お花見に行こう2 両手でかりんとうを抱えながら幸村が、とてとてと歩いて佐助の手元に近づいてゆく。かりんとうは元親の土産で、黒糖やきび砂糖、それに金平ごぼうや唐辛子の味まであった。その内の、きび砂糖のついたかりんとうを抱えて、幸村はマウスを弄る佐助の元に近づいた。 「佐助殿ぅ、何をしているのでござるか?」 「うん?えーとね、桜の咲いているところ探し」 「何故でござる?」 PCのディスプレイを食い入るように見入っている佐助の前にまで幸村は迫り、キーボードの前にちょこんと座った。くるんと幸村が見上げる先には佐助の顎先がある。佐助を下から見上げてから、かり、とかりんとうに齧り付きながら、幸村は同じように画面を見つめた。 「今度お花見に行こうって話になってさ。そろそろ咲いてきているからさぁ」 「花見…ッ、佐助殿、もしや某だけでは飽き足らず、他の花々に…」 佐助の浮かれた言い方に、幸村がショックとばかりに顔を青褪めさせる。その場にすっくと立ち上がり、幸村は「酷いでござるぅ!」とかりんとうを振り回した。 「違うってッ!春になって桜が咲くと、桜の下でご飯たべたり、お酒呑んだりするの!」 「本当でござるか?」 涙目になりながら幸村が見上げる。こくこくと佐助は頷くと、再びディスプレイに視線を向けた。だが佐助の表情は明るい。にこにこと楽しみにしていると言わんばかりに微笑んでいた。 「でさ、どうせなら慶ちゃんも誘って、皆で…って」 「――」 かちかち、とマウスを動かす佐助が、静かになった幸村に気付いて見下ろす。すると幸村は手にかりんとうを抱えたまま、立ち尽くしていた。足元をじっと見つめ、項垂れているかのような、考え込んでいるかのような姿だ。 「旦那?」 幸村が押し黙っているのに気づいて、佐助は見下ろした。小さな頭の、つむじがちょこんとそこに見える。幸村はその場に程なく座り込んだ。 足を前に投げ出して座り、両手に大事そうにかりんとうを抱えている姿は、いつもの幸村に見えるが――押し黙っているのが不思議だった。 「慶次殿は…来ないやもしれませぬ」 「え…」 幸村はそう呟くと、小さな頭を上に向けた。大きなどんぐりみたいな目が、うるる、と光をはじき出している。だがその口の周りには、しっかりときび砂糖がついていて、佐助は指先で幸村の頬を拭って、自分の口元にもっていった。 「旦那、口の周りにお砂糖」 「う…」 ごしごし、と手に砂糖がついたままで幸村は口元を擦る。だが、それでもいつもの元気がないように思える。 「どうしたのさ?それに、慶ちゃん…来ないかもって」 ――どういう意味? 佐助が訝しんで、自分とキーボードの間に座っている彼にこそこそと問いかけた。 「猿飛」 不意に、ぴょん、と佐助の肩を着地点にして飛び込んできた小さな身体があった。 「元就。どうしたの?」 「我も、前田は来ぬと思うぞ」 緑色の服を翻して、すとんと佐助の肩に着地したのは元就だ。口元に手を宛がいながら、元就は小首を傾げて見せた。そして寄り添うように、そっと佐助の耳たぶに手を添えて神妙な顔つきになる。 「元就殿ッ!」 近くに寄ってきた元就に、今度は幸村が威嚇し始める。その場でかりんとうを手に持ったまま「降りられよ!」と地団駄を踏んでいるが、佐助は構わず元就に問うた。 「何でさ?何で、元就も慶ちゃんは来ないって思うの」 「俺も気になるなぁ」 「元親主任」 ひょい、と佐助の背後から元親が近づいてきた。徐に佐助の右肩から元就をつまみ上げて、自分の胸ポケットに元就を押し込めた。元就はごそごそと動いて、ポケットから這い出て来ると、ひらりと元親の右肩に乗った。 「お前の定位置は俺の右肩だろ?間違えんじゃねぇよ」 「そんなの我の気ままよ。別にお主の元と決める筋はなかろう?」 「…ったく」 元就が佐助から離れると、下で威嚇していた幸村がほっと胸をなで下ろしていた。そしてかりんとうを片手に持ったままで、よじり、よじり、と佐助の腕をよじ登っていく。 お陰で佐助の腕にはきび砂糖の筋が出来てしまった。だが佐助はそれを気にするでもなく、登頂に成功した幸村が頬にぺたりとついてくるのを、片手で包んで話に耳を傾けた。 「彼奴は詳しくは語らぬ。だが、桜を見る慶次は寂しそうでな…」 元就は両腕を組んで、元親の肩の上で神妙な顔つきになる。それに信憑性を持たせるごとくに、幸村が――佐助の頬にぺたりとくっ付きながら――付け加えた。 「お店にも、桜は入れないのでござるよ」 ――何か理由があるのでござろう。 言い様に幸村は、かりかり、とかりんとうを齧る。元親と元就、そして佐助と幸村は一様にくるりと視線を交わしあい、どうしたものか、と頭を傾げながら唸っていった。 →3 100408/100425 up |