お花見に行こう1 桜前線のニュースが耳に届くようになった。 日に日に硬かった蕾が膨らみ始めて、濃い朱色をその身に蓄え始めていく。 前田慶次は自転車に乗りながら、通勤路に聳え立っている桜並木の合間を、すいすい、と漕ぎ出していった。 「慶ちゃん、こっちで遊んでいかない?」 「慶次ぃ、今日も良い天気になりそうだぞ」 「もうすぐ咲くから、今年こそは見ておくれ」 頭上で桜の花の精達が、あれこれと語りかけてくる。そのどれにも手を振るだけで、慶次は硬い表情のままで自転車を漕いでいった。 キィ、とブレーキ音を響かせて自転車を停めると、直ぐに慶次は鍵を取り出して店内に向った。そうしている間に、夜の間に眠っていた花の精達が起き上がり、顔を出す。店内に入った瞬間には、ほわほわ、と光る玉が浮いているだけなのに、エプロンをつけて出てくる頃には、既に皆自分たちの定位置に納まっているのだ。 「かすが、市、おはよう」 「慶次、今日は何かあったのか?」 「どうしてそう思う?」 指先で色白なかすがの頬をなでると、かすがはふくりと頬を膨らませて腕を組んだ。その背後には、かすがに隠れるようにして市がちょこんと顔を覗かせている。 「浮かない顔をしているぞ?やはり…この時期だからか」 「まぁ…そんな処。五月蝿いんだよ、外」 ――桜がね。 くすりと苦笑しながら、長い髪をくるりと纏め上げる。くるくると巻きつけて、シュシュで止めると、ぶふふ、とかすがが笑った。 「お前、何だその頭は!」 「これ?これさ〜、看護師の市ちゃんに貰ったの。長政から花を貰ったけど、それを贈るのを俺が勧めたってのがばれて」 「人の恋路の手伝いか?」 「ま、ね」 慶次の頭についているシュシュには、蒼地に桜の花びらが施されていた。 それを眺めながら、市が首を傾げる。カトレアの市は、此処にきて一年も経っていない。かすがに説明をもとめるように声をかけている。それを目の端に追いやってから、慶次は腕まくりをして開店準備を始めた。 「Hey,Good Morning!」 開店準備を始めていると聞き慣れた声が響いた。顔を起してみれば、目の前に政宗が立っていた。肩にリュックを掛けている姿は、どう見ても青年だ。だが政宗もまた花の精だ――人ではない。しかし花の精たちは花期になるとこうして実体を持つものもいる。 花期の長い政宗は、実体になりながらこうして慶次の店を手伝いに来てくれる。今年は一段と色気を増しているかのような様相に、他の花の精たちも小首を傾げて彼を見上げていた。 「政宗、おはよう。今日は早いんじゃない?」 ――でも此処までひとりで来るのも、板についてきたね。 褒めながら頭をなでると、きらきら、と花の精の名残のように、粒子が飛んで見えた。政宗は右眼を眼帯で隠しながら、へへ、と悪戯っ子のように笑った。 「まあな。お前がしょげてねぇかって、思ってさ」 「政宗…」 見上げてくる視線は優しい。慶次が驚いていると、ばん、と直ぐに背を叩かれた。 「さ、開店すっぜ!」 先に政宗に促がされて、慶次は慌てて開店準備を進めていった。 →2 100408/100425 up |