flower of passion 昼時になっても佐助はデスクから離れずに仕事を続けていた。手元には既に半分溶けてしまっているアイスコーヒーがある。氷が解けて、コーヒーの上に薄い水の膜を作っているのに、佐助は気にもせずにPC画面に向っていた。さもすると鼻歌でも歌いかねない程、佐助は楽しそうに仕事をしている。 電話を置いたばかりの元親が、ネクタイを緩めながら近づき、佐助の背後から画面を覗き込んだ。 「上機嫌だな、佐助」 「元親さん…――っ」 くる、と振り返った佐助は、いつもの雰囲気とは違い、今にも廻りに花を飛ばしそうな勢いで声を弾ませた。だがその変化に元親は眉根を寄せて引く。 「お前、頭沸いたのか?気持ち悪いな…『さん』とか付けやがって」 調子を崩されて元親が首の後ろをがりがりと掻く。すると胸ポケットにいつの間には入っていた元就が顔を出して、佐助のデスク周りを眺めてから、ほう、と声を出した。 「幸村は留守番か」 「そういえば姿が見えねぇな」 ――いつもは喧しいのに。 かかか、と咽喉を震わせて元親は豪快に笑う。間近でそれを聞くのを迷惑そうに、元就が小さな手で耳栓をしていく。佐助はそんな二人に構わずに、マウスを動かして保存をかけた。そして椅子を回して元親に向き直ると、彼を座ったままで見上げる。勿論、笑顔は常駐だ。 「だって今日暑くなるって言ってたんで、留守番なんですけどね。へへ…旦那、今日咲きそうなんですって」 「おお、二回目の花期か」 幸村は夏の花だ――だが、三十度を越える様な外気や、直射日光を長時間浴びたりすると、萎れたりしてしまう。意外と知られてないことだが、幸村と生活するようになってから、何度か彼を萎れさせた事もある。ただ直ぐに大量の水と、日陰にいれることで何とかなる辺り、丈夫であるとも言える。その為、あまりに外気が上がるような日は、なるべく彼を家の中においてくるよういにしていた。 元親の胸ポケットから、ぴょん、と元就が飛び降りて、佐助の頭に乗る。もさもさ、と頭頂部を歩き回り、すとん、と腰を落とす。たぶん佐助の茜色にも近い神の中では、元就は牧草に座っているかのようだ。 佐助の頭頂部に腰を下ろした元就は、腕を組んで何度も頷く。 「早いのう…幸村は余程栄養を貰っているとみえる」 「な…なんだよ、元就ッ」 じっとりとそのまま元親に視線を向けたらしく、目の前の元親が慌て始める。佐助の位置からは目の前の元親しか見えない――それもその筈で、元就は佐助の頭の上に乗っているのだ。 「良いのう…手塩に育てられ、愛でられ…真に、幸村は幸せよ」 しみじみ、のんびりと言ってのける元就に「どうも」と佐助が相槌を打つ。だがそれにも増して目の前の元親が、歯軋りしそうになっていた。 元就は元親の様子が眼に入っていないかのように、続け様に口を開く。それがどうにも皮肉にしか聞こえない。 「我も何ぞ欲しいのぅ。いや、無理にとは言わぬ。無理には…な」 「ああもうッ!解ったッ!好きなの買ってやるからッ!」 ――お前はこっちに来いッ。 ひょいと佐助の頭の上から元就を掴みこむと、元親は自分の肩の上に乗せた。肩に乗った元就は直ぐに腰を下ろしてから、小さな手を口元にあてて、くつくつ、と笑っている。 「ふふ…全ては我の計算通りよ…」 ほくそ笑む元就が佐助の視界に入る。悲しいかな、この時には元親からは元就の顔はみえていない。背筋に薄ら寒いものを感じながら、佐助が渇いた笑いを発すると、気を取り直した元親が聞いてくる。 「で、幸村が花期になるから張り切ってるのか」 「そんな処です。今朝も可愛かったんですよ〜。