スキ、キライ、スキ



 慶次の花屋は病院の側にある。しかし店内には切花だけでなく、鉢植が多数置かれていて、小さな森のような様相をしていた。
 近所の要望もあり、植木の苗も多いが、やはり一番は見舞い客なので、切花よりも目立つ鉢植に皆首を傾げてしまう。
 レジ横には青ピンクの花をつけるカトレアがちょこんと置かれ、入り口付近には月下美人が置かれている。ドアが開くと、カラララン、と軽快な音がするのも御馴染みだ。

「は〜、配達増えると疲れるなぁ」
「それは良きことであろう」

 慶次が切花のチェックをしながら、入荷する花と注文を照らし合わせていると、即座に返答が返ってくる。返答を返してきたのは夜勤明けの豊臣秀吉だ――彼は病院勤務だ。

「そうなんだけどね…入学式とかさ。卒業式にも一杯作ったけど、マジで猫の手も借りたいや」
「お前はいつもそう言うが一人で頑張る。と、信じているがな」
「やっだねぇ、秀吉からそんな言葉を貰うとなんか総毛立つっていうかさ」

 夜勤明けで紅い目をしながら秀吉は、手にしたコンビニのおにぎりを開けている。彼の大きな手にしたらおにぎりなど小さすぎるくらいだ。沢山買ってあると慶次にも分けに来てくれたのだ――慶次と秀吉は昔からの友でもある。
 二個目のおにぎりを食べ終わり、秀吉がレジ横のひょろりとした枝を指差した。

「時にこれはよい鉢だな」
「あ…それ?もう花期終ってしまうんだけど。何なら持っていく?」

 慶次は差し入れられた鮭のおにぎりを咥えながら問うた。しかし秀吉はその枝をじっと見詰めてから、残念そうに首を振った。

「いや、我では駄目だ。枯らしてしまう」
「あっそ」
「上杉殿のようにお前に託すにも、どうも気が進まぬ。こうして見ているだけでよい」
「お前の美学はよく解らないけどね。ま〜、いっか」

 給湯室から出してきていた麦茶を秀吉に差し出すと、花を終えようとしているその枝から、名残惜しそうに花弁がはらりと床に落ちていった。










 レジ横にあるひょろりとした枝から、ひょい、と三頭身の小さな姿が現れた。秀吉が店を出たところで姿を現したのは花の精だ。

「秀吉さま…」
「残念だったね、三成」
「――構うものか。また来てくださる。ここ最近頻繁にいらしているからな」
「そういうもの?ってか、花が先に恋すると大変だよな。情が移っちまう」
「恋などではないわぁぁぁぁぁッ!」

 ばちん、と細い枝――枝と云うより蔓――がカウンターに打ち付けられる。その豹変振りにも既に慶次は慣れて、ひょい、と身体を反らした。すると今度はレジ横から小さな女の子が出てくる。

「三成、荒ぶるのはやめて」
「市殿…――っ」
「花が、落ちてしまうわ」

 市の言葉に三成がハッとする。彼は既に花期を終えようとしている花だ。新しい蕾は無く、ほぼ満開になっている。だがその枝の先から小さな葉の気配があり、彼の花期の終わりを告げていた。
 三成は花期でも体力を温存するように三頭身の姿のままだ。必ずしも実体化するのではないと解っていても、毎回実体化する花達を知っていると寂しいような気になってしまう。
 慶次は斜に構えながら、仕事に取り組み始めていく。その傍らに、はらはら、と光の玉が漂い、切花や小さなサボテンの精が漂っていた。

 ――この瞬間は綺麗だけど、常人には見えないのは惜しいものだよね。

 くる、とペンを回して慶次が辺りを見上げた。

 ――カラララン。

「慶次殿ぉぉぉぉ、新しきお仲間に会いに来もうしたあああああッ!!」
「慶次よ、息災か?」
「How are you?しけた面してんじゃねぇよ」

 一気に響く声に慶次が思わずペンを取り落とす。見ると実体化した政宗の肩に、幸村と元就がちょこんと座っていた。彼らの訪れにほっこりと胸元が和むような気がしながら、慶次は椅子から立ち上がった。

「いらっしゃい、皆!」

 慶次の言葉の後に、ドアが閉まる音が響く。ドアの中では花の精たちの邂逅と、新たな出会いが待っていた。






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