首を掴んで引き寄せて、幸村の鼻先に自分の鼻先を触れさせながら、佐助は腹の底から想いを絞り込むように告げた。 「綺麗…凄く、綺麗だ」 「あ…――っ」 ふわわ、と幸村の瞳が徐々に見開かれて、ほんのりと彼の肌を色付けていく。佐助はぐっと顔を近づけて、鼻先をこつんと触れ合わせた。そしてそのまま少しだけ角度を変えて、口唇の表面に自分の口唇を触れさせた。 押し付けるだけのキスに、閉じた口の中で幸村がこくりと咽喉を動かした。それに気付いて佐助は唇を離すと、睫毛が触れ合うくらいに頬を寄せて問うた。 「ね?いい…?」 二回目の花期の時に怖がらせてしまった――それでも、想いを止めることが出来ずに、花期の最後の日には再び彼をこの腕に抱いた。だがそのどれもが、最初の頃と違っていて、どこか遠慮してしまう。彼が怯えなくなるまでと、じっくり時間をかける心算だったが、身体に火が点くのを止めることが出来ない。 ――旦那相手だと、何でこんなに余裕なくなるんだろう。 不思議に想うが、そんなのは答えが決まっている。だから否定できるものでもない。佐助は頬を摺り寄せるのを止め、こつん、と幸村の額に自分の額を押し付けた。 はあ、と触れ合うだけで興奮してきて、吐息を漏らしてしまうのが情けない。だがそれが今の自分の現状だ――幸村が好きで、愛しくて、抱いてしまいたいと願っているのが、今の自分の現状なのだ。 それでも佐助は幸村を慮って、返答を待った。どれくらい時間が掛かってもいいとさえ想いながら、どきどきと鼓動を跳ねさせる。緊張と高揚が入り混じった鼓動は、徐々にその音を大きくしていく。 「もし、怖いのなら…」 「――…っ、う、うむ」 佐助が幸村に催促をかけるように、口を開くのと、幸村が頷くのが同時だった。つけていた額を離し、鼻先を離して正面から彼の瞳を覗き込んだ。 無理をして欲しい訳でもなく、ただ幸村を感じたいと願っていたから、その確認だった。 「怖くない?」 ――本当に? 佐助が問うと、幸村は一瞬だけ、ぐ、と言葉に詰まった。瞳を左右に泳がせて、むにむに、と口元を歪める。 「正直、少し…怖いかもしれぬ。でも…」 彼の肩に両手を乗せて、じっと幸村の返答を待った。すると幸村はぎゅっと瞼を引き絞ってから、思い切るように大きく開く。 「佐助が、目を離さないでくれるのなら」 そう告げてきた彼に背を押されるようにして、次の瞬間には噛み付くように唇を貪っていた。 「ん…――っ、んん」 鼻先から甘えたな吐息が漏れ出す。ぎゅう、と引き絞った瞳に気付いて唇を離し、佐助はゆっくりと上唇を啄ばみ始めた。 ――ちゅ、ちゅ。 啄ばみ続けていると、離れる度に小さな可愛らしい音が響く。そうしていると、幸村の方が落ち着いてきたのか、うっすらと口を開いてきた。 ――にゅる… 開いた口に、そっと舌先を挿し入れる。そして絡めるように舌先を突き出し、深く口唇を重ねていく。上顎を尖らせた舌先で擽り、つう、と歯列をなぞると、鼻先から苦しげな吐息が漏れてきた。 「は…はふ、佐助…――」 「旦那、ごめん。早かった?」 「いや…――そうじゃなくて」 口元に飲み込みきれなかった唾液を滴らせながら、幸村が潤んだ瞳を向けてくる。はふはふ、と上下に揺れる肩をなでていると、ぐい、と幸村は佐助の首に両腕を引っ掛けた。 ――ぐい。 「え…――ちょ、わッ」 幸村の両腕が佐助の首に引っかかると、強く彼の方へと引き寄せられた。バランスを崩して前のめりになると、幸村が佐助の下に敷きこまれながら、身を捩った。 「旦那…――?」 何とか両腕をついて身体を浮かせる。だが下に幸村を敷きこんでいるのは変わらない。佐助が驚いて今の体勢に瞳を白黒とさせていると、追い討ちとばかりに、腰に幸村の右足が絡んできた。ぐいぐいと強い力で引き寄せられ、腰だけが、がくんと落ちてしまう。 「うわっ、ちょ…――っっと、旦那?」 「早く…したい」 「え?」 ぴた、と佐助が動きを止めると、幸村が今にも泣き出しそうな顔で此方を振り仰いでいた。まるで自棄になるように幸村は続けて叫んだ。 「早く、佐助と一緒になりたいッ」 「え、えええええ?ちょっと、どうしたの?」 ぶわあ、と羞恥に背が震える。佐助が驚いていると、背中を浮かせた幸村が、口唇を重ねてきて、再び背後にばたりと仰向けになった。 「可笑しいか?」 「可笑しくないけど…」 「某だって、佐助殿に…佐助殿を想って、欲情したりするのだ」 ――同じように。 