スキ、キライ、スキ



 珍しく朝から佐助が支度に時間をかけている。
 髪を何度もセットし直したり、服を着替えたりと忙しない。その様子を、テーブルの上の自分用に用意された皿を空にしている幸村が、じっと見つめていた。
 今朝の朝食は、トーストに目玉焼き、それからポタージュスープに昨日の残りの煮物だ。幸村用は佐助の半分――しかし、幸村はそろりと小さな手を伸ばして、佐助の皿の上にあった煮物の人参をぱくりと齧った。

「佐助殿〜、いい加減、朝餉を召し上がらねば」
「そうだよね?うーん、これでいいかな?」

 鏡の前から戻ってきた佐助はラフな格好に落ち着いている。一度はスーツ姿になったりもしたが、結局はいつものような装いだ。しかし今着ているのは幸村が見たことのない服だ――要は、卸したてだったりする。

「どう?旦那」
「何時もながら、良き漢振りでござる」

 業とらしく、くるりと回ってみせる佐助に、幸村は片方の頬をこんもりと膨らませたままで頷いた。三頭身の、10cm足らずの身体が、テーブルの上で揺れる。幸村の言葉に佐助は首を傾げてみせる。

「いつもと同じ?」
「いいえ、なにやら気合が感じられるような」

 佐助を見上げたままで幸村は大きな瞳をくるくると動かす。その合間にも口の中のふくらみが徐々に減っていった。佐助は「よっこいしょ」と声をたててからテーブルにつく。そして冷えてしまった朝食に「いただきます」と手を合わせてから取り掛かった。

「今日から新年度、後輩が入ってくるからさ。気合入れないとね」
「こうはいが入ってくると、気合を入れるのでござるか?」

 自分の食べ終わった皿を重ねながら、ぷりぷりとしたお尻を佐助の方に向けて幸村が問う。身体全部で一生懸命に皿を重ねる姿は愛らしい。といっても、幸村の分は軽いプラスティック製の皿にしている。全て皿を重ね終えると、幸村は佐助に後姿を見せたまま、腰に手を当てて「よし」と満足気にしている。

「まぁ…うん、このままではいられないっていうか。可愛い子が居たらな〜とか?」
「……――」

 ちら、と肩越しに幸村は振り返る。しかしいつもなら、葡萄のような大きな瞳に涙を浮べて飛び込んでくるのに、今回は違った。佐助は当てが外れて、フォークを手にしたまま固まってしまう。

「あれ?旦那…?」
「別に居ても良うござる」
「なんで?」

 ふん、と鼻息も荒く幸村は振り返り、小さな手で口元に拳を作ると、こほん、と咳払いをした。

「佐助殿は某以外を見たりしないと、某以外を選ばぬと、しっかと信じております故」
「――…ッ」

 ずきゅん、と胸に矢を立てられたかのような衝撃だ。佐助は、かちゃん、と持っていたフォークを取り落とすと、幸村に顔を近づけた。

「如何なされた?」
「逞しくなったなぁって、思ってさ」

 佐助は頬杖をついて幸村に向き合う。幸村は紅い服を翻しながら、ちまちまと近寄ってきて、佐助の前に仁王立ちになった。

「なんと!某と佐助殿、どれ程の時間を共に過ごしたと思われるか…ッ」
「蜜月もあるし?」
「あ…っ、う、ぅ」

 カー、と顔を真っ赤にする所は変わらない。大きな葡萄のような瞳を潤ませながら、困ったように口元をむにむにと動かしている。
 その様子に満足しながら、再び佐助はフォークを手にした。

「かわいい。って…あ、旦那、俺様のご飯食べたでしょ?」
「食べてござらぬ」

 ぷい、と幸村は顔を背けた。ぷっくりと膨れている頬にキスしたくなるが、それは置いておいて、意地悪く彼の首根っこを掴んだ。

「嘘仰い」
「知らぬでござる〜」

 持ち上げてみると、ぷらん、と宙に浮いたままで幸村は知らん振りを続けている。しかし佐助の皿の上で、トーストには小さな歯型がくっきり付いているし、煮物の人参も椎茸も無い。

「全く…仕方ないなぁ、もう」

 すとん、と肩に幸村を乗せると、佐助は口にトーストをくわえながら、端っこを千切って幸村に渡した。幸村は佐助の肩の上で、トーストをもくもくと食べていく。

「今日は某、慶次殿のところに行くでござる」
「なんで?」
「沢山の仲間が入荷されたらしく、お会いしとうござる」

 季節は春だ――言われて見れば、沢山の花々の咲く季節でもある。佐助は幸村を慶次の花屋に送る事を考えて即座に立ち上がると、トーストを咥えたまま外に出ようとした。

「佐助殿、歯磨きと、それからお皿を水に!」
「そうだね…なんか、旦那ってば俺様の奥さんみたいになってきたね」
「おくさん…斯様に言う佐助殿は嫌いでござるッ!」
「ええええええッ?」

 何が気に障ったのかは解らないが、幸村は顔を真っ赤にすると、そのまま膨れて佐助の胸ポケットに収まってしまった。怒らせたわけではないだろうが、幸村に「嫌い」と云われて佐助は少しだけ落ち込みながら出かけていった。





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