バトル・バレンタイン 「2個くらい、じゃないかな?」 回らない寿司を食べたいという佐助のたっての願いで、小十郎が接待で来たことのあるという店に来た。 コハダを口に入れてから、指折り数えて小十郎が呟く。だがその数に不満があったらしく、すかさず佐助がつっこみを入れた。 「片倉さん、それは少なすぎじゃないんですか?」 「いやぁ、本命はそれくらいかと」 「え…ちょ、片倉さんっ!本命以外はどれくらい貰うの?」 思わず身を乗り出してしまう。総数が2個ならば数が合わないと突っ込むつもりだったのに、そのあてが外れてしまった。 「だが貰った分、倍返しだからなぁ…少ない方が俺は嬉しい」 「それは解ります。俺も毎年お返しに悩むし」 小十郎の横で日本酒を呷る元親も、がりを口に放り込んで額を押さえる。 「元親主任も?」 「そういうお前は?どうなんだ?」 箸を動かす小十郎が、突き出しの小鉢を突つきながら瞳を上げる。 「――――…」 すると佐助は箸をくわえてそっぽを向いた。そして徐々に口元を膨らませる。その様子に元親が小首を傾げた。 「俺、会社の女の子が、猿飛くんって可愛いよねーって言ってたの聞いたぞ?」 元親が物真似を入れながら、マグロを頬張る。だが佐助は無口になって、もそ、と卵焼きに箸を伸ばした。 「俺、たぶん…片倉さんとか、主任に渡ったチョコの手伝いさせられてた感がすごくあるんですよね…」 「あ?」 「社内の女の子が、作り方教えてーって来たこともあるし、買い物つきあわせられた時もあるし」 卵焼きをぱくぱくと食べながら佐助は刺を含ませた言い方をする。それに付き合って元親が手を止めて天井を見上げていった。 「ははぁ、佐助、お前【いい人】にされちまったのか」 「…でしょうね」 項垂れる佐助に隣から小十郎が、ふむ、と唸った。 「ああ、確かにお前、そういうの得意そうに見えるもんな」 「何ですか、それ。俺が遊んでいるかのようにッ」 小十郎の辛口に佐助は噛み付く勢いで反応した。そして箸を伸ばして――何故か元親の皿からイカを奪うと、もくもくと租借していく。ぷい、と横を向いて佐助は拗ねてしまった。そんな彼の様子に小十郎と元親は視線を合わせると、苦笑した。まるで子どものように駄々を捏ねる姿が憎めない。 「だがな、猿飛、よく考えて見ろ」 「何ですか、片倉さん」 「今年はお前…チョコなんて貰ってきたら、幸村と喧嘩になるんじゃないのか」 「あ」 ぴた、と佐助の箸が止まった。正面からは元親が口元をにやりと吊り上げていく。そして口元に手を添えて、物真似を含ませて声を半音高くした。 「佐助殿っ!某という者がありながらッ!…て滂沱の涙で泣きつくか、怒るんじゃねぇ?」 ぐぐ、と詰まりながら佐助が視線を泳がせる。だがそれは幸村が「バレンタイン」を知っていたらの話だ。当の佐助は其処には触れずに、再び箸を咥え始める。 「それもそうでしょうけどぉ、貰えるには越したことないっていうか」 「いいのかぁ?」 にやにやとしながら横から小十郎も肘で佐助を小突く。だが佐助は「それはそれ」と付け加えてから、へへ、と悪戯っ子のように笑って見せた。 「なんか男としての矜持?」 そんな佐助の言葉を聴きながら、元親が酒の追加を頼む。そうしてオーダーを伝えてから、今度は元親が片倉に向き合った。 「そういう片倉さんの方はどうなんです?」 「うん?政宗か」 「そう、政宗」 くい、と小十郎が猪口を空にすると、正面から元親が継ぎ足す。 「政宗はなんか意気込んでてな…ほかの奴らに教えるとかなんとか。というか、俺がチョコが苦手って知ってふんぞり返って笑ってた」 淡々と語る小十郎に、ふとその様子が目に浮かんだ。蒼い服をきた政宗が、小さな身体で胸を張る姿は愛らしい――だが、何故か彼の高笑いまで再現されてしまうような気がした。はは、と苦笑しながら佐助が元親に矛先を向けた。 「――なんか目に浮かぶ。主任は?」 「俺?そもそも元就に【チョコの数で男の値打ちが決まる】って教えた」 「えげつねぇっ!」 既に防衛線を張っている辺りが姑息だ。だが元親はその後に、チッ、と舌打ちをした。 「つか、あいつ俺にチョコを寄越せって言いやがった」 「うん…目に浮かぶわぁ」 両手を天に向けて拡げ、我に寄越すがいい、と横柄に言う姿が浮かぶ。そして元就にせがまれたとなれば、元親が動かない訳はない。 「ということは、これからバレンタインまで、戦いの始まりって事ですねぇ…」 総括するように佐助が告げ、残っていたシャコを噛み砕く。咀嚼音を聞きながら、元親も小十郎も静かに頷くだけだった。 「俺達もそれなりに覚悟してかからねぇとな」 小十郎が、ふう、と熱燗を呷ってから話す。そしてそれに応えるように元親もまた酒を呷った。 「たかがバレンタインなのになぁ…」 確かに、と三人は頭を寄せ合って頷いていくだけだった。