咲くのが解ってて、俺に見てて欲しいって…」 自分の花を見せたいと願う幸村の姿は愛らしかった。あんな風に――縋られるかのように求められたら、直ぐにでも首を縦に振ってしまいたくなるというものだ。だが其処は断腸の思いで耐えた。 「休めばよかったのに」 「そうも云ってらんないでしょうが」 目の前に積み上げられている仕事を見せ付けると、流石に元親も言葉に詰まった。其処にある仕事の半分はそもそも元親から廻ってきているものでもある。主任の彼の直属の部下である訳だから、いわば上司のしわ寄せ的なものも含まれているのだ。 それを遠まわしに批難してみせると、元親はぐんと背を伸ばした。 「あーあー、暑っ苦しいッ!俺の席、冷房もっと聞かせようかなぁ」 佐助の惚気と僅かな批難に元親が業とらしく声を張り上げる。だが直ぐに笑顔になって、とりあえず昼食に行こうと誘ってきた。一度切れた集中力を元に戻すのには時間がかかる――佐助も頷いてやっと席をたった。 二人で連れ立って――元親の肩には元就が乗っているが――エレベーターに向かって歩き出す。すると元親が意外そうに口を開いた。 「しかし佐助って…」 「何ですか?」 「想い出すと一途なんだな」 「今頃知ったんですか?」 佐助は瞳を眇めながらジーンズのポケットに手を突っ込む。そうすると肩が少しだけ上に上がるので、勢いのままに肩をすとんと落とした。 「いやぁ、お前意外と外面良いだろ?だから遊んでる風な印象あったからさ」 元親はエレベーターホールの階数を見上げている。そろそろエレベーターがこの階に来る頃合だった。程なく、ちん、という軽快な音と共にエレベーターが開き、二人は連れ立って中に入った。中には誰も居なかったので、話の続きとばかりに佐助は口を開いた。 「認識が訂正されて嬉しい限りですよ。あーでも今日早く仕事終わらないかなぁ。そうだ、何か美味しいもの作ってあげよう」 「鼻の下、伸びてんぞ」 「伸びておる…」 「ええッ?」 喜色満面な佐助に横から二人が冷ややかな視線を送ってくる。じっとりと横目で見つめてくる仕種がやたらと似ていた。こほ、と咳払いをしてから、元就が元親の髪を握りこんで肩の上で立ち上がる。 「それにしても、猿飛…そなた、本当に幸村が好きなのだな」 「勿論。それが?」 短い髪を引っ張られて、元親が「痛ぇ」と呟く中で、口元に小さな手を宛がって元就は先を続けた。 「実体になれば出来ることも増えよう…しかし、幸村は花よ。人ではないからな。色々と護ってやってくれぬか?」 「うん…俺様に任せておいて」 ――言われるまでも無い。 どん、と胸を叩いてみせると、元就はきらりと大きなはしばみ色の瞳を動かした。光の反射でその色が一瞬、薄い金色のように見える。 「ならば後は、存分に花時を謳歌するがいい」 元就はそれでも少しばかり心配そうに、何度も頷いていた。やはり長く一緒にいた仲間だ――少しは情も沸くのだろう。 佐助は小さな元就の心配を感じ取りながら、自分が出来ることは何かと考え始める。それを不意に言葉として口から発していた。 「出来ること…」 ちーん、と軽やかな音と共にエントランスに辿り着く。先を歩く元親の後ろからエレベータを出ると、にやにやと口元を吊り上げた元親が背を丸めて振り返った。 「あ、今やらしいこと考えただろ?」 「ち…違いますッ!」 言われてから、ぶわ、と背が熱くなった。完全に否定しきれない場面を想像しかかって、佐助が慌てる。いつもならばポーカーフェイスで居られるのに、不意打ちには流石に無理だった。 「いいじゃねぇかよ、男なんだし。欲望に忠実で何が悪い」 「う…っ」 元親はにやつく口元を隠さずに、歩調を緩めて佐助の肩に腕を引っ掛けた。