スキ、キライ、スキ



 出勤途中で政宗と共にカフェから出てくる小十郎に気付いて佐助が声をかけた。佐助の肩には小さな姿の幸村が、いつも通りに乗っている。

「おはようございます、片倉さん」
「偶然だな、おはよう」
「Morning!お、幸村、お前ちょっと色艶良くなったんじゃねぇ?」
「おはようござる。そうでござるか?未だ花期の気配はござらんが…」

 政宗に言われて幸村が自分の肩の辺りや小さな手をじっと見つめる。そうしていると、さらりと政宗が手を伸ばしてきて幸村を迎えた。

 ――あ、なんか嫉妬。

 ちり、と胸に針がささるような気がした。佐助の肩から幸村は抵抗もすることもなく、すんなりと政宗の手に乗ってしまう。そして掌の上でくるりと回って見せたりしていた。

「佐助、お前顔が大人気なくなってるぞ。同じ花の精同士なんだから、少しは大目に見てやれ」
「ばれてました?でも何だか…駄目ですね。旦那のことになると心狭くなって」

 随分と落ち着いた幸村とは裏腹に、佐助の方が最近では落ち着かなくなってきている。特にこんな風に自分以外が幸村に触れる時には、どうしても嫉妬心が顔を出す。
 多分こんな気持ちになるのは自分が未熟なせいだろうと思って隣を見上げた。すると何時もとは違う違和感を感じた。

「片倉さん?どうかしましたか」
「あ…いや、なんでもねぇよ。お前らも慶次の処にいくんだろ?」
「そうですけど…もしかして」
「あまり勘ぐるな、馬鹿」

 困ったように小十郎が眉根を寄せる。そして佐助の肩を軽く拳で突いてきた。

 ――政宗、綺麗だもんなぁ。

 今年で二度目の花期だ。しかも最近ではより彼の美しさが増したように思える。まだ小十郎に貰われてきた最初の年の花期では、少し子どもっぽいような印象もあったのに、今は何処か惹き付けられる雰囲気があった。
 それを思いながら政宗と小十郎を交互に見る。そうしていると、もしかして小十郎もまた佐助と同様の悋気に逸ることもあるのだろうかと思いついた。

「なぁ、小十郎。俺此処でいいぜ。こいつ連れて慶次のとこに行ってくらぁ」
「え…そ、そうか?あ…と、俺が迎えに行くまで居ろよ?」
「何だよ、迷子になりゃしねぇよ」

 政宗の提案に小十郎が些か慌てた。政宗の肩に乗る幸村は、小さな手を政宗の頬に当てて、支えを得ながら立っている。

「片倉殿、大丈夫でござる!某が政宗殿を見張っておりもすっ」
「Ah?何を見張るってんだよ」
「浮気しないように、に決まっております」
「俺は浮気なんてしねぇっての」

 いー、と歯を見せる政宗に、同じように舌を出して「あっかんべー」と言っている幸村に、佐助は思わず噴出した。

「なんか兄弟みたいだねぇ、二人とも。俺様、妬けちまうっての」
「佐助殿が妬く必要は何処にもござらん。某、佐助殿一筋ゆえに」
「あっついぜ…小十郎、水!」

 どん、と小さな胸を叩いて宣言する幸村に、佐助が思わず頬に手を当てて「きゃー」と声まで出して照れた。そんなやりとりを見ていると、ふう、と背後から日陰が出来た。

 ――ずし。

「ぎゃああああああああっ」
「朝から楽しそうじゃねぇか。俺も混ぜろよな〜」
「我も混ぜるがいいっ」

 佐助の背後に寄ってきたのは元親だった。嫌がらせの如く、背後から圧し掛かってくる。更に彼の銀色の髪の上には、元就がちょこんと乗っており、ことあるごとに「良き日輪よ」と呟いてる。背の高い彼の頭の上はさぞかし日光を浴びやすいのだろうと想像できる。
 しかし直ぐに身軽な元就は元親の頭からひらりと身体を踊らせ、政宗のほうへと飛び移った。

「ほれ、捨て駒共よ。今日もさっさと仕事に勤しめ」

 払うようにして元就が手を動かす。すると元親は大欠伸をしながら背中を伸ばした。

「そういえば今日って何の日か知ってます?」

 元親がにやりと笑いながら皆に向ってくる。すると小十郎が先に口羽を切った。

「新年度開始、新人が来る日」

 更に続けて佐助が応える。

「エイプリルフール」
「あったり〜。今朝よぅ、元就ってば殊勝なことを…おぐっ」
「余計なことを言うでないわっ!」

 ――ドカッ。

 佐助の応えにくすくす笑いながら説明を加えようとした元親の咽喉に向って、即座に元就が飛び込んだ。勢いのある三頭身が咽喉元に直撃し、元親が呻く。二人はその後もぎゃあぎゃあと騒いでいった。

「え…えいぷりる、ふーる…」
「え、小十郎、気付いてなかったのか?」

 よろ、と後ろに半歩下がりかかった小十郎に、今度は政宗がぽかんとしてしまう。しかし小十郎は口の中で「そうか…」と何度も呟いていた。

「お前、もしかして今朝の誤解して?」
「なんでもないぞ、政宗」
「誤魔化さなくていいっての」

 焦って胸を張る小十郎に、思い切り溜息をついた政宗が頭を押さえた。そして周りを見回すと、ずんずんと前に進み出ていく。

「持ってろ」
「え、ちょ…ッ」

 佐助の前をすり抜け様に、手から幸村を放り投げて寄越す。幸村をキャッチして佐助が抗議しようと振り返った瞬間、ひらりと小十郎の首元に腕を絡める政宗が目に入った。

「佐助殿、政宗殿と小十郎殿がせっぷ…」
「しーっ!良い子は観ちゃいけませんっ」

 慌てて幸村を手の中に押し込める。そして彼らに背を向けて元就と元親から隠すように立った。背後では二人のひそひそ話が聞えている。

「小十郎、お前かわいいところあるじゃねぇか」
「何のことだかな」
「俺がお前を嫌うはずないだろ?」

 くすくすと笑う政宗の声音に、さっさと終われ、と思ってしまう。そうして気まずい緊張が過ぎると、背後から佐助は肩を叩かれた。振り返ると小十郎が咳払いをしてみせる。

「あー…そろそろ仕事行くか」
「そう…っすね」
「おい、お前らっ!いい加減仕事行くぞっ」

 まだ喧嘩をしていた元親と元就に声をかける。その間に佐助は溜息をつきながら、そっと政宗の肩に幸村を下ろしていった。

「じゃあ、行ってくるね。旦那」
「いってらっしゃいでござる!」

 にっこりと微笑む三頭身の幸村に、笑顔を向けてから、佐助は小十郎と元親と並んで会社への道を辿っていった。その背後では花の精の三人が、くるりと踵を返して慶次の花屋に向っていった。





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