そんな三人の知らないところで、彼らの花の精達がひそひそと企みを開始していたとは、この時は考えてもいなかった。 二月に入る間近の昼下がり、元親が外に出て行ってしまったのを見計らって、政宗が彼のデスクへと足を向けていった。既に其処には元就と幸村が居り、幸村は佐助に貰ったクッキーをかしかしと齧っていた。 「Hey,幸村、お前、バレンタインって知ってるか」 ふん、と胸を張って政宗が問う。すると齧っていたクッキーを両手に持ったまま、幸村が小首を傾げた。見れば口元にはクッキーの屑がついたままだ。 「知っておりますが」 「へぇ?どんなのだ?」 即答する幸村に更に畳み掛ける。幸村は何の疑いもなく応えた。 「甘味を食べる日でござろう?」 幸村の応えに、一瞬、うとうとしていた元就が身体を起した。政宗にいたっては、一呼吸置いてから、ぷうう、と頬を膨らませて――その直後、腹を抱えてひっくり返った。 「ぶっ…HAHAHAHAHAHAHA !」 「な、何が可笑しいのでござるかッ」 大爆笑されて幸村が立ち上がる。拳を握って憤慨していると、背後から元就が幸村の肩に手を乗せる。 「幸村…それ、誰に聞いたのだ?」 「佐助殿でござる」 ふうふう、と鼻息も荒く応えると、元就は「まあ、座れ」と幸村に促がす。言われるままに幸村が座る――その背後でまだ政宗は転げている。それをちらりと見てから、こほん、と咳払いをすると政宗は転がるのをやめて、静かに近寄ってきてその場に胡坐をかいて座った。 「まず幸村、それはちょっと間違っているぞ。我が知るところによるとな…女子が意中の男にを遂げる日らしい」 「元就、正解だぁッ!」 「なんと…ッ!」 元就の説明に政宗は指を指し、幸村は身を乗り出して驚いていく。大きな真ん丸の瞳が、くるん、と余計に大きくなるかのようだった。 「我もあやうく元親に騙されるところであった…おのれ、元親め…」 ぎりり、と二人を他所にして元就が歯噛みする。どうやら最初は元就も元親に別の説明を受けたようだ。だが自分達は彼らの知らないところで、テレビも見れば、映画も観たりする――勿論、働いている間の彼らの時間、暇つぶしに朝のワイドショーなんかを見たりもする――いつの間にか、自分達のほうが世間に詳しくなっているようだ気がしているくらいだ。元々は暇つぶし、そして人間の生活を知るためだった。 「…何故、佐助殿は某に嘘をつかれたのだろうか」 「何、気にしてんだよ」 ふと今度は一気に暗く落ち込んだ幸村が呟く。横でその豹変振りに政宗が眉を潜めた。ずしん、と背後に霊界でも――いや闇でも背負っていそうな程に、思いつめて俯く。 「しかし…もしかして、佐助殿は他に意中の女子が…?」 「おいおい幸村」 政宗が気遣って手を伸ばした――だがその手が肩に届く前に、ぐわ、と幸村が立ち上がって叫んだ。 「そ、そうだったら…某…某…――ッ」 ――へた。 言いながら今度はその場にへたり込んでしまう。へたり込んだ幸村の肩をぐっと掴んで、政宗が顔を近づけた。 「幸村ッ!それは絶対ない」 「政宗殿…」 「だってお前ら、ってか佐助なんてお前のこと溺愛してんじゃねぇかよ。胸張ってろッ」 うる、と幸村の瞳が潤みだす。葡萄のような大きな瞳が、ふるふる、と歪んでいく。それを正面から見据えて政宗が励ましていった。 「そういう政宗はどうなのだ?」 肩に手を乗せたままで政宗が振り向くと、横になって寛いでいる元就に気付く。元就はあまり関心がないようだ。 「ha-ha!俺は心の広い男だからなッ。俺が見初めた男だ、ひとつも貰ってこないなんて事はねぇ。だから許す」 「ほほう…寛容よの」 どん、と胸を叩いてみせると、泣きそうだった幸村も、ふおおお、と関心している。だが胸を叩いた直後、ふう、と政宗は溜息をついた。 「というか、俺に何かくれねぇかなぁ…」 ――俺、あいつの愛情ってどれくらいか知りたいなぁ。 ふむ、と政宗が小十郎のデスクのほうを見やる。小十郎は電話に出ており、こちらに視線は向ってこない。仕事の時だけかける眼鏡が、やたらと硬質に見えてしまう。 「のう、政宗、幸村」 ゆったりと身体を起こしながら元就が呼びかけてきた。 「バレンタイン、この地以外では男から女子に贈り物をしたり、食事に誘ったりするとしっているか?」 ふるふる、と幸村と政宗が首を振る。すると元就は、にやり、と口元を緩めて手招きをした。引き寄せられるままに幸村と政宗は、一度互いの視線を合わせてから、ぽてぽてと近づいていく。 「そこでだ…」 手招きされるままに頭を寄せると、元就が二人の耳元にひそひそと話を始めた。かくしてお花と人間、それぞれの思惑を乗せてバレンタインの幕が上がっていった。 →2 100214/100311 up |