flower of passion 赤く、赤く、咲き誇るのは、貴方のためと。 さああああ、と水遣りの音が響く。佐助は慶次の花屋の作業台に、ことんと頭を乗せて呟いた。時期は夏――この夏は色々なことがありすぎた気がしないでもない。だがその祭にも似た雰囲気が収まってしまうと、どうにも気が抜けてしまう。 その原因は今、佐助の目の前でカップアイスに頭を突っ込んで、嬉しそうにしている三頭身、しかも10cm足らずの小人だ。 ――美味しそうに食べちゃって、まあ… 手についたアイスクリームを、ぺろぺろ、と小さな舌先で舐め取っては「美味でござる」と叫んでいるのは、花の精の幸村だ。 「旦那、美味しい?」 「美味しゅうござるッ。冷たくて、甘くて、某幸せでござる」 この夏、佐助はとある一鉢の花を手に入れた。そして其処から、花の精を見ることもできるようになり、更には花期となって実体化した花の精の幸村と恋仲になった。 だが其処はそれ――人とは違う為に、花期が済めば小さな三頭身の小人に逆戻りだ。 「また来年かぁ……」 「何云ってんの?」 水遣りを終えて慶次が店の中に入ってくる。彼の首筋には汗が滲んでいた。店の中にいるとひんやりとしているので、外の暑さは此処からでは判らない。だが慶次はグラスに注いだ麦茶に手を伸ばして、ふう、と溜息を吐いた。 「外はあっついねぇ」 ごしごしとタオルで顔を拭きながら慶次が云う。佐助は顔を起さずにそのままの姿勢で見上げる。目の前にはカップのアイスクリームを一生懸命に舐める幸村が居る。先程から美味しそうに、バニラアイスを頬張っているのだが、小さな手にも頬にもアイスをべたべたと付けている。そんな処が不器用で可愛いと思ってしまうのだから、どうしようもない気もするが。 「だからさ、また…大きな旦那に出会えるのは来年かって…」 佐助は先程の言葉を反復して、作業台の上に突っ伏した。それを麦茶を手にした慶次が不思議そうに見下ろしてくる。 「だから、それ…何で?直ぐにまた逢えるよ?」 「え?だって、夏の花でしょ?」 「それ間違い」 「え……?」 佐助が顔を起すと、慶次は目の前で麦茶を飲み込んでから、人差し指を揺らして説明を始めた。 「主な開花時期は夏だけど、元々、周年性でさ。条件さえ揃えばいつでも花期になるんだよ。大体25度くらいで、陽にあてて、肥料やって…」 「えええええ――――ッ?」 「――――…ッ?」 ――がばっ。 勢い良く佐助が身体を起こす。いつも大音声を響かせるのは幸村だが、この時ばかりは佐助が大声を出していた。おかげで店内にふわふわしていた、花の精たちまでも驚いて自分達の鉢に飛び込んでしまった。 幸村もまた、びくん、と小さな肩を揺らした。その手から盛大にアイスが、ぼとり、とテーブルの上に落ちていった。 「旦那、知ってた?」 佐助がアイスを貪っていた幸村に視線を動かすと、幸村はアイスを取り落として首をぶんぶんと振っていた。 「某も自分の事ながら、今、知り申した」 ――だって教えてないもん。 幸村も瞳を白黒させている中で、慶次だけが楽しそうに胸を張った。愕然とする佐助と幸村を前にして、かかか、と盛大に慶次は声を上げて笑った。 「え、でも慶次はそうしなかったの?」 「だって…幸村、五月蝿いから。考えてもみてよ、ミニマムでも五月蝿いのにさぁ?」 「酷いでござるッ!」 ぴぎゃー、と小さな手で顔を覆って幸村が嘆く。確かに彼は元気が良すぎる。思い当たる節もあるので、斜め上を眺めながら「うーん」と頷いていると、幸村がそんな佐助の仕種にさらにショックを受けて「うわああん」と声を上げた。 「それに休めてあげないと、綺麗な大輪の花にはならないからさ」 「へぇ……」 泣き出す幸村の額を慶次が指先で弾くと、後方にころんと彼は転がった。すると涙も引っ込んで、よいしょ、と起き上がる――なんてタフなんだ、と佐助が観ていると、今度は佐助に慶次はにやにやと口元を吊り上げて云った。 「でも、恋する花にはそれも無理か」 「――だねぇ」 にま、と佐助もまた笑いながら頬杖をつく。その視線の先には、ぺったりと作業台の上に座り込む幸村が居る。幸村は慶次と佐助に見つめられて、きょとんとしていた。 頬にはまだバニラアイスの残骸がくっついている。 佐助が指先を伸ばして幸村の頬についたアイスを拭う。それをそのまま自分の口元に向けて舐めると、バニラの甘い味が広がった。 「バニラ、美味しいね。甘い」 「破廉恥なッ」 幸村は佐助の仕種に、顔を小さな手で覆ってしまった。ぷわあ、と頬を膨らませながら赤くなる姿に、楽しそうに慶次が微笑む。目尻に皺を寄せながら、にまにまと口元を動かして二人を眺めてきた。 「恋しちゃってるねぇ、幸村も、佐助も」 「なんたって情熱の花ですから」 佐助が胸を張りながら同じように微笑む。作業台に頬杖をついて、慶次と向き合っていると、ころりと小さくなっている幸村を指先で突いた。佐助の指で幸村が転がって、再び、うんしょ、と言いながら起き上がる。 「でも時々は休ませてあげなよ?」 「どうしようかなぁ」 「な…――っ」 人差し指を立てて慶次が忠告する中で、佐助があえて答えを曖昧にした。そんな二人の遣り取りに、幸村だけが恥ずかしがって真っ赤になりながら、わなわなと震える。 「二人とも破廉恥でござるッ!」 思い切り空気を吸い込んだ幸村が絶叫する。それを眺めながら、佐助も慶次もただ笑っていくだけだった。 →2 2010.05 scc 発行/ 101202 up |