お花見に行こう8 花見と云うだけあって、拡げられた食べ物の多さに驚いてしまう。だが男五人に大食漢のチビが二匹なら、これでも頷ける。 桜餅は道明寺とクレープ状に巻いたもの、それから花見団子、おにぎりがお重にびっしりと入っている他に、鳥の唐揚げ、卵焼き、煮物などなど、更に酒だの摘みだのが拡げられている。慶次は唐揚げを食べながら頭上を見上げて、桜の香りを吸い込むように深く呼吸をした。 「綺麗、だねぇ…」 「慶次殿、一献」 ととと、と駆け込んでくる幸村が、ぴょん、と慶次の膝に乗る。それに気付いて見下ろすと、横から元就が大きな白い――肉厚の花弁を差し出した。 「この盃を使うがよい」 「これ、木蓮の花びらじゃない」 差し出された花弁を手に取ると、それは白い木蓮の花びらだった。見れば幸村も元就もそれを手にしている。因みに政宗の前にも同じように木蓮の花弁が置かれていた。 「我らの盃でござるッ!」 幸村が胸を張って、持って来た酒を――ペットボトルの小さいのに入っていた――傾けた。促がされるままに、木蓮にそれをうけて口に運ぼうとすると、ひら、と空から花びらが舞い降りてくる。 「おお、なんと風情のある!」 「良いのう…酒に、花びらか」 ふふ、と元就が空を見上げ「粋な事をする」と桜に話しかけていた。慶次はそのまま木蓮の花弁を口に運ぶと、じわりと酒粕の味を舌先に感じていった。 ――甘酒だ。 周りを見回して元親に「これ、こいつら用?」と聞くと元親はビールを片手に大きく頷いていた。 「慶次殿に桜は、よく似合うでござるよ」 空にした木蓮に幸村が再び甘酒を注いでから、ペットボトルを抱え込んで見上げていく。大きなどんぐりのような瞳が、にこりと微笑んでくると、見ているだけで微笑み返したくなるものだ。 「命短し、恋せよ…花よ、って?」 慶次は注がれた甘酒を再び煽ってから、ひょい、と幸村を持ち上げて佐助の方へと向けた。すると佐助の顔を見て幸村が、ぽわ、と頬を染める。 「幸村、恋してるねぇ」 「か…からかわないで下されッ!」 じたじたと足を動かす幸村を、ぽい、と佐助に投げ込むと、佐助は慌てて両手で幸村をキャッチする。 「慶ちゃん、ちょっと旦那投げないでよー!」 「いいじゃないの。どうせ幸村は佐助が護ってくれるんでしょ?放り投げたって大丈夫」 「ふおおおおおおお、そそそそそそのようなことはぁぁぁぁッ!!」 「旦那、暴れないのッ」 ぴし、と怒られて幸村が佐助にしがみ付く。小さな手をぎゅっと握り締めて、佐助の胸元にしがみ付く姿はどうみても小動物だ。それを眺めながら元親は既に横になりながら酒を呑んでいた。 視線の先には元就がちょこんと座って、先程から桜餅をつぎつぎと平らげている。 「小十郎〜、聞いたか?花は命短いんだぜ?」 「ま…政宗?」 ふいに声を張り上げて政宗が言う。その声に反応して皆が注意を二人の方へと向けると、政宗はぺたりと小十郎にくっ付いて詰め寄っている。 「俺の花期だってもう直ぐ終わるんだ」 「お前、酒呑んだな?」 はあ、と小十郎が溜息を付いている。政宗は構う事無く、からから、と笑いながら、小十郎の膝の上に乗ると、足を投げ出して座る。そして両腕を彼の首に引っ掛けてくっつく。見ようによっては横抱きだ――小十郎は手を伸ばして持っていた茶を置いた。一応車で来ている手前、呑んではいないらしい。 「酒は呑むなと言っていたのにな。仕方のない奴だ」 「いいじゃねぇかよ、酒くらい」 政宗は頬を真っ赤にしながら、猫のように小十郎に擦り寄っていく。それを元就が「けっ」と吐き捨てるように見つめてから、再び桜餅にかじりついた。幸村に至っては佐助にしがみ付いて「破廉恥でござるぅぅ」と顔を背けている。 「ほら、政宗。お前いい加減…」 「終わる前に、手ぐらい出せよぅ…」 「えッ!」 政宗を引き剥がそうとした瞬間、ぼそりと政宗が問題発言をした。小十郎以外の其処にいた者達が一気に顔を上げて、意外とばかりに瞳を見開く。 佐助にしがみついていた幸村でさえも、きょとんとして小十郎を見上げる。佐助は頬を、ひく、とひくつかせたまま問うた。 「片倉さん、出してなかったの?」 「出せるわけねぇだろうが。こんなに素直で純真なんだ」 「それって理由になってない…」 がくりと項垂れると、佐助の膝に座った幸村が小首をこくんと傾けた。 「意外でござる」 「旦那…?」 この状況で淡々と語る幸村の方が不思議だ、とばかりに佐助が見下ろした。 「片倉殿は既にやってしまっていると思っていたでござるッ」 「ぎゃああ、旦那ッ!そんな言葉使っちゃいけません」 がば、と佐助が自分の耳を押さえる。だがそれに構わず、幸村は小さな拳を握って、小十郎に向ってきらきらと瞳を輝かせて見せた。 「だって、こんな綺麗な政宗殿を放って置かれるなど、某には理解でき申さぬ」 「それはな…幸村」 額に手を当てながら小十郎が困ったように眉を下げる。その傍らでは政宗が半分寝ぼけて、小十郎の名前を呼びながら抱きついたままだ。 「やるべきでござるッ!」 ――真の漢ならば! 期待に瞳を輝かせる幸村に、小十郎がくるりと佐助の方へと矛先を向けた。 「おい…佐助」 「は…ははは、片倉さん、気にしないで」 どうどう、と手を前に出しながら佐助が苦笑いをしていった。それを眺めながら、卵焼きを、まぐまぐと口に入れた元就が小首を傾げながら、横になった元親を見上げた。 「まったく、愛だの恋だの、やったの、やらないのと…人間とは不可思議よの」 「その内お前も解るさ」 「ふん…我は我のままぞ」 ぷい、と前を向いて腰をあげる元就は、今度は花見団子を取りに重箱に向っていった。それをからからと笑いながら見つめ、元親は寝転んだままで慶次に話しかけた。 「花見っていいな。こんなのが毎日なら、春も悪くねぇ」 「そうだね。この世は常春!皆、恋して、春を謳歌しようよ!」 慶次も重ねた酔いに任せてそう声を張り上げる。すると、頭上で桜が一際大きく揺れ、風に薄紅の花弁をひらひらと舞わせて行った。 了 →お花見の裏側に続く 100408/100425 up |