スキ、キライ、スキ



 朝の目覚めはいつも元就の叱責から始まる。しかしこの日ばかりは違った。

「元親…いつまで寝ておるのだ?そのまま起きぬつもりか?」
「あ〜…もう朝かよ」
「我は当に起きて、そなたを待っておるというのに…」

 しおしおと口元を小さな手で覆った元就が目の前に鎮座している。元親の胸元に乗り上げているのは花の精の元就だ。
 だが可憐な――というか、今は体長10cm前後の小さな三頭身だが、咲いた姿は可憐なイメージが付き纏ったものだ。元親はそんな元就の花期を思い出し、にやりと口元を歪めた。

「元親、元親…早う起きて、我に水を」
「ああ、直ぐにやるからな」

 胸元でゆさゆさと小さな手で元親を揺さぶる元就に、にやにやしながら手を伸ばす。すると元就は大きな元親の手に、びく、と一瞬だけ身を竦ませた。

 ――つか、元就のヤツ…こんなに殊勝なヤツだっけ?

 ぐりぐりと頭を撫でながら、元親は思考を廻らせた。いつもなら傍若無人とばかりに眉を寄せて元親を顎で使うくらいにはツンツンしている筈だ。

 ――あ〜と、なんかあるなこりゃ。

 元親は近くにあった携帯を取り上げ、スライドさせて画面を確認する。そして一発でことの仔細を理解した。

「なぁ、元就…」
「なんだ?」
「お前、俺のことどう思ってるの?好き?キライ?」
「――斯様なこと、口には出せぬ」
「そうかよ?俺は聞きてぇなぁ…なぁ?」

 ひょい、と元就を持ち上げて顔に近づける。いつもなら持ち上げただけで「無礼者」とぎゃあぎゃあ騒ぐはずだ。それなのに今の元就は大人しく持ち上げられている。元就は元親を見下ろしながら口を開きかけ、そして再び閉じると、眉根を寄せ始めた。

「…我は…、元親が…」
「俺が?」
「――…」
「元就、言って?」

 優しく唇を寄せて彼のふっくりとした頬に押し当てる。そのまま片手で抱き締めるようにしていると、途端に手の中の元就が暴れ始めた。

「やってられるか――ッッ」
「やっぱりそうか。元就の負けだな」

 はっはっは、と笑いながら元親が身体を起こす。同時にぽよんと小さな体がベッドの上に跳ねた。元親は元就をそのままにして着ていたシャツをがばりと脱ぎだすと、クローゼットの扉を引き開けた。
 もぞもぞと放り投げられた布団の中から元就が顔を出して、悔しそうに唸る。恨み言だの、憎まれ口は聞きなれている。元親はふんふんと鼻歌を歌いながら、薄いラベンダー色のシャツを取り出して、しゅ、と勢い良く腕を通した。

「っく…計算しておらぬぞッ」
「大方、エイプリルフールだって気付いてのことだろ?」

 ネクタイをシャツに合わせて何本か出していく。それを元就に見せながら「どうよ?」と聴くと元就は空かさず「一番端の色にせい」と告げた。
 ネクタイを首にひっかけなおした元親を余所目に、元就は枕をぼすぼすと叩く。

「嘘でも何でもお前を好いておるなど、言えるものかッ!」
「言ってるじゃん」
「これは逆の意味だッ!」

 ムキになっている元就の頬はほんのりと色付いている。興奮して叫んでいるせいと解るが愛らしいものだ。元親は口の中で笑うと、ひょい、と元就の身体を持ち上げて自分の肩に乗せた。

「はいはい。さっさと飯食って会社行くかぁ」

 ――ぎゅ。

 肩に乗った元就が、そっと元親の襟足を掴む。それに気付いて横目で見ると、彼は唇を尖らせていた。大きなくりくりとした瞳が揺れている。

「元親、今日は軟水が良い」
「はいはい…っと」

 ――あいつらも振り回されてるんだろうなぁ。

 作戦が失敗に終った元就のご機嫌を取りつつ、元親は鉢植に水を与え出した。出社したらこの分だと他の二名も同じようなことになっていそうだ。

 ――でも今、政宗が花期だからなぁ。片倉さん、気付いてるかな?

 凡そイベント事には疎いように思われる上司を脳裏に思い浮かべながら、水を自分でも飲み込む。そしてふと鉢植の枝ぶりに気付いて身を乗り出した。

「おい、元就…お前」
「なんだ?」
「かわいい葉っぱが出てるじゃねぇか!きらきらして色薄くてッ」
「ふ…我もそろそろ花を付ける準備を…って、元親?」
「やべぇ、可愛い。お前、すっげ可愛い。よし、今日はケーキ買って祝いだ!」
「――…お祭男よの」

 興奮する元親を見詰めながら、ぼそりと元就は呟いていった。だが自分の鉢に――新芽に喜ぶ姿に、少しだけ口元を綻ばせていった。






 →4





110405/110807 up