バトル・バレンタイン 今年のバレンタインは日曜日だ――そんな訳で朝からのんびりと起きた佐助は、ふと幸村がいないことに気付いた。 「旦那…?あれ…?旦那――?」 辺りをきょろきょろと見回す。枕の下や、炬燵を捲ってみたりと幸村を探しながらうろうろしていく。だが幸村の姿は無かった。 「おっかしいなぁ…?」 確かに昨夜は側に居たのを覚えている。寝入り様までずっと「ちょこれーとけーき」と浮かれていたくらいだ。それなのに辺りはしんと静まり返っていた。 「静かなもんだななぁ…」 呟いてみると声が響くように感じられる。そうしていると不意に電話がなった。携帯を手に出てみると、元親からだった。 「え…ええ、良いですよ。はい」 電話に出てみると背後から元就の「チョコレートをぉぉぉッ」という叫びが聞こえてきていた。何気なく佐助は冷蔵庫を開けて中から水を取り出そうとした。 ――ばくん。 「あ…――?」 冷蔵庫を開けて屈みこんだ瞬間、佐助の動きが止まった。 『おい、佐助?どうした…――?』 電話口では異変に気付いた元親が心配そうに窺ってくる。佐助はそれに応えることも出来ずに、その場にぐったりと頭を落とした。 「こんなとこで何やってんのさ――ッッ」 「うううううだだだだだって…」 「もうッ!どうやって冷蔵庫になんて入ったのッ!」 「そそそそそれくらいは…ああああ朝飯前でごごご…」 がちがちと震えた幸村が冷蔵庫の真ん中に座っている。急いで中から取り出すと、今度は大きな瞳に涙を浮べ始める。 「あのね、冷蔵庫っていうのは中からは開かないようにできてんの。俺様が気付かなかったら、旦那、ずっとあの中だったんだよ?」 「う…うぅぅ…」 「旦那?」 うるっ、と瞳が歪み出して幸村が佐助に飛びつく。小さな三頭身の身体が冷たさを帯びている。其れでなくても寒さに弱い花なのに、冷蔵庫はどれ程寒かっただろうか。 佐助は飛びついてきた幸村を両手で包み込んで、はあ、と息を吹きかけた。 「もう…寒かったでしょ?」 「寒くて、暗くて…そ、某…」 「はいはい、泣かないの」 佐助は立ち上がりながら――携帯を放置していたことに気付いて、床から拾い上げた。 『おい、どうしたんだ?幸村に何かあったのかよ』 「いや…旦那、冷蔵庫の中に入ってまして」 とりあえず自分の服の中に幸村を突っ込んで部屋を移動する。その間に元親に説明すると、一呼吸置いてから二人分の大爆笑が聞こえてきた。あまりの大音声に携帯を耳から離すと、佐助は「それじゃあ三時に窺います」と言って切っていった。 その合間にもずっと幸村は佐助の服の中で、がちがちと震えていった。 予定通りに元親の家に赴き、呼び鈴を鳴らすと「空いてるから入って来い」との事だった。そうなれば勝手知ったる何とやら――佐助は「おじゃましまーす」と軽く言いながら玄関にあがった。 「う…――っ、何、この甘い匂いッ」 「いい香りでござるぅぅぅ」 マフラーから顔を出しながら幸村が、くんくん、と鼻先を動かしている。先程まで凍えていたのが嘘のような顔色だ。佐助が横目でそれを眺めながらリビングに行くと、小さな鍋にぐつぐつと煮えているチョコレートが眼に入った。さらに辺りにはフルーツにクッキーやクラッカー、パン、ナッツ、とありとあらゆるものが処狭しと置かれている。良く見れば大半は手作りのようだった。 「おう、よく来たな。座れや」 「って…元親主任、何で割烹着着てんですか?」 「チョコレートって飛ぶと染みぬくの大変だから」 ――防衛だ。 ふん、と元親が胸を反らせる。そしてそれと同時にふと佐助の手にしていた紙袋に視線を向けて、顎でしゃくった。 「これですか?いや…なんか片倉さんに持って来いって言われて」 「服?お前の?」 「そうなんですよね…」 二人は小首を傾げながら袋の中身を見つめていく。だがそれを他所にして元就と幸村が、そおっとテーブルの上のフルーツに近づいた。 「おらぁッ!まだ手ぇ、出すんじゃねぇぇぇッ!!!」 くわっ、と元親が叫ぶ。その声に幸村も元就もびくんと肩を揺らした。そしてゆっくりと振り返りながら、ち、と舌打ちをする。 「まったく油断も隙もねぇな。