そうして連れ立って歩きながら、更に彼は続けていく。 「大方、キスしたいーとか、抱き締めたいーとか、いっそ、ぐっちゃぐっちゃになりたいとか…」 「昼間っから何言ってんですか――ッ」 ぎゃあ、と佐助が顔を赤らめながら慌て始める。普段が押し隠すタイプなのに、一度それが崩れてしまうと駄目らしい――佐助の反応を楽しみながら元親はエントランス全体に向けて腕を拡げて見せた。 「どうせ昼休憩だ。観ろよ、この無人っぷりを」 「元親主任が言うと凄く納得できそうで怖いんですけど」 唇を尖らせる佐助の視界には、昼休憩で極端に人の少ないエントランスが広がっている。中は冷房が効いているのに、其処から見える外は日差しが強く、はっきり言って灼熱と化しているかのようだった。 「そういう元親は独り者よの」 「手前ぇは黙ってろ、元就ッ」 思い出したように元就が横槍を入れてくる。即座に元親が彼の言葉を遮ったが、元就は蔑むよな視線をじっとりと元親に向けながら、会話の応酬を繰り返していった。 長くなった陽に感謝しつつ、佐助は仕事を定時で終えると、飛び出すようにして駆け出してた。歩く速度が徐々に速くなり、電車に乗って、最寄駅に着くと同時に駆け出していた。こんな風に急かされるのは久しぶりだった――朝、遅刻しそうだとかで走りこむことはあっても、家に早く帰りたくて駆け出しているなんて、記憶を辿っても経験したことはない。 佐助は家に着くと、弾む息のままでトートバックの中身を探った。焦って上手く中を探れず、手にやっと鍵が触れる頃には、ぽたぽた、と顎先に落ちてきた汗が、地面のコンクリとを染めていた。 ――ああ、もうッ!うまく鍵刺さんないよッ。 どれだけ焦っているのだろうか――自分でも自嘲してしまうが、佐助は震える手のままで鍵穴の前で必死になっていた。だが中々ドアを開けられない。 ――がちゃ。 「お帰りなさいでござるッ」 「――ッ」 かちゃん、と足元に手に持っていた鍵が落ちる。いきなり空いたドアに身を仰け反らせて、ぶつかることは避けたが、目の前に綺麗な青年が満面の笑みで立っていた。 言わずと知れた花の精――幸村だ。 よく考えれば、中にいる幸村に鍵を開けてもらえばよかったのだ。だがその時の佐助には其処まで思考が回っていなかった。足元に落ちた鍵を幸村が拾ってから、佐助を見上げて――嬉しそうに瞳を眇めて微笑んだ。そのまま、幸村に腕を引っ張られて、玄関に入り込む。背後でドアの閉まる音がした。 「どうで御座ろう?今回は少々、色が薄く咲いてしまいまして…」 「旦那…――咲いたんだ」 幸村は自分の姿を佐助に見せるように、玄関先でくるりと一回りした。そして再び正面にくると、佐助の手を掴んで、えへへ、と同じ大きさになった手に喜んでいく。 幸村は同じ目線になったのが嬉しいのか、頬を紅潮させたままで見上げてくる。長い睫毛がぱちりと動いて、凛々しい眉が弧を描いて、薄い唇が半月のようになる。 ――綺麗っていうか、本当に可愛い。 容貌は申し分なく整っており、それだけでも息を飲みそうになるのだが、それよりも何よりも彼の行動がいちいち佐助の心を擽ってくる。 今も幸村は佐助の手に自分の手を絡めて、見てくだされ、と得意満面だ。掌から幸村の温もりが伝わってくる――それだけで鼓動が跳ねていくのに、あどけない笑顔を見せられるとどうしようもなくなってくる。 「佐助殿、某、再び同じ大きさになれ申した。どうでござろう?こうすれば手も繋げまするぞ?」 「旦那…――ッ」 嬉しそうな幸村を観ていたら、胸がきゅんと高鳴った。そして気付くと両腕を回して彼を抱き締めていた。