お花見に行こう3 慶次の営む花屋は病院の目の前にある。病院に訪れる人々や近隣の人々の他に、病院からの依頼に応じたりもする。そのため、度々病院の中には足を踏み込んでいた。 ついでに言ってしまえば、ラウンジで昼食を取ったり、カフェで寛いだりと、案外存分に堪能してしまっていた。 二つの大きな花篭を手にしながら、いつものように病院に足を踏み入れた慶次は、配達次いでラウンジで昼食を食べていくつもりだった。店は政宗がいるし、いざとなれば他の花達――特にしっかり者のかすがあたりがフォローしてくれるだろう。 ――さぁて、何にするかな。カレー食べたいんだよねぇ。上に目玉焼きと、カツ乗ってるやつがいいなぁ。 ただそれだと野菜が足りない――追加でグリーンサラダを選ぶことにして、食券を買うと慶次は辺りを見回した。 ――あ。 ふと見慣れた――大柄な影が眼に入る。自分だって決して華奢なほうではなく、むしろ体格は良いほうだろうが、彼の方が数倍大きい。 「久しぶり。此処、いい?」 「む…おお、慶次か」 トレイを持っていくと、彼は今気付いたとばかりに顔を上げた。目の前に居たのは、豊臣秀吉――慶次は友の顔を見ると、にこ、とその顔に笑顔を浮べた。 「ねぇ、秀吉」 「何だ?」 ぱくぱくと昼食を取っているあいだ、既になれたとばかりに秀吉はコーヒーを飲みながら、英語でびっしりの雑誌のようなものを読んでいた。 「実家には帰ってるの?」 「最近は帰っておらぬ。我が帰る理由は無い」 きっぱりとした物言いに、卵焼きの黄身を崩しながら、少しだけ猫背になって見上げると、秀吉はちらりと視線をむけてきた。 「でもさ…おばちゃんとか、心配しているんじゃ…」 「我には使命がある。故に、仕事を放ってはいけぬ」 「堅物だなぁ」 「――…」 秀吉は大きな手には不釣合いな、小さめのカップを手にとって、口元に運ぶ。慶次はスプーンを手繰って、もぐ、と口に入れた。 「そういえばさ、秀吉、この間此処に入院していた、竹中さん…」 「半兵衛か?」 「そ。俺の友だちの同僚だけど…」 「あれから仲良くなってな…」 少しだけ口元に笑みを浮べる秀吉に、ふうん、と肘を付きながらスプーンを向ける。 「随分と楽しそうな顔して」 「そ…そうでもないぞ」 「嘘ばっかり」 ふはは、と笑うと秀吉は慌てて雑誌を手にとった。そんな照れ隠しは昔から変わらない。 ――ざあ… 目の前に夜闇に浮かぶ白い姿が翳る。庭先の、大樹の下で佇んでいた彼女の姿を思い出す。秀吉には見えていなかった。でも慶次には見えていた。 ――貴方の目に、少しでも私が映れば良いの。 手を動かして、さらさら、と薄く色付いた花びらを舞わせて、見つめるだけで良いのだと言っていた姿――その姿が脳裏から離れない。 「あのさ…庭の、桜、覚えてる?」 「ああ…お前がよく佇んでいた」 「そ。覚えてる?」 ふ、と秀吉は顔を起した。かちゃん、と銀色のスプーンを皿に置いて問うと、秀吉は顎先に手を添えて大きく頷いた。 「我の部屋から見えた。花びらが、よく…綺麗だったな」 「うん。綺麗、だったよね」 そう、あの日、風に舞うように消えていった彼女。一世一代の、大きな桜吹雪を忘れることなんて出来ない。 天高く、蒼い空の中にひらひらと舞い上がった、あの小さな花弁の煌きは、今もまだ慶次の心に焼きついている。 「今年も、桜の季節だ」 「そうだな…」 ――我は半兵衛でも誘って、花見に行くか。 「秀吉、友だちできてよかったじゃん」 「ぬ…、お前はそういう言い方を…」 冗談交じりにそう言った秀吉の拳に手を重ねて、頑張れ、と励ますと、彼は急に慌ててばさばさと雑誌を取り落とした。 「俺は当分、花見なんて出来そうにないよ」 「花屋なのにか」 「それとこれとは別」 ふふ、と笑いながらラウンジの外を見やる。霞みかかる様に広がる外には、いくつも見慣れた樹が眼に入る。慶次は其処から視線を反らすと、ラウンジを横切っていった看護師の市と、長政に手を振った。 →4 100408/100425 up |