あいつらは」 「っていうか、それに気付く元親主任が凄すぎ」 大音声に驚いたのは何も幸村と元就だけではない。びっくりした顔の佐助がその場に腰掛けると同時に、玄関のほうからガタガタと音がした。 「お、片倉さんだろうな」 元親も手に持っていたボウルをテーブルに降ろし、ソファーに寄り掛かりながら腰掛けた。ばたばたと足音が聞こえる中で、小十郎の登場を待っていた。 「Sorry,遅くなっちまった」 「え?」 ひょこ、と顔を出したのは予想と違う人物だ。顔の右側に眼帯をした青年だ――それも出ている左目は綺麗な青灰色をしている。さらりとした黒髪に、ぶかぶかの服を着込んでいる。それを見上げながら佐助と元親が顔を見合わせていると、彼はテーブルの上をみて表情を輝かせた。 「WAO!すっげぇ、美味そうッ!」 「政宗殿―ッ!」 「おお、今年は一段と綺麗だの」 テーブルに乗っていた幸村と元就が駆け寄る。そして彼の後ろから小十郎が姿を現した。 「よう…遅くなったな。これ、差し入れだ」 「あの…片倉さん、彼もしかして…?」 「政宗だ。今朝方、花が咲いてな」 小十郎がコートを脱ぎながら座り込む。するとその隣に政宗はちょこんと座り込み、少しだけ小十郎に寄り掛かる。 「へぇ…良かったな、政宗」 元親が声を掛けると政宗もこくりと頷いた。そうして皆が政宗をまじまじと見つめていると、こほん、と元就が大きな咳払いをした。 「さて、それではバレンタインと行こうか。幸村よ、構えるがいい」 「承知いたしたッ!」 言うと素早く幸村と元就が串に刺さったフルーツを、どぼん、と融けたチョコレートの中に突っ込む。そして徐に取り出すと、それぞれ元親と佐助の前に突き出した。 「我らからのバレンタインチョコよ、食すがいいッ!」 「佐助殿――ッ、受け取ってくだされぇぇぇ」 「う…ちょ、元就ッ!あつ…熱いって!!!」 「旦那…ちょっとそれ置いて…って、熱いッ」 だだだ、と走りこんでもテーブルの上にはチョコがぼたぼたと落ちる。それを見つめながら、元親と佐助は熱さに何も言えなくなりながら、次々と口にチョコフォンデュを放り込まれていく。 「お前ら、こんな事を企んでたのか」 「YES,だから元就から元親にせがんでもらえば、やらない筈はないだろ?だから色々準備してもらって、それで俺達から食わすことで、俺達からのプレゼントって訳だ」 「面倒なことしなくてもいいのに」 ふふ、と小十郎は笑いながらチョコを掬い上げて、皿に載せる。そしてそれをそのま政宗に勧めた。そうしている間にも、もくもく、と口元を押さえて佐助がテーブルの上でチョコ塗れの苺を構えている幸村に問う。 「そういえば旦那、どうして冷蔵庫に入ってたの?」 「一向に佐助殿がチョコレートケーキを用意している素振りが無かったからでござる」 ――だから見に行ったのでござるよ。 幸村が応えると元親が、あ、と声を上げた。そして席を立つと冷蔵庫からホールケーキを取り出してくる。元親の家の冷蔵庫に隠していたらしい。 「約束、忘れてないよ、旦那」 「ふおおおおおおッ!」 目の前に広げられたザッハトルテを見つめて幸村が飛びつく。 「そういえばの、元親。外国ではおのこが女子を誘う日と知っておるか」 「当たり前だろ?」 「その際に、花や食事に誘うというのは?」 勿論、と更に元親が応えながらビールを飲み込む。それを確認してから、ととと、と幸村も元就も政宗の前に走りこんだ。そしてくるりと背中越しに二人を見つめる。 「勿論、そうなると…我らはプレゼントに最適よな?」 にやり、と笑った元就が正面を向く。そして幸村もまた、にこ、と笑いながら二人を見上げた。 「本当のプレゼントはこれからでござるッ」 言うや否や、ぐっと身体を縮めた幸村が叫ぶ。そしてその後を引き摺るように、政宗が告げていった。 「俺達自身が、バレンタインプレゼントだ!」 「せーの…」 「Happy Valentine!」 政宗の声を合図に、二人は勢い良く彼らに飛びついていった。それを見つめながら、小十郎はそっと政宗の頭を――横から手を回して、自分の方へと引き寄せていった。 →4 100214/100311 up |