それに気付いたのは、鼻先に彼の髪が触れ、手にしっかりとした骨格が触れてきたからだった。 「さ、佐助殿?如何いたし…――」 「ごめん…ちょっと、我慢できそうに無い」 突然の事に狼狽した幸村が、ハッと気付いて佐助の腕の中でもがき始める。だが佐助はそれを阻むように強く抱き締めると、眉を下げて――困ったような、辛そうな笑顔を向けることしか出来なかったが――幸村の顔の間近で話した。 「御免ね、ホント、マジで御免」 間近で話す自分の声が、滑稽なほど掠れて余裕を無くしていた。ずくんと腰が重くなってきて、幸村の存在を抱き締めているだけで達しそうなくらいに切羽詰まっていく。幸村もそんな佐助の只ならぬ雰囲気に勘付いたようだった。 「あ…――っ、さ、佐助殿?」 「旦那、綺麗なんだもん。堪んない…」 言い様に抱き締めたままで幸村の下衣に手を差し込む。すると幸村も、かあ、と顔を赤らめながら、腕を突っ張って佐助を押し留めようとした。 「あ、ちょ…――ッ」 「旦那…――好き。可愛い…――っ」 「ん…――ッ、あ、さ…佐助殿ッ!」 片腕で腰を引き寄せながら、幸村の足の間に自分の足を差し込む。そして腿で上に擦り付けるようにして幸村の下肢を刺激しながら、下衣に差し込んだ手で臀部を揉みしだいていく。幸村は触れられることにまだ戸惑いを示していたが、佐助の囁きにも似た掠れた声を耳にしながら、細かく喘ぎ声を出していく。 「は…――ッ、ぅ、ッ」 「気持ち良い…旦那の肌って何で、こんなに気持ち良いのかな」 「し、知らぬ…――っ、ん、っく…」 足で彼の前を刺激しながら、手で臀部を割り開く。指先をそのまま奥に触れさせると、幸村は反射的に佐助にしがみ付いてきた。彼の息も上がり始め、二人とも徐々に熱を高めあっていった。 そうなるともう後は抑えることも出来なくなっていった。佐助の手管で力を失っていく幸村の四肢を――逃げを打って背中を見せたのを好都合とばかりに――うつ伏せにして、背後から抱き締める。そしてそのまま幸村の首筋に舌先を這わせ、時に甘噛みを繰り返した。すると快楽に慣れていない幸村の身体は直ぐにも、がくがくと揺れながら落ちていく。 快感に流される幸村を、背後から覆い被さる様にして支え、前に手を差し込んで陰茎を上下に激しく扱いた。すると直ぐに硬さを持って手に馴染み、それに合わせて震える内股に自分の下肢を擦り付ける。 「い…や、――…ッ、あぁ…ぁっ」 「力抜いてて…痛いだけになっちゃうから」 然程解していない後孔に、幸村の先走りで濡れた手を宛がって、ぐい、と拡げる。そして指先を差し込んでみると、後孔は待ち構えていたかのように佐助の指先を飲み込み始めた。 ――中、熱くて柔らかいのに…すっごい締め付けてくる。 指先に触れる感触に、佐助は余裕無く唇を舌先で湿らせた。 ぎゅうぎゅうと、きつく締め付けられる指先で襞を解し、内部を擦る。もっと堪能しながら、彼を乱れさせたい気持ちもあったが、つぷ、と指を引き抜くと直ぐに、性急になりながら自身の陰茎を其処に宛がった。 「息、止めないでね?」 「っ、ひ、…――ッ」 ただ耳元にそれだけを言うと、ぐっと中に自身を収め始める。ぐちぐちと中に挿入り込むたびに音を立てながら、佐助の怒張した陰茎を飲み込んでいく。解し方が足りないのは、最初から解っていた事だ――幸村は挿入に耐えるように、ぎゅっと身体を硬くした。 「っぅ、っく……んっ」 「旦那、旦那…」 ぐ、ぐ、と揺すり上げながら内部を蹂躙していく。幸村のむき出しの腰に手を添えながら、内壁が挿入に馴染むのを待つ余裕もなく、直ぐに抜き挿しを繰り返していく。 