お花見に行こう5 店の手伝いをしながら、政宗が一息つく。作業台の上で水の入ったグラスを傾けてから、ぷは、と飲みきると、ケースの中の切花の様子を見ながら慶次が目の前にペットボトルを出してきた。そうすると、政宗のエプロンの中に入り込んできていた元就と幸村が顔を出して、小さな手をぱちぱちと叩く――自分たちにも飲ませろという意味だろう。 政宗が手にグラスを持って幸村と元就にも分けながら、ふと慶次に声をかけた。 「慶次ぃ、明日は市場の日か?」 「ん?違うけど、仕入れに行くから」 ケースの中の切花達には政宗たちのような花の精はついていない。居たとしても、小さな――それは小さな姿だったりする。名残を残すように、きらきら、と小さな光の粒子たちが纏わりついている。慶次は微笑みながらその粒子を指先で払った。 作業台に肘をついて、斜に構えながら政宗は続けて問い掛ける。 「そっか…あ、それじゃあ、その次の日は?」 「とりあえずのんびり出来る日かな」 慶次が立ち上がって作業台のほうへと向ってくる。手には今選り分けたアネモネやガーベラがあった。夕方に差し掛かる際に最近ではミニブーケを作っているので、その作業に移るつもりなのだろう。すると水をごくごくと飲んでいた幸村が、顔の周りをびっしょりと濡らしたままで、顔をぱっと上に向けた。 「良かったでござる!」 「これ、幸村ッ」 ――ぱしーんッ! 幸村の叫びに元就が後頭部を打ちのめす。衝撃に前のめりになった幸村が、なんの、と言いながら起き上がるのを、政宗が指先でつまみあげて助けていた。 「どうしたのさ、こそこそしちゃって」 「いやぁ、幸村がよう、桜餅食いてぇって言うからよ。そしたら元就も乗り気になっちまって」 「桜餅…我は道明寺とやらと、包み込んである方、両方共食べ比べてみたい…とな」 「さくらも…ふぎゃッ!」 急に早口になりながら政宗が応える。何か言おうとしていた幸村の頭に、再び元就の平手が降り注ぎ、べしゃ、と机に突っ伏す。だが幸村も負けてはいない。直ぐに起き上がっていく。政宗は気付かれないようにそっと口に人差し指を当てて、幸村に「黙ってろ」と告げていった。 ――なぁんか、企んでない? 慶次はそんな三人の遣り取りを見回しながら思考をめぐらせた。大抵彼らの企みとなれば、持ち主の三人を驚かせるものに限られている。だが当てはまる記念日や祝日は当に過ぎていた。それに今回は彼らを驚かせるというよりも、彼らにおねだりした形だ。そうなれば、予想できるのは浮かれた持ち主達だ。慶次は其処まで考えてから、ふふ、と口の中で笑った。 「解ったよ〜。桜餅、佐助と元親が買い込んでくるつもりなんでしょ?」 ――あの二人らしい。 あの二人が自分の花の精たちに甘いのは知っている。特に元親などは凝り性な性分もあって――無理難題であろうと、取り組みかねない。 政宗がこくこくと頷いた。そしてその前にちょこんと仁王立ちになって元就が胸を張る。 「ま、そんな処だな。だからその…慶次にも、上げようって内緒で」 「そんな処ぞ」 「そんな処でござる」 ぺたんと両足を投げ出して座っている幸村も復唱するように告げてきた。そんな三人分の瞳を見回してから、慶次は頷いた。 「じゃあ、俺もご相伴に預かろうかな」 「頼むぜ。あいつらの事だからよ、山ほど用意しそうだ」 ぱん、と政宗が顔の前で両手を合わせる。慶次は手を伸ばしてそんな政宗の頭をなでると、ありがとう、と告げた。 その直後、かららん、と軽い音が鳴り、政宗を迎えに小十郎が入ってきた。手には手土産とばかりにドーナツの袋を提げている。 「いらっしゃい、片倉さん」 「差し入れ持って来たぞ」 ひょい、と上げられたドーナツの袋には、ファンシーな絵柄がついている。確か女の子に人気だという店のものだった気がする。店内もまた女の子向けに彩られていた筈だ。 慶次は袋を受け取りながら、小十郎とドーナツを交互に見てから、微かに肩を揺らして笑った。 「わぁ、ありがとうございます。ってか、あんた…どんな顔でこのファンシーな店に入ったんですが」 ドーナツのパッケージを見て慶次が含み笑いをする。小十郎は構わず「普通に」と応えた。だがそれを想像したであろう政宗が噴出した。釣られるように幸村がその場に転がり、元就も肩を震わせて笑っていった。 外では、はらり、はらり、と桜が膨らみ始めていた。仄かに暖かくなった外の空気が中に桜の香りを運んでくる。 ――……けいじ。 不意に呼ばれた気がして慶次がドーナツの袋を抱え、外に視線を投げた。だが直ぐに首を軽く振ってから、慶次は外に背を向けて彼らに向って「お茶淹れようか」と提案していった。 →6 100408/100425 up |