バトル・バレンタイン 「佐助殿…」 風呂上がりに発泡酒の缶を手にしながら、佐助が戻ってくると、幸村は徐に呼びかけた。 手には焼き芋のかけらがある。佐助がお土産だと持ってきたものだ。側にはバターやサワークリームが置いてあり、それだけで飽きないように配慮されている。だが幸村は只管に芋だけを齧っていた。 「何、旦那?焼き芋、いまいちだった?」 「そうではござらん」 がしがしと頭を拭きながら近づいてくる佐助を見上げながら、幸村がふるふると首を振る。ぽてんとその場に座り込んでいる姿は、まるで子犬のようで愛らしい。幸村は佐助が動くのをじっと瞳で追っていた。 ――ぷし。 小気味良い音と共にプルタブが開けられると、佐助は座り込んで喉に発泡酒を流し込む。そのまま置いてあった焼き芋に手を伸ばしていく。 「佐助殿ぅ」 「うーん?」 「こちらを向いて下され」 ふん、と腹から声を出した幸村に、佐助が瞳を見開く。そしてテーブルの上の幸村を見下ろすと、顔を近づけた。 「どうしたのさ?」 「…佐助殿、某…某、欲しいものが」 「なんだぁ、おねだり?」 ふにゃ、と佐助が眉を下げる。それを見上げて幸村は、ふく、と頬を膨らませると俯いた。ころんとした身体がやたらと小さく見えてしまう。 「――…ッ」 うつむいてから、じっと幸村は瞳だけを佐助に、向ける。そうすると大きな葡萄のような瞳が上目遣いになる。 「う…っ、だ、旦那?」 「―――……」 「わぁ、ちょっとそんな目で見ないで」 「――――……」 じぃ、と見つめる幸村が、唇を噛みしめる。そしてうるうると瞳が潤みだしていく。 「解った、解ったから!言って、お願い事聞くからッ」 「本当でござるかっ?」 「うん、いいから…俺様に出来ることなら」 ぴょこん、と両腕をテーブルについて幸村が身を乗り出した。ぱあと花咲くかのように嬉しそうな顔をみると、どうしようもなく甘えさせたくなる。佐助は「俺って甘いな」と思いながら、ばふん、と寄りかかっていたベッドに上半身だけ預けて、クッションを抱え込んでいった。 「で、何が欲しいの?」 「某、こーんな大きなちょこれーとけーきが欲しいでござる」 「チョコケーキ?」 両腕をうんと広げて幸村が説明する。聞き返すと、周りもチョコレートでコーティングされているらしい。間には杏のジャムが入っているとのことだ。 「それ、ザッハトルテかな?」 「ざっは…?」 こくん、と小首を傾げて幸村が呟く。 「いいよ、それくらいなら明日にでも…」 「あ、あの…直ぐじゃなくてっ」 「うん?」 「それは…14日に欲しいのでござるぅ」 きゅ、と顔を小さな手で隠しながら幸村が小さく言う。佐助は思わず口をぱくりと開けてしまった。 ――それって…バレンタインを意識してる? そうなれば幸村から佐助にバレンタインのおねだりだ――佐助は自分が貰うという訳ではないが――佐助から欲しいと思われている事に、ほんのりと胸が熱くなってきた。 「甘味を食べる日なのでござろう?なれば、某、その日にそのちょこれーとけーきが食べたいのでござる」 だが即座に言われた台詞で、がく、と項垂れてしまう。自分で幸村にそう教えたのが今更ながら後悔される。 「あの、旦那?バレンタインって…」 「甘味を食べる日なのでござろう?」 きらきらと疑いの欠片も見せない瞳で言われると、嘘を教えた胸がちくちくと痛む。佐助は片眉を下げながら、うん、と小さく頷いていった。 ――やばいな。 ことことと肉じゃがを作っている小十郎の肩の上で、珍しく政宗は爪を噛んだ。肩の上で政宗はじっと側の小十郎を見上げる。 「どうした、もう直ぐ出来るぞ?」 「お…おぅ」 政宗の視線に即座に気付いて小十郎が優しく告げてくる。一緒に覗き込んでいる鍋の中には、ほくほくのじゃがいもとしんなりとなった玉葱が見えている。更に小十郎は手元で菜の花の辛し和えを作っていた。 ――やばい。ホントに…これはヤバイな。 皿に出来たものを載せて、小十郎がテーブルに運ぶ。それと共に、邪魔をしないように政宗はテーブルに載り、側にあった布巾で回りを拭いていった――小さな身体でテーブルを拭くと、どうしても雑巾掛けのようにしか見えないが、戻ってきた小十郎は優しく頭を撫でてくれた。 「いつもありがとうな」 「気にすんな。それよりな、小十郎…」 「ほら、お前の分」 「おぅ、Thank you」 つい、と皿から政宗用に取り分けられて、両手で受け取る。そうして準備が整うと、小十郎が手を合わせるのを真似て、政宗も手を合わせた。 「頂きます」 二人で声を揃えてそう言いながら、箸を取る。ぱくん、とジャガイモを口に運ぶと、ほろほろと口の中で崩れていく。政宗は拳を握りながら、ふるふる、と身を震わせた。 「う…うめぇぇぇぇッ!小十郎、お前って本当に料理上手いよなッ」 「褒めても何も出ないぞ」 ふふ、と笑いながら小十郎が頬杖をつく。優しい小十郎の瞳を見上げる――家に居る時は彼の眉間に皺が刻まれていない。それを確認してから、政宗は青灰色の瞳を瞬いた。 「小十郎…あのよ」 「うん?どうした…なんだか歯切れが悪いな」 「俺…俺…――さぁ」 手に持っていた箸を皿の上に戻すと、政宗はその場に立ち上がった。きゅっと拳を握り締めて、口元を引き締める。そうして立ち上がりながらも、どうも身体がむずむずする。 「俺、もう直ぐ…咲く」 「え…――?」 「お前に、俺の花、見せてやれる」 ここ数日、身体に変調があった。いつもよりも力が漲ってくる。だがそれと同時に、どうしようもない不安もあった。 「でもお前、俺の花…気に入るかな?俺、普通の花じゃないから…」 同じ種類の花は沢山ある。だが政宗はその中でも希少種だ――辺りに見るのとは風情も何も変わっている。 「馬鹿だなぁ…」 「――――…ッ」 小十郎の指先が、政宗の頭上に降り注ぐ。顔をあげると、彼の大きな手ですくい上げるように持ち上げられた。 「お前の花を、楽しみにしない筈ないじゃないか」 「小十郎…」 うる、と青灰色の瞳が潤みだす。そうすると小十郎の指先が政宗の頬に触れて、ふに、と拭うように動いていった。政宗は彼の手の暖かさの中で、嬉しそうに笑うと「見ててくれ」と小さく告げていった。 →3 100214/100311 up |