お花見に行こう7




 程なく車が止まり、慶次は結局元親に抱え上げられて移動する羽目になった。こんな姿を誰かが見たら誤解しようものなのに、辺りには然程雑音は聞かれていない――即ち、此処は市街から離れたところなのだろう。

「良いぜ、目、開けてみな」

 すとんと腰を下ろされた感触は、ビニールシートそのものだった。そして最初に手錠が外され、ニット帽を外されると、慶次は周りを見て瞳を大きく見開いた。

「此処は…」
「綺麗だろう?まだ満開ではないが」

 横から小十郎が空を見上げるように促がしてきた。慶次の視界に入ったのは、五分咲きの桜だ。まだ所々に蕾を残して、きっちりと花を留めている桜の樹だった。
 一本の桜の下に陣取っているのはいつものメンバーだが、此処だけ一山離れていた。少しの小高い丘になっている公園内――その先には花見客で賑わいを始める公園の桜がある。そちらは既に満開の様相だった。

 ――なんでこれ一本だけ、遅いんだろう?

 慶次が首を傾げていると、目の前に置かれた重箱の影から幸村が声を張り上げた。

「お頼み申すーッ!」
「え…ちょ、幸村?」

 ぶんぶんと腕を振り回す幸村は、明らかに桜の樹に話しかけている。すると桜の気が大きく枝を動かし、頷いたかのようだった。

 ――ふわ。

 目を見張る間に、半分しか咲いていなかった花が咲き始める。見る見るうちに開く花々に、元親が口笛を吹いてみせる。幸村は小さな身体を精一杯伸ばして、佐助の頭の上で「もっとでござるッ」と声を上げていた。すると先に咲いていた花が、ひらひらと舞いあがり、夕闇に煌きながら流れていく。

 ――最期の夜には一世一代の、花吹雪を見せてあげましょう

 手を天にむけて、そう言った彼女の姿が重なりかける。慶次の視界に舞った、あの色の薄くなった桜吹雪――それを思い出しそうになった瞬間、とん、と肩を叩かれた。

「驚いたか?」
「片倉さん…これ、一体…」
「桜が咲き始めた時に、此処の桜に頼んでおいたんだ。こいつら、頑張ったんだぜ?お前と花見をしたいって」
「皆…」

 くるりと周りを見回すと、幸村も元就も政宗も、じっと慶次を伺っている。彼らを代弁するように小十郎が先を続ける。

「俺達はお前に何があったかは知らねぇし、無理に聞くつもりも無ぇ。だがな、こいつらはずっとお前と一緒だったんだろ?」
「――――…」

 慶次ははっと気付いたように瞳を動かした。毎朝、毎晩、通りを通るたびに桜達が声をかけてくれる。それを過去にとらわれて無視し続けてきた。過去は過去だ――消せなくても、其処で全てを遮断させてしまうものじゃない。

 ――彼女だって、俺にあんな綺麗な姿を見せてくれた。

 花は愛でられて、そしてより一層美しくなる。それは目の前の小さな花の精たちからも解ることだ。

「ははは…はは」

 そう思うとじわりと視界が歪んできた。歪む視界の中で、肩に政宗が寄り掛かってきた。そして「慶次、泣くなよな」と皮肉ってくれる。合わせて、わらわらと幸村と元就も慶次にくっ付いては、しきりに励ましていく。

「綺麗…だね。ありがとう…俺、こんな楽しい花見、始めてだよ」

 ――皆、ありがとう。

 慶次がそう言うと頭上の桜も大きく揺れた。そして、はらはら、と薄紅の花弁が空に舞っていった。





 →8





100408/100425 up