スキ、キライ、スキ



 ベッドの中でごろごろとしている政宗を横目に、小十郎は大きな溜息をついた。出来ればこのまま腕の中に閉じこめて、抱き締めたままで居たい。だがそれは社会人として、仕事を持つ身としては、当然のように決別の時間を迎えなくてはならないものだ。

 ――二度目の花期。

 季節は新年度を迎えるという頃合だ。そして政宗は二度目の花期を迎え、今は実体を持つ身となっている。

「なぁ、小十郎…?」
「どうした?」

 腕の中にいる政宗は少しだけ仰のく様にして小十郎に声を掛けてきた。朝陽に反射して、この時期だけは政宗の瞳が金色に光る。琥珀のような色合いに、彼の浮きかけた頭を引き寄せて、頭頂に向ってキスを落とす。すると擽ったそうに政宗は身を捩りながら、この至福の時間の終わりを告げてきた。

「いやぁよぅ…そろそろ、支度する時間じゃねぇか?」
「よく解ったな」

 気付いてしまったかと眉を下げると、政宗ははにかみながら身体を起こした。だが直ぐに起き上がるつもりは無いらしく、うつ伏せになったまま、肩越しに振り返ってくる。指先を伸ばして、青く光る髪を爪んでは弄ぶ。

「何年一緒に暮していると思ってんだよ?二年だぞ、二年…ッ!ってか…うん、二年目、だな」

 ――二年かぁ!

 急に政宗が頬を両手で覆い隠していく。斜め後ろから見ても彼の耳が赤くなってきていて、一人で幸せに浸っているのがよく解る。小十郎はうつ伏せになった彼の背に覆いかぶさるようにして身体を動かすと、ふう、と耳元に息を吹きかけた。

「何を照れてるんだ?」
「そりゃ…、手前が…――っ、ん」

 振り返った政宗の唇を奪う。これも一年前に彼が実体化した時には、理性でもっていつまででも待った行為だ。だが一度箍が外れてしまうと際限なくなってしまってよろしくない。
 キスされると慣れたように仰向けに身体を動かして、政宗が一回り小さい手を小十郎に伸ばしてきた――しかし、その手をすり抜けるようにしてベッドから降りる。

「さて、支度をするか…」
「おおおお預けかよぉぉぉっ!」

 がばっと起き上がる政宗の肩から、布団がずるりと落ちた。彼はそれを取ろうとして自身もまた床に落ちてしまう。

「仕方ないだろう?」
「そりゃ…そうだけど」

 ぎりぎりと歯噛みしながらベッドの下に落ちた布団を体に巻きつけて、睨みつけてくる視線すら愛らしくてならない。すると不服そうにしながらも、口の中で呟いている。

「小十郎のそんなきっちりした処に惚れてるのも、事実だし…でもよぅ」
「俺、もっとお前の花を見たいな。まだ暫く咲いていられるんだろ?」
「ああ…」

 鉢植に水を与えながら小十郎が問う。小十郎の視線の先にあるのは政宗の花だ――小さく、掌に乗るくらいの花。しかし一枚ずつの花弁が厚みを持っており、みずみずしさを伝えている。きらきらと光を弾くかのような様相に小十郎が見入っていく。すると政宗は「あんまり見るなよぅ」と再び頬を赤らめながら、ごろごろと転がっていった。











 支度を済ませると先程よりも陽も高くなっており、卵焼きを食べていた政宗が最後の一切れを口に入れたのを見計らってから、小十郎は玄関へと足を向けた。

「じゃあ、行って来る。今日は…どうする?」
「慶次のとこに遊びに行ってくらぁ」

 玄関先に、口元をもごもごと動かしたままの政宗が追いかけてくる。彼の頭に手を伸ばして、くしゃりと撫でると政宗は嬉しそうに瞳を眇めた。

「気をつけてな」
「そうだ、小十郎ッ」

 ハッと気付いた政宗が、ごくんと卵焼きを飲む。そして満面の笑みで小十郎に向って言った。

「大嫌いだッ!」
「え…ッ?」

 ガン、と後頭部に衝撃を受けたような感覚に、小十郎はよろりとよろめいた。玄関にどんと背中をぶつけていると、政宗は悪戯っ子の顔をしていた。

「へへ〜、引っ掛かったな?今日は何の日…――って、おい、小十郎?」
「い…行ってくる、な」

 よろよろと小十郎はドアを開けると外に出て行った。どうやら政宗の意図は確実に彼には伝わっていないらしい。拍子抜けしながら、政宗は軽く手を振りながら「あいつ、何落ち込んでるんだ?」と小首を傾げていった。そして彼の後を追うように、政宗もまた直ぐに家を飛び出していった。



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