「は…――っ、あ、あっ、んっ」 喘ぐ声に徐々に、ぐす、とすすり泣くような音が混じり、佐助は手を動かして幸村の顎先を背後から触れた――すると、其処には汗とは違う、流れ落ちてきた筋があった。 泣き方からして、生理的な涙――快くて泣いている――のでは無いことが伺い知れる。 「辛い…――よね?ごめん…」 「っく…――うっく、…っぐ」 ぐう、と罪悪感が胸に過ぎる――だが、それよりも素肌を赤く染めながら、繋がりあう身体が愛しくてならない。ぐぷぐぷ、と粘着質な水音は絶え間なく響いている――淫靡な音に、手に馴染む肌の感触に、腰の動きを止めることなど出来なかった。 「旦那、泣かないで…」 幸村の震える背に、自分の背を重ね合わせ、ぐっと足を持ち上げた。そして背後から抱き締めながら座り込み、肩口に顎を乗せる。合間にも幸村は咽喉を仰け反らせながら、口から舌先を突き出していく。 ――くちゅ。 顎先から指を滑らせて、彼の突き出かかっている舌先に、指を触れさせると、幸村は大きな瞳を見開いて瞬きをした。 ――ぼろ。 瞬きの拍子に、涙の粒がぼろりと零れていく。横に動かした視線で幸村が、何かを訴えるかのように何度も瞬きを繰り返した。ぽろぽろと涙を零しながらも、息を弾ませる彼に、快感は容赦なく襲ってくる。佐助は幸村の足を抱え上げながら、額を彼の肩口に押し付けた。 「ごめん、あと…少しだから」 「うう、うぅ、…――んっ」 泣き声に混じった喘ぎ声――それに合わせて、行き場を失った腕が、幸村自身の顔を隠す。がくがくと激しく揺さ振られ、果てる頃になっても幸村の瞳から涙が耐えることはなかった。 玄関先で余裕も無く幸村を抱いた後、我に返ってみると、焦点の合わぬ瞳から、ぼろぼろと涙を零す幸村が視界に入った。 ――俺、最低だ…。 細かく息を切らしたままの幸村を、蒼覚めた佐助がタオルで身体を拭いていると、不意に正気を取り戻して視線がかち合った。 だが幸村は、一瞬、真っ赤になってから、今度は急に眉根を寄せて泣き出しそうに顔を歪めて、ばたばたと中に引っ込んで、ベッドに飛び込むと布団の中で丸くなった。 佐助は何度も重苦しい溜息を吐きながら、そっとベッドの横に座り込んだ。そして丸くなっている布団の上から、そっと幸村に触れる。 「あー…ごめんね、大丈夫?」 「――…ッ」 声をかけると、ひく、と中でしゃくりあげる声が聞こえた。それが余計に佐助の胸に刺を突き刺してきた。がりがり、と頭を手で掻き毟ってから、佐助は恐る恐る声をかけた。 「その…がっついたのは認める。ごめんッ!」 幸村が観ていないのは解っていたが、佐助は思い切り頭を下げた。そのままで止まっていると、ごそ、と布団の塊が動いた。そのまま、ごそごそ、と布団の塊は動いていく。 「旦那?」 「――の…か」 「え?」 中からくぐもった声が聞こえ、ちゃんと聞こうと布団の塊に耳元を寄せた。すると急に、ばふん、と布団を弾き飛ばして幸村が起き上がって叫んだ。 「佐助殿の、馬鹿者――ッ」 ――ぽん。 「うわ、ちょ…――っ、旦那ッ?」 ばさばさと軽い夏用の布団が頭に掛かる。佐助がそれを寄せてみると、幸村が実体からいつもの小さな姿に戻った。急に目線の高さが変わり、慌てていると、幸村は半泣きのままで、ぴゅうと自分の鉢の方へと駆け込んで行ってしまった。そして自分の鉢に戻ると、幸村は本体の中に隠れてしまう。 「え、ちょっと!旦那?旦那――ッ?」 「うおおおぅぁあああああああぁ――――ぁぁッ」 後には幸村の大絶叫とも取れる泣き声が響き渡った――佐助はただ呆然とその場に座り込むだけだった。 →4 2010.05 scc 発行/ 101204 up |