絡められた幸村の足が、ぐっと密着するように引き寄せてくる。彼の両腕が、離さないとばかりに佐助に絡みつく。 触れられた箇所全てが燃えるかのように熱い。 佐助は敷きこんだ幸村を見下ろして、ふ、と息と吹きかけると、彼の背に腕を回して強く引き上げた。そうすると互いに向き合って座る格好になる。 「嬉しいよ、幸村」 「あ…――」 久しぶりに名前を呼ぶと、幸村が肩を震わせた。佐助はそのまま幸村の身体を引き上げるようにして抱き込むと、ひょい、と直ぐ脇にあったベッドの上に乗せた。 スプリングが二人分の重みに撓んで跳ねる。その跳ねるのを押さえるように、上から幸村に覆いかぶさると、佐助は口元を吊り上げて――まるで悪戯っ子のように――笑った。 「ベッドが直ぐ側にあるんだし、床でなんてしないでさ。どうせなら、此処で甘く、ね?」 「佐助…」 「一緒に達こうね」 言いながら、そっと幸村の唇に唇を重ね、彼の着ていたシャツの中に掌を這わせる。すると、敏感な彼は直ぐに、びくん、と身体を揺らして反応した。 「気持ち良いなぁ、旦那の感触」 「うっ…そ、某とて」 幸村は佐助のするように、手を肌に触れさせてくる。幸村の触れた処から、じわじわと熱が起きるようで、彼の掌が、指が、気持ちよくてならなかった。他人に触れられるのがこんなにも気持ち良いとは想ったことはなかった。 佐助は肌に触れる幸村の手を取り、指先に唇をつけて、ちゅう、と吸い上げる。 「うん。ね、今日はじっくり触れ合って、確かめ合おうね」 「う…うむっ」 佐助の言葉と、仕種――それに、こくこくと頷きながらも幸村は柔らかく微笑む。幸村の手が、佐助の左側に挿している花に、ひら、と触れた。すると佐助は引き寄せられるように、静かに幸村の上に覆いかぶさって行く。 久しぶりに触れた幸村の素肌の感触を味わうかのように、執拗に撫でながら、互いの服を脱がせあうと、ただ後は溺れるように身体を絡めあっていくだけだった。 夏も終わりと思う頃に差し掛かると、仕事もひと段落して落ち着いてきていた。のんびりする時間も出来たので、皆で食事でもしようと早めに帰社することにした。 元親と小十郎と並んでロビーに向かっていくと、元親が視線の先にいる青年に気付いて呆れた声を出した。 「あ?また幸村、花期なのかよ」 ぱたぱたと走りこんでくる姿が――まだ夏真っ盛りのような笑顔で、此方に向かってくる。近くにくると元親は幸村の頭を上からわしわしと撫でた。 「以前ついていた四個の蕾が膨らみまして、花期と相成り申した」 照れながら幸村が答える。佐助が空かさずその横に立って現状を伝えた。 「今、また膨らんだ可愛い紅い蕾が付いてんですよ」 「何時ぐらいまで咲くんだ?」 その横で小十郎が問いかけてくる。肩に乗ってバランスを取っていた政宗が、ぴょん、と飛び跳ねて幸村に向かう。幸村が政宗を受け止めると、きゃっきゃ、とはしゃいでいた。 「秋頃までらしいですけど、お陰で部屋の中は南国みたいですよ」 「南国…?」 元就を肩に乗せたままの元親が首を傾げる。元就は元親の頬に手をついて小首を傾げていた。佐助は皆に向けて、満面の笑みを向けて告げた。 「真っ赤な深紅のハイビスカスですから」 可愛がってるくせに、と小十郎が肘で小突いてくる。それに笑いながら頷くと、幸村が佐助の視線に気付いて、にこりと笑った――まるで、ハイビスカスが大きく花開いたかのような笑顔だった。 「さ、ご飯食べにいきましょうよ!」 佐助が皆を促がすと、それぞれが再び歩き出していく。幸村の掌から小十郎が政宗を、ひょい、と摘み上げると胸ポケットに押し込んだ。それを見送る幸村の元に佐助は向かうと、手を差し出した。 「ほら、旦那も行こう?」 「うむっ!」 ぱし、と手を乗せる彼の指に、指を絡めて強く繋いでいく。原色の彼が其処にいるだけで、華やいだ気持ちになっていく。 「旦那ぁ、離れないでよね」 「無論、着いて行くでござるぅぅぁぁぁああッ!」 手を繋ぐと佐助は強く引っ張りながら走りこんでいく。それに負けじと幸村もまた佐助にあわせて走りこんでいった。 会社の外では走り出す二人を待つ元親と小十郎が――そして元就と政宗がいる。 まだ夏の名残のような、灼けつく匂いを残す夕日をみながら、彼らは歩調を合わせていった。 了 2010.05 scc 発行/